依頼
次回 翌日0:00に更新
「…みた?」
風に煽られた外套を被り直して少女は言った。
「見た…」
青年は改めて異世界と自分の常識との隔たりを実感していた。まさか獣耳の生えた人物に会うことになろうとは。
「…」
目を合わせようとしない少女はそのまま黙って指を指した。
その先には背の高い建物…観測台があった。
「…案内はした」言うや否や駆け出した少女の姿は茂みの向こうに消えた。
一人残された道中、虫の鳴る音が一層大きく聞こえた。
「来たか」
住居と見張り塔が融合したような建物に入ると、クロノが奥から手招きした。
「ここはその名の通り、この一帯を観測するために造られた。人が見るものは多い。天気、自然、他国の侵略…しかし一番厄介なのは獣だ」
塔部分の階段を登りながら彼は、異形の獣は北から来るのだと話した。
「かつて、この村は災厄に襲われたことがある。ハンターがいなければこの村は今頃ただの荒地と化していただろう」
塔の頂上に着く。
前世の感覚では高さこそあまりないと感じるものの、遮るもののない視界は荘厳だ。
「本題だ。実のところ、オレはお前さんを疑っている」
青年は驚いて振り返る。
クロノの目は鋭かった。
「悪く思うな。ただ、狩人っていうのは臭うのよ。獣の血の、命の臭いだ。だがお前さんの所作からそれは全く感じられない。肉にしたってそうだ。上部位を抜き取られていた獣がいたが、お前さんは何ら手には持っていなかった。つまり、あの場には他の誰かがいたはずだ」
エイリクが剥ぎ取ったものか…。青年は胃がきりきりと痛むのを感じた。
「だからオレはお前さんが果たして本当に狩人なのか疑っている。殿猪を本当に狩ったっていうんなら、それこそ運命の女神様の手違いよ。が、そんなオレの勘をちげぇって言うものが二つある。あの小娘と…それ」
クロノが顎で示す先には、あの小刀があった。
「あのガキだがな、隠し事は多いようだがウソは言わねぇ。あいつが獣を狩ったんでなく、お前さんが狩ったというのならばきっとそうなんだろう」
少女の隠し事。クロノは知っているのだろうか、その隠し事の一つが、他の人とは姿が異なるのだということを。
青年はついぞ見た、月明かりに照らし出された少女を思い出す。
壮年の男は少年の腰に目を落としたまま続けた。
「お前さん、その小刀をどこで手に入れた」
「…知り合いに渡された」
ウソは言っていない。ただ罪人や蛮族の件を省略しただけだ。
「それが何か知ってるか?」
「〈狩人の小刀〉、とだけ…」
フン、とクロノは鼻を鳴らす。
「そいつは北方に暮らしていた狩猟民族の意匠だ。彼らは北の世界の理解に長けていた…当然、獣狩りの先駆者とも言える。そして…」
クロノは背に回した刀に手を伸ばす。
「この村を最初に守護したハンターもまた、その一派だった」
その鞘には青年が持つ小刀と同じ、精緻な細工が施されていた。幾何学模様とも、象形文字とも取れない紋が散りばめられている。
「〈狩人の小刀〉は彼らにとって、命の次に守るべき誇りの象徴。それを知って小刀をお前さんに託したそいつは余程の阿呆か…」
クロノは青年の瞳を覗く。
心の中まで見透かされているような気がした。
その目に何が見えたか。それは分かりようもない。
「…お前さんに、何かを見出したか」
とにかく、そんな青年に期待して頼みたいものがある。
そうクロノは言ったのだった。




