赤髪のサンタとテラコーヤの悲劇
「お初にお目にかかります。アレクサンドラ殿下。
サンタウロフと申しますじゃ」
白い服を着た長い髭の老人と会っている。
先日、父王が約束してくれた、慣れた文官、だそうだ。
「あ、赤い髭……」
抑えようとした驚きは、残念ながら、呟きになってしまった。
なんだ、あの、主張の強い赤。クリスマスか? 赤信号か?
赤毛とか赤い髪って表現は、前世でも聞いた事があるけど、この赤さは前世だと人工的に染めてもここまでならない。ウィッグじゃないと無理な鮮やかさだ。
あと、髭だけじゃなくて、髪も赤い。
なのに、老人。
よりによって、白い服。
名前も相俟って、赤と白の反転したサンタ、という印象だ。
なんだか、目がチカチカする。
「サンタウロフ様は、火属性の方っスから」
セルゲイが、こそっと答えてくれた。
いや、でも、そんな事より、
「こっちの世界って、年を取って、髪が白くなったりしないの?」
小声で訊ねる。
白髪とかが全く無いのが、違和感の一因と思われる。
「魔力量の特に低い平民なら、時々ある現象っスね。
貴族以上で聞く事は無いっス」
付き合って、ウィスパーのままのセルゲイ。
「だから、そういう常識は教えておいてよ!」
囁き声で叫ぶ。
「言ったじゃないスか。
髪と目の色は、属性によるから、変えられないって」
声量を抑えて返事をしつつ、困惑しているセルゲイ。
確かに聞いたけど、老化現象を上回る予想は、出来なかったよ。
「どうかされましたかの?」
サンタウロフさんに声をかけられる。
「ああ! ごめんなさい。
ちょっと、赤い髪が珍しくて、つい」
やっべ、完全に放ったらかしちゃってたよ。
「そうですかのう?
殿下やセルゲイ殿の色の方が、余程珍しいと思いますじゃ」
不思議そうに小首を傾げるサンタウロフさん。
それも聞いた事あるけど、こんなショッキングな色より珍しいとか、ちょっと受け入れ難い。
「まぁ、その通りっスね」
声量を戻したセルゲイ。ダメを押さなくてもいいよ。
とはいえ、そろそろ、本題に移らねば。
「一応、確認しておきたいんですけど、本当に働いてもらって大丈夫ですか?
引退していたのを戻ってもらったって聞きましたけど」
サンタウロフさんは、少し前に引退していたのだが、直ぐに都合がつく実力の高い文官、という事で引っ張り出されてきたらしい。
父から少しだけ聞いた話だと、パレードの期間だけでなく、その後もお世話になる可能性がありそうだった。
悠々自適のセカンドライフを目論んでいたところに、そんな長期の仕事が舞い込んで来たら、私ならキレる。
「ふぉふぉふぉ。
むしろ、何も無くて退屈していたところですじゃ。
妻もまだ働いておりますし、孫の傍でまだもう少し働かせて下され」
先ほど放ったらかしてしまったのに、楽しそうに答えてくれたが、
「孫?」
身近で赤い髪の人は、ほとんど思い浮かばない。
「サンタウロフ様は、リュドミラ様と結婚されてて、アンドレイが孫っス」
セルゲイが教えてくれる。
「え!?
リュドミラ先生とアンドレイって、そういう関係なの!?」
リュドミラ先生が私の大叔母だから、アンドレイと私の血縁関係も思ったより近いんだ?
「……殿下は、ちょっと周りに無関心過ぎじゃないスかね」
呆れた顔はよく見るが、ちょっと困ってるような表情のセルゲイはあまり見ない。
「王侯貴族の血縁はややこしくとも、少しずつ覚えていかれた方が良いですじゃ。
お教えしますでの」
サンタウロフさんの目が、ちょっとキラッとした気がする。
「ア、ハイ。お願いします」
まぁでも、そういや、そうだね。
「……」
セルゲイが物言いたげだが、大体その場で聞いても答えてくれないんだよな。
とりあえず今日は、顔合わせが目的だったので、雑談を続けて、サンタウロフさんの思い出話を聞く流れになった。
「儂がまだ新米だった頃は、アレクサンドラ殿下の曾祖父のグレゴリー様が、まだご在位でしてのう。
平民達にも教育を施そうという御意志を、お手伝いしておりましたのじゃ」
懐かしそうに語りだすサンタウロフさん。
軌道に乗りつつあったのを、貴人牢のバカ共が、後退させてしまった件だな。
小学校みたいなものを広げた後で、高校みたいなものを作ったら、よりによって転生者に駄目にされるという……。
結構晩年になってからの取り組みだったのか。
小学校みたいなものは、一応残っていて、呼び名を歴史の先生に教わった。
「テラコーヤの事だね?」
なお、敬語は使わなくていいと言われたので、違和感はあるが、普段の喋り方に戻している。
「あ! 殿下、それ……」
セルゲイが慌てて、私の口を塞ぎに来た。
「?」
「テラコーヤという名は、儂らの一生の不覚ですじゃ……」
突然、悲壮感を漂わせるサンタウロフさん。
何が一生の不覚なのか、話としては単純だった。
寺子屋みたいなものを作りたい、という表現を元日本人達がしていたので、サンタウロフさん達、当時の文官が、施設の呼び名を寺子屋の発音から「テラコーヤ」にしてしまった。
一方、元日本人達的には、小学校に準じた、こっちの世界でも分かりやすい名前をつけるつもりでいた。
すれ違いは、後戻り出来ないところまで進んでから発覚し、今もなお、小学校はこの国で「テラコーヤ」と呼ばれている。
当時の元日本人達も別に気にしなかったらしいし、大した事の無い話だと思うのだが、サンタウロフさんなど一部の文官達には、痛恨の極みのように感じられたらしい。
そんなに気にするなら改名してしまえばいいじゃない、と言いかけたら、実は正式名は変更済みなのだが、平民の間では通称「テラコーヤ」になってしまっているとセルゲイに囁かれた。
定着しちゃったんだね。
「儂らが、グレゴリー様やゼリマノフ様達のお言葉をもっと真摯に聞いておれば……」
いや、そんなに大した事無くない? とは言えなかった。
おまけに、「寺子屋」って仏教関係の施設名だから、他の宗教を信じているこの世界で使うのはちょっとマズイのでは? とか、そう言えば「デンターク」も、電池式卓上計算機を省略した「電卓」から取っているなら、魔道具が電池式な訳ないから、間違ってるよねとか、余計な疑問が湧いてくる。
これ以上私に余計な事を言わせまいとするセルゲイと一緒に、黙って聞いているしかなかった。
時に嗚咽を交えながらのサンタウロフさんの語りは、南中だった太陽が沈むまで続いたのだった。
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