はじめての狩り
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「おい、生きてるか?」
凶暴そのものであった獣との戦いを終えた直後、その場で四肢を投げ出して倒れた青年に蛮族の男が歩み寄る。
その珍妙な服装は初めの清潔さをすっかり失い、猪の血と泥で汚れ切っていた。
「終わった…やっと終わった…」
切れ切れに青年が呟く。
「蛮族め…その正体は鬼であったか…ひっ」
正気を取り戻した兵士は睨みつけられた気がして身をすくめる。
十三回目。
馬に搭乗していた兵士が生き残るようになった時点で運命は既に変わり始めていた。
獣二頭を体良く倒すと、荷馬車を警護していた兵士は猪の餌食になることなく、しかし、命を惜しんで隠れるようになる。
青年はそのことを知らずその場で生じた包囲の穴に乗じて逃げようとすると、どこからか湧いて出た獣に押し潰された。
剣を持たない蛮族が討ち漏らした一頭である。
すなわち青年が生き残るにはまず馬車上から獣を二頭狩り、尚且つどこかで蛮族に剣を渡す必要があった。
「おぉ神よ…お助けください…私は行いを悔い改めます…どうかこの愚かな私めに啓示を…」
「おい…立ち上がれ…獣はいなくなったぞ」
相変わらず地に臥したまま、今度は神に祈り始める盗人に、今度は別の兵士が声をかける。
この盗人は悪運に呪われていた。
二十回目から蛮族が獣を討ち倒せるようになると、青年は盗人がどうにも猪を呼び寄せる体質であることに気づく。
具体的にはこの男がいる限り全く前触れのないまま獣が現れ踏み潰されるのだ。
そして次にその近くにいる人間…つまりは自分を狙い始める。
剣を失った一般人ではなす術なく殺された。
そう、一本では足りない所以だった。
二十四回。
死の運命を回避するだけでなく、その復活の時点を移動させて生き返った数。
その一回一回で死に、学び、そして行動を変えて青年は生き残った。
延べ二万七千円。女神に渡した財布が空となる一歩手前のことだった。
「獣を退けた手腕、見事と言おう。お前らが蛮族でなければ軍に迎え入れたいところだ」
聞き覚えのある、野太い声がした。
ひしゃげた鎧を肩に下げた、筋骨隆々の男が街道沿いの茂みから歩み出る。
「隊長!ご無事でしたか!」
兵士が揃って敬礼した。
「敬礼を解け。続き亡き皇帝の仇を連行するのだ」
隊長と呼ばれたそれは荷馬車を御していた兵士だった。
起き上がった青年は半ば驚きの表情で会話を聞く。こいつが生き残ったのは初めてだ。
死を乗り越える彼でも、この先は知り得ない領域である。
「…へぇ、舐められたものだ。お前ら数人で俺らを捕らえられるとでも?」
蛮族が剽軽を利かせて言った。
「猿轡は取れてる。末端のお前らでも知ってるだろう、オートゥスの〈声〉の恐ろしさを。それでもやるってのか?」
彼の横でオートゥスは静かに佇んでいたが、その大柄な体から発せられる圧だけでも十分、人が震え上がるものを湛えていた。
深刻な面持ちで兵士の隊長が黙る。
〈無礼者〉のオートゥス。
傭兵業を営む蛮族一派の統領を担い、皇帝への謁見の機会を得た彼は皇帝の許しなく口を開いた。それだけも死刑ものにも関わらず、彼の〈声〉はただならぬ音量で玉座に轟き、それだけで間近にいた人間は皇帝を含めはらわたが捩じ切れて死んだという。
その皇帝に対する「無礼」と、戦いの口上を述べぬままあまつさえその命をも奪うという「無礼」から、その諢名を「無礼者」とされた者こそ、目の前にいる男に他ならなかった。
本来は師団長位階でなければ対処不可能な相手だ。
しかし、玉座つきの錬金術師が作ったという猿轡があれば問題ないと上が一部隊長の自分に護送任務を押し付けた結果がこれだった。
男は運命を呪った。
「…ここは退こう」
苦渋の決断だったが、既に何百もの兵が失われている蛮族との戦いに、これ以上犠牲を出すつもりはなかった。
部下の抗議を手で制し、兵士等はその場を去った。
無礼者のオートゥス一人でさえ手に負えないが、あの異邦の青年…次々と獣を屠る悪鬼の如き強さ…それは脅威に他ならない。
「御神は何をお思いか…陛下も浮かばれないだろう…」
隊長の小言を聞いたものはいなかった。




