天狼の子育てとは
肉を解体するシーンがあります。
「今日はちょっと予定変更して、身体強化を習得しときましょう」
セルゲイが、いつになく真剣な気がする。
「いずれにしても、早めに覚えておいた方が良い事ですからね」
「はい」
元々リュドミラ先生の魔術の時間なので、本人達が言うなら、私に反対の余地は無いと思っている。
「身体強化は有史以前から人類が使えた魔術なんで、簡単は簡単なんスけど、漠然と使うよりも、意識した方が効果が高いっス」
人体模型が引っ張り出されてきている。
筋肉を鍛える時に、どの筋肉を鍛えるか意識した方が効果的、みたいな事かね。
重い物を実際に持ち上げてみるとか、固い物を実際に切ってみるとか、実践形式で色々やらされる。
いや、色々と言ったが、これは
「何か想定してる?」
しばし、顔を見合わせるセルゲイとリュドミラ先生。
「……姫様に誤魔化してもしょうがないっスね。
昨日、天狼が来たじゃないスか」
「肉を食べ損ねました!」
醬油を求めて主張しておく。
「多分今日、代わりの肉を持って来てくれると思うっス」
「やった!」
「分かってないでしょう。
捌いた状態で持って来てくれると思います? 天狼が」
「え?」
「獲物を直接持って来ると思いますけれど、面倒を見る事に決めた子供、今回の場合アレクサンドラ様にしか、獲物を触らせないと思われます」
「え?」
「俺が知ってる限りでもそうっスね。
その子が、自分で捌いて、自分で料理して、自分で食べるまで見守ってるって話っス。
持ってきた獲物が、ちゃんとその子の物になるかの確認と、子育ての一環らしいっス。
最終的に、その子が自分で獲物を獲って生きていける様になるまで、鍛えるらしいんで」
「……その子が、幼過ぎてどうにもならない場合などは?」
「天狼が食いちぎってかみ砕いた肉を、口移しで食べさせられるっス」
「……」
「頑張りましょう、アレクサンドラ様。
この調子なら、身体強化は直ぐに習得出来ると思いますから、その後の部分も時間が取れると思いますよ。
残念ながらその後の方は、私ではあまりお力になれないですが、セルゲイさんが手配してくれてますから」
「獲物が何か分からないのがネックっスけど、そんなに大きい物は持ってこないと思うんで、鳥系と四つ足系と一つずつやっとけば、何とかなると思うっス。
実際来たら、口頭で指示出ししますから」
「ふ、二人とも、本気で言ってる?」
「ええ」
「勿論」
マジか。異世界あるあるで、獲物を捌くはあるけど、王女転生4歳で巡ってくるのは予想外。
しばらく練習を続けて、覚悟はまだ決まっていないが、身体強化はもう大丈夫そうと言われてしまった。
「じゃあ、屠殺場に行きましょうか」
そういう場所があるんですね。
立場は逆だが、ドナドナされる。
「さっき使ってた人体模型を思い出すと、結構役に立ちますよ」
分かるが、言わないで欲しかった。
「ご要望のボアとコカトリスをご用意しております」
専門の職員さんに会ったところ。
まだ目の前には無い。
「これから扱うのは家畜なんで、胃や腸も空にしてありますし、洗ってありますし、毒も無くて難易度は低いっス」
天狼が持って来る獲物の難易度も低いと良いですね、と言ってくれる職員さんに、顔が引き攣ってしまう私。
「洗浄と乾燥はこの魔道具をお使い下さい。
こちらに魔力を流せば良いだけになっております」
獲物を洗うためだが、必要になるかもしれない、という事で自分に使ってみる。
「姫様の場合、魔力の込めすぎに少し注意が必要な位で、魔道具の扱いは大丈夫だと思うっス」
天狼も流石に生きたまま持って来ることは無いだろう、という事で屠殺済みのボアを持って来てもらう。
「デカいよ」
牛よりも大きいかも。しかもこの大きさで、グレートボアとかではなく、只のボアらしい。
「姫様に一人で捌いてもらうつもりは無いっス。
見て捌き方を覚えて下さい」
大勢が食べる効率の関係で、城の近くで畜産してるものだそうだ。
「先ず、逆さ吊りにします。血抜きの為です。
流れ出る血も食用に出来ますので、こちらの容器をお使い下さい。
心臓に直結している大きな血管から血抜きするのが一番ですが、魔石を傷つける恐れがありますので、今回は頸動脈に致しましょう。
首を切り落とします」
「うっ」
スパンと切り取られ、素早く別の場所に置かれる頭。血の滝。
クライマックスのようなシーンを突然見てしまった。
「頭部の処理も必要っスけど、それは任せましょう」
勿論デスヨ。
「勢いがこの程度まで弱まったら、こちらの魔道具をお使い下さい。
血抜きを助けてくれます」
淡々と進む説明。
ギブアップを言い出せる雰囲気が一切ありません。
「次に内臓を取り出します。
傷つけないように注意が必要です」
実際にやりながら、細かく説明してくれたが、
「出来る気がしません」
グロイからだけじゃなくて、普通に難しい。
「ここさえ頑張れば、何とかなるっス、多分」
セルゲイの励ましは、役に立たなかった。
皮をはぎ取られたボアは肉塊に見えたんで、ここからなら何とかなりそう感がある。気のせいかもしれないが。
「時間的に、コカトリスに移った方がいいっス。
可能性としては、鳥の方が高いですし」
私の体格を考えると、そんなに大きな獲物を持ってこられることは無いだろうから、その場合鳥だろう、との事。
「鳥の方が簡単ですよ。
足から吊るして、頸動脈で血抜きします」
職員さんは慣れているので、血抜きを始めるのに躊躇いがありません。キツイ。
「コカトリスの注意点は、石化効果のある嘴と毒を持つ尾です。
今回も、頭部の処理はこちらにお任せ下さい。
尾も切り取ってしまいますね。
鳥の場合は、次に羽をむしります」
「種類によっては、ここで翼を切り落としてもらうっス。
手羽肉を食べるよりも、翼の羽の方が価値が高い事があるんで」
「羽の処理が終わったら、捌いていきます。
今回は、内臓を抜く方法にしましょう。
こちらをこのように切って、この魔道具を使って下さい」
難易度の低い捌き方を教えてくれているようだ。
「鳥だったら、何とかなるかな」
「その調子っス。
鳥の素材として重要な部分は大体、翼と頭部の他は心臓近くの魔石しかないんで、内臓は魔石取るだけにしましょう」
難易度を下げてもらって有難い様な、何かを騙されてる様な、さりとてどうしようもない様な、複雑な気持ち。
でも、鳥なら何とかなるかな、内臓取るのは魔道具に頼れるみたいだし。
「いや、やっぱり気のせいだったと思うな~」
「しっかりして下さい。
ガルーダは毒も無いし、捌く難易度は低い方っス。ラッキーっスよ」
ガルーダ、に近い発音に聞こえる名前の、金と紅色の派手な鳥。
形や大きさなどは、孔雀に似ていると思う。
体格こそ小振りながら、風属性の魔術と火属性の魔術に長け、人類にとって十分な脅威度の魔獣。
前世のガルーダとの関係は全く不明だが、ガルーダと翻訳する事にしました。不謹慎かもしれないけど。
ガルーダを咥えて来た天狼は、伏せた状態でいるが、こちらをじっと見ている。
「先ず洗浄の魔道具を起動して下さい。
ガルーダの翼は希少なんで、切り落として……」
諦めて、どうにか捌き終えました。
魔道具様様だね……。
「じゃあ、そこから料理っスね」
終わってない!?
今やっと、丸鶏状態だ。
「網とかまどをご用意しておりますよ。
他にも何かあれば、仰って下さい」
料理長だ。解体を始めた時には居なかったと思う。
もう料理してもらいたいが、そういう訳にいかないんだった。
「そこまで出来たら、適当に切って焼いちゃえばいいんじゃないスか?」
いや、でも、ここまできたらいっその事。
「ローストチキンみたいにしたい」
中に詰め物して丸焼きしたいと言ったら、用意してもらえた。
米じゃなくて麦だったのが、ちょっと残念かな。
「ハーブとかちゃんとあるじゃん」
「姫様が思ってるのとは、多分違いますけどね」
今は考えない事にしよう。
火加減は料理長が見てくれたので、無事成功。
「出来たー!」
「じゃあ、食べちゃって下さい」
良かったですね、と声をかけてもらえる中の、セルゲイのセリフ。
「丸焼きを一人で?」
「最初の一口は、アレクサンドラ様でないと……」
「だけじゃなく、魔力量的にあんまり食べられる人間が居ないっス」
「え?」
食べました。
凄く美味しい。
鴨肉に近いかな。肉自体の味がしっかりしてて、ジューシー。詰め物も肉の味が染みてて美味しい。
でも
「発泡感スゴイ」
強炭酸をちょっと上回る位。
私がある程度食べた後なら、他の人にあげても問題無いらしいので、皆にも食べてもらったが、一口食べてむせてる人がほとんど。
リュドミラ先生だけが、ある程度食べて「美味しい」と言ってくれたが、お代わりを断られている。
セルゲイは二口食べて、味は分からないと言っていた。
「私って、魔力量、そんなに多いの?」
「いつも言ってるじゃないスか」
「多少の誤差はありますけれど、天狼の守護も付きましたし、これからもっと鍛えてもらえますよ」
嫌な予感、しますよ。
読んで下さってありがとうございます。




