月明り
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人工の明かりがない道を歩いたのはいつ以来だろうか。
少女に連れられ、月明かりの届かない林道を歩く青年は思う。
吸い込まれそうな漆黒。村からもそう離れていないにも関わらず。
方向感覚を失いそうになる中、少女はまるで日中を歩いているかのように歩を進めた。
「…遅い」
村長が呼んでいると伝えた少女は、観測台までの案内を申し出た。そこでクロノが待っているのだと言う。
「お前が速いんだろ…この悪路でよくもまぁそんなすいすいと…」
「…」
青年が木の根に躓きながら追いつく。
外套で顔こそ見えないものの、幾分か少女が不満そうなのは雰囲気から感じ取れた。
「ハンター…前は強かった。今は弱い…なぜ」
「なっ…」
そういえば、この少女はいつから自分を見ていたのだろう。エイリクと別れてすぐ、どこからともなく現れた。
あの猪達に見つかることなく戦うところを見ていたと言うのだろうか。
青年はなんとか逃げようとして五回ほど死んだのを思い出す。逃げようが隠れようがお構いなしにあの獣は追い回してきた。
「あのケモノ、強い。ハンター、もっと強い。でも、遅い…なぜ」
「…っ」
なんと答えるべきか青年は模索した。
女神の力で何度も同じ出来事をやり直した、と言って信じてもらえるものだろうか。
いや、正直に話すとしても異世界から来ている時点で世迷言の類と受け取られかねない。
「疲れてるんだよ。歳なんだ」言い訳として不服ではあったが仕方ない。
「トシ…」
「それより、ずっと気になってたんだ」
強引に話題を切り替える。
「なんだよ。仇って」
「それは…」
林を抜けた。道の先に建物が見える。
件の観測台だろう。
「仇は…」
木の葉が擦れる音を立てて木々が揺れる。
風が吹いたのだ。
それはすぐに、丘に立っていた少女を包んだ。
目深に被った布が煽られ少女の素顔が露わとなる。
―一瞬、時が止まったような気がした。
吸う空気が林を駆け抜ける。心臓のひと鼓動が永遠に延びる。
濡れた夜闇は月に目通り願った。
冷たい銀色の光を抱く黒髪に、金色の瞳。小さく整った顔は驚きの表情。
だが、月明かりに照らし出されたものは、青年の想像と幾分かかけ離れていた。
「…お前…耳…」
頭上に一対の耳。それは人のものより、むしろ獣に近い。
太古の昔より、この世界には獣と交わった異形が存在する。
少女はその末裔だった。




