プロローグ
夏の暮れ、季節外れの日照りが続いた束の間の雨と共に、その災厄は山より現れた。
破裂する鳴らし鐘。村に危険を報せる警音が地面を濡らす水音とともに聴覚を満たす。
鉛色の空に黒い物が飛んだ。
恐怖した鳥か。いや、弓矢だった。
何本も孤を描いたそれはしかして、獲物を捉えることはなかった。
散らばる矢の羽根を無視してそれは、いや、それらは村の西北、木造りの門に向けて突進した。地響きがして門は呆気なく崩れた。
門に連なる外壁で弓を射ていた衛士が衝撃に揺すられて落ちる。悲鳴をあげながら門の柱の下敷きになった者もいた。
途端に周囲一帯の空気が独特の臭気を帯びる。むせかえるような精気。獣の放つ命が濡れた渓谷の朝の空気を染め替えていた。
視界を何かが通り過ぎる。
跳ね上げられた泥を拭うと自分の後ろで瓦礫が落ちる気配がした。
村が暴力に踏み潰されていた。
そう表現するより他にない、そんな光景を見た。
村の寄り合い場が紙細工の如く、脆く薄く薙ぎ払われていく。
形の無くなった建物から取り残された人々の助けを呼ぶ声とも、ただ苦痛に喘ぐ声とも取れぬ何かが漏れ出ている。
猛々しくも槍で立ち向かった村人がまるで虫を払うかのように軽い動作で吹き飛ばされた。
地に臥した彼らの様子は無惨で、はらわたが飛び出ていなければ四肢があらぬ方向を向いているか、黒々と染まる水たまりに沈んでいる。
その災厄の通り道にはただただ平等に、平坦に、残酷だけが残された。
村で無事なのは自分だけか。生き残ることができたものはどれくらいか。それすらも分からない。
過ぎ去る土と雨の煙の向こうに、少女は白い獅子を見た。