村
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杉の街道からいくらか外れたところに渓流に沿って伸びる林道があった。
馬車の一列は獣を積み込むと、悪路をものともせず突き進んだ。
夜と朝の寒々しさを忘れ去った林が踊りながら視界を通り過ぎる。
健康そうな日焼けをした婦人、タリアはこれから向かう先…ワノ村について話した。
その村は帝国ができる以前から北の先住民族と交易を通じて発展してきた。その際活躍した用心棒が転じて異形の獣を狩る職業…ハンターとなり村を守ってきた歴史を持つ。
しかし、ハンターを職業とするには村周辺の獣では収益が低い。故に帝国ができる頃には村からハンターを排出することはなくなり、村近くに設置された観測台に派遣してもらう形で守護を依頼していたらしい。
あとは女神から聞いた通りだった。
蛮族の反乱に帝国内政の混乱。
ハンターも派遣が滞っている中、同じ頃に発生した大猪の群れ…殿猪と言っていた…が土地を荒らすのを前にワノ村は立ち尽くしていた。
「そこでアンタの登場さね。これは神様の啓示にちがいないね。厄介者を退治してくれたんだ。肉もたんまりいただいたことだし、お礼させとくれよ」
村は高台にあるらしく、何度も道を曲がって登るようだった。
獣避けとして周囲を土手と急斜面で囲まれた自然の要塞は、紅葉と緑が入り混じっている。
車輪の軋む音と渓流のせせらぎ、時折吹く風が運ぶ林の匂いは、長らくコンクリートと排ガスに囲まれて生活してきた青年にとって新鮮に感じられた。
束の間、行楽気分に浸ってしまう。
しかし、その脳裏には突如獣が現れ得る恐怖が未だに抜けきらないでいた。有限となった命の自分に今すぐ戦うだけの蛮勇はない。
隣に目をやると、先ほどの少女が膝を抱えて座っていた。
目深に被った外套に、年季の入った膝丈のブーツ。
十代後半くらいだろうか。肌を見せない服装の間から時折見える線の細い身体はどことなく近寄りがたい悲壮感が伴う。
声から少女だと判別できたものの、それがなければ怪談に出てくる亡霊の類とも似た印象を覚えた。
青年は周りに聞こえないくらいの音量で声をかけてみることにした。
「なぁ、仇ってどういうことなんだ」
少女はハッとしたように頭を上げる。
外套から一瞬、まつ毛の長い瞳が覗く。
薄暗い幌馬車の中でも輝くような金色のその目はしかして、すぐに別の方を向いてしまう。
少女はそのまま黙って返事をしなかった。
「…」青年は頭をかく。
「諦めな。その子は他と馴れ合うようなことはしないんだ」
いつの間にこちらを見ていたのか、タリアが御者席で言った。
「それよりホラ、そろそろ着くよ。天下のワノ村さ」
その視線を追った先には、朱色の大門が迫っていた。




