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王女様の屋台

こちらが元々、ワイバーン戦後の、連載休み明けに投稿しようと思っていたものです。


「もう、ここまででいいわ。ありがとう」

 娼館がつけてくれた護衛は、黙ってうなずいただけで、踵を返していった。


 その背中をほんの少しの間見送ったアビゲイルも帰ろうとして、ふと足を止めた。

 王都に多数ある広場の一つにほど近い部屋を借りているが、その広場から何か聞こえた気がしたからだ。


「嫌だ、ランタンの鳴き声かしら?」


 アビゲイルはランタンの鳴き声が嫌いだ。


 幼い子供の声によく似たそれを聞く度、自分にまだ両親が揃っていた頃を思い出してしまう。両親と同じ様に、自分も誰かと結婚して子供を産んでその子を育てながら生きていくと、信じて疑っていなかった頃を想うと、胸の奥がキュウッとしてしまう。


 両親が亡くなってしまって、年若い叔父に引き取られた。

 でも、結婚もしていなかった叔父に幼いアビゲイルは育てるのは負担が大きくて、王都の孤児院に預けられることになった。


 叔父は善良だったが世間知らずで、王都の門番が子供を預けるなら、神殿か王家所属の孤児院でなければならないと言った理由が分からなかった。


「大事な姉の忘れ形見を売る気は無い」

 流石に叔父も、人身売買を知らない程では無かった。

 でも、預け金だとか、本人に渡すのだから問題ないとか、預かってくれるだけの王家の孤児院よりもお金が払われる方が得だとか、神殿に預けるともう会えなくなるとか。

 最後に、ヤロスラフ王子の証文を見せられたのが決定打となった。


 取り繕うばかりが上手かった無認可の孤児院にアビゲイルを預けてしまった。


 村に戻って騙されたと分かった叔父は、謝りに来てくれた。


 女の子を男手で育てるのが負担だったなら、言ってくれれば引き取ったと、村の女衆に詰られたと。

 神殿の孤児院ならもっと近くの町にあったと、そこなら時折会う事が出来たと、男衆が語ってくれたと。

 罪人になったヤロスラフ王子は問題のある証文を多く残していて、それらの一切が効果を失っていると、村長が教えてくれたと。


 自分は、よりにもよって最悪の選択肢に大事な姪を置いてきてしまったと、叔父は泣いた。


 でも、もう遅かった。

 その時のアビゲイルは、もう娼館に売り払われた後だった。


 それでもアビゲイルはまだ幸運だった。


 美しく生まれついた事、まだ幼かった事、音楽の才能があった事、仲良くなった孤児から珍しい歌を教えてもらえていた事、それらが重なって、早いうちに高級娼館に引き取られた。


 だから、こうして生きてこられた。

 歌を教えてくれたニホンからの転生者は、ヤロスラフ王子の悪評が広まったせいで、転生者として名乗り出せず、最初の孤児院の厳しい生活の中で、亡くなってしまった。


 だから、アビゲイルはランタンの声が嫌いだ。

 村では、村長の家にしかいなかったランタン。

 店では、取り分け身なりの良い客にしか憑いていないランタン。

 屈託のない幼子のような声のランタン。

 アビゲイルにとってのランタンは、自分の人生に明るい灯など存在しない、そんな気持ちにさせるものだ。


 年季が明けても娼館に勤め続けるなら、そのまま娼館住まいのままの方が何かと便利なのに、こうして部屋を借りているのも、ランタンの声を聞きたくなかったからだった。


 尤も、こうして王都の部屋を借りてしまえば、今度は本物の子供の声を聞いてしまう機会が増えてしまうのだったが。

 そんな事も予想出来なかったほど、アビゲイルにとって普通の生活は縁遠いものになっていたのだった。

 今もまだ、部屋を引き払わない理由は、彼女自身にもよく分からなかった。


 ともかくも、ランタンの声を避けて部屋に戻ろうとしたアビゲイルだったが、軽く舌打ちして、避けようとした広場に向かった。


 部屋には、もう食べられる物の買い置きが無かった。

 これから寝てしまうだけの今はともかく、起きた後に何も無いのは億劫すぎる。

 娼館に向かう準備を済ませた後に、屋台の食べ物の匂いが移ってしまえば、娼館の主に小言を言われる。

 さりとて、屋台に行くためだけに支度をするのは嫌だった。


 夜が明けきる前のこの時間は屋台が出るには早いのだが、ランタンの声がしたのなら、大店の者が何かしているのだろう。

 

 直ぐ食べられる何かがあればいい。

 そうして向かった先の広場には、やけに明るい一台の屋台があった。

 しかも、周囲に格式の高そうな騎士が何人も居る。


 思わず足を止めたが、微かに食べ物の匂いが漂ってくる。

 引き返すのは様子を見てからでもいいだろう。

 正式な騎士ならば、王都民をいきなり切り捨てたりはしないはずだ。


 屋台の周りで飛び交う3匹ものランタンを見て、若干捨て鉢な気持ちで、声をかける。

「ねぇ、何か食べるもの、売っているの?」


「「「らんた~ん」」」

「いらっしゃいませ!

 こちら、オコノミヤキの屋台です。

 オーク肉とクラーケンの二種類があります。

 蜂蜜水と合わせていかがですか?」


「王女様!?」


「え? なんで分かったの?」


「なんでって……」

 煌く様な白い髪と白い瞳は、王族それも直系王族でないとほぼ存在しないと聞く。

 人類として最大級の魔力量を生まれつき持っている光属性の者の特徴だ、という事を知らない人間など、あまり居ないのではないだろうか。


 白い髪と瞳の王族を見かける事が出来たなら、その日は楽しく過ごせる。

 そんなジンクスを聞いたのは、アビゲイルが娼館に引き取られてからの事だった。

 だから、アビゲイルはそのジンクスを信じた事は無かった。

 例え、一度も白い髪と瞳の王族を見かけた事が無かったとしても。


 でも、こうして見ると、なんて綺麗なんだろう。

 周囲で光が小さな結晶になって踊っているようだ。

 確かに、この煌きを目に出来ただけで、その日は楽しい気持ちで居られる気がする。


「ご注文はお決まりですか?」


 何の含みも無く、真っすぐにこちらを見る瞳。

 値踏みされる目で見られる事の多いアビゲイルには、少し戸惑う程だ。


 それにしても随分幼い。アビゲイルが売られた頃よりも数歳下ではないか。

 なのに、テキパキと動いている。

 アビゲイルの注文を待ちながら、熱した鉄板で、少し見慣れない料理を作っている。

 見た事の無い調理器具で、ひっくり返す手際が見事だ。


「コナの実のパンケーキ?」

 コナの実は、高価な小麦に代わる平民の主食だ。


「おかずを混ぜて焼いたパンケーキみたいな、厚みのあるガレットみたいな料理です。

 東国から手に入れた魚の加工品で味付けた生地に、カプースタと、オーク肉かクラーケンの切り身が混ぜ込んでありますよ」


「カプースタが入ってるなら、お買い得かしら?」


 カプースタは、人の頭のような大きさの野菜だ。柔らかで大きな葉が、重なってギュッと丸まっている。

 多くの野菜がそうであるように、貴族にしか収穫出来ず、食材の中では割高だ。


 対して肉類はもっと手に入りやすい。

 野菜と違って、栽培以外に狩猟で手に入るし、ひとたび狩猟が成功すれば取れる肉も多い。

 野菜と違って魔素量で消費者の棲み分けがされている事もあって、拘らなければ最も安い食材と言える。


「お試し用に串がありますよ。

 お値段は、オコノミヤキ串一つ、1枚。

 オコノミヤキ一つで、3枚。

 オコノミヤキと蜂蜜水のセットで半分です」


 少しつまむのに調度良い位で小銅貨1枚。

 一食分が小銅貨3枚。

 飲み物やスープとセットで、小銅貨5枚分と等しい大銅半貨。

 ここらの屋台と同じ値段設定だ。

 小銅貨である事を省略するのも、大銅貨の半貨の事を半分と言うのも、一般的な平民の言い方である。

 

「じゃあ、クラーケンの串を一つ。

 一食分を、やっぱりクラーケンで、持ち帰りたいんだけど出来るかい?」


「食べるまでどれ位ですか?

 クラーケンは傷みやすいから、持ち帰りならオーク肉がいいですよ」


「これから寝て、起きた後に食べるつもりなんだけど」


「それだと、クラーケンはちょっと不安ですね。

 オーク肉も日持ちする訳では無いですけど、半日位なら平気だと思います。

 お持ち帰りでしたら、温めなおすためにソースを別添えにしますか?」


「温めなおせるのかい?

 どうやって?」


「フライパンで軽く焼くようにしてもらえればいいですよ」


「……冷めたら食べれないのかい?」


「温めて食べるものだと思いますけど、……冷たくても食べられなくはないかな」


「……あたしは料理が出来ないんだ。

 ソースはそのままでお願いするよ」


「電子レンジがあればいいんですけどね。

 はい、クラーケン串です。

 良ければ、そちらで座ってお召し上がりください。

 その間に準備しておきます。

 蜂蜜水はどうですか?

 今なら、王蜂の蜜がありますよ」


「王蜂?」


「止めといた方がいいっス」


 王女様のお付きなのだろうが、黒を基調とした迷宮探索者風の格好で、アビゲイルの事をずっと警戒していた若い男が出てきた。

 ぱっと見は十代の少年だが、アビゲイルの勘からするともう少し年上かもしれない。

 整っているが、あまり見ない顔立ちだ。


「セルゲイ、接客の邪魔するの止めてよ。

 せっかく母上が、屋台のために分けてくれたのに」


「平民に王蜂の蜜は酷っスよ」


「母上は、魔素量が高くても、飲んだり食べたり出来るって言ってたよ。

 平民にも食事で魔力量上げてもらいたいから、出来ればたくさん摂って欲しいって」


「無理すれば食べられるけど、味が分からないって教えたっスよね。

 王妃様の言う事を鵜吞みにするんじゃありません」


「そうなの?」


「……男爵蜂の蜜を用意したんで、今日はこっちにしておいて下さい」


「分かったー」


 王女様の後ろで警戒していた時に纏っていた威圧感とは打って変わって、気安い。

 年の離れた兄のような気持ちでいるのかもしれなかった。


「男爵蜂の蜂蜜水はいかがですか?」


「っあ、ああ、もらうよ」

 反射で答えてしまう。


 勧められた席に座って、蜂蜜水と一緒にクラーケンの串を食べる。


「美味しい」

 食べた事の無い味だが、魚の味がする生地に、たっぷりの野菜が嬉しい。

 強すぎる発泡感のせいで、エールのようにも感じられる蜂蜜水とちょうどいい。

 今作ってもらっているのは、エールと合わせて食べようかな。

 冷めたものしか食べられないのが残念だ。


 そう言えば、聞きなれない何かがあれば、と言っていた気がする。

「王女様にも手に入らないんじゃ、どうしようもないか」


 食べ終わって、屋台で持ち帰り用を渡してもらう。

「今日は初日なんで、器はサービスしますね」


 変わらず、アビゲイルを真っ直ぐ見る瞳。

「これからもやってるのかい?」


「今のところ、これから一週間、早朝営業の予定です。

 どうぞ、ごひいきに」


「そうさせてもらうよ」


「お買い上げ、ありがとうございましたー」

「「「らんた~ん」」」


 まだ温かいオコノミヤキを抱えて帰る。

 少しだけ、ランタンが苦手ではなくなったかもしれなかった。





読んで下さってありがとうございます。


次から少し時間遡って、主人公視点に戻ります。

主人公視点とアビゲイル視点の齟齬は、

主人公視点の時系列がここを過ぎたあたりで言及します。

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