第九話「最弱と呼ばれている少女」
そして俺たちがやってきたのは東京都の公共ダンジョンの一つ、《青のダンジョン》だった。
初級者向けでそこまで階層が深いわけではないらしい。
それに加え出る魔物はゴブリンとかスライムとか、低級の魔物だけだ。
しかし攻撃がこちらに届くということにビビり散らかしていた俺は、この初級者向けのダンジョンに潜ることにしたのだ。
「よ、よっしゃあ! 行くぞ!」
「……レン。もしかしてビビってる?」
「ビ、ビビ、ビビってないわ!」
俺は威勢よくそう言うが、へっぴり腰になっていることは火を見るよりも明らかだ。
どこか微笑ましいものを見る目でこちらを見てくるエレナ。
「ほら、ビビってないで早く行きましょ」
そうエレナに急かされて俺は《青のダンジョン》内部に入った。
中は庭のダンジョンの第一層から第五層までと同じような石レンガの壁や床になっている。
まあ広さは庭のダンジョンの数倍はあるけどな。
その壁面にチラチラと松明が立て掛けられているが、その光は赤ではなく青色だった。
かなり人で賑わっていて、それぞれがスライムやらゴブリンやらと戦っている。
俺たちも獲物となる魔物を探すために少し奥に行き、手の付けられていないスライムを見つける。
「い、いざ勝負だ!」
言って俺は右手を前に出す。
魔法を使おうと思ったのだが、ここで《大爆発》などを使ったら大変なことになるかもしれない。
そう思ったせいで躊躇してしまい、その間にスライムの体当たり攻撃が飛んできた。
「うわっ! いった…………くない!」
思わず両腕を前で構え防御の姿勢を取るが、痛みは全然来なかった。
スライムは俺に攻撃が効かないと悟り悔しそうな顔をしている(顔ないけど)
「そもそも打撃耐性レベル10があるのだから、効かないって分かるでしょう?」
「そうだけどさぁ……怖いもんは怖いじゃん」
俺の言葉にエレナは呆れたように首を振ると、ダイアモンドソードを取り出しスライムを斬った。
スライムはパシュッと簡単に一刀両断され、粒子になって消えていく。
「おお……流石はエレナだ。心強い」
「本当はあなたのほうが強いんだけどね……」
どこか納得いかないような表情で言うエレナ。
それから俺たちは難なくダンジョン攻略をしていると、何故か周囲に人だかりが出来ていた。
「おい、見たか、あのおっさんを! ゴブリンの攻撃を受けても顔色一つ変えないぞ!」
「それにあの銀髪美少女も全ての魔物を一刀両断しているぞ! 凄いし、可愛いな!」
そんな会話が方々から聞こえてきていた。
ここには新人探索者しかいないだろうから、その中で俺たちは浮いた存在だった。
遠巻きから俺たちの戦いを見られていると、なんだか居心地が悪い。
俺はただの一般人だからな、こう注目されていることに慣れていない。
しかしエレナはメンタルが強いのか、涼しい顔で魔物をバッサバサ斬っていたが。
そのとき、人だかりの中から一人の少女が出てきた。
茶髪のくりくりした可愛らしい少女だ。
エレナが美人系だとすれば、この子は可愛い系だな。
その少女を見た人々は声を小さくしてヒソヒソと話し始める。
「おい、最弱の新城が話しかけに行ったぞ」
「あいつ、抜け駆けするつもりかよ」
そんな陰口なようなものから、
「まあ最弱だしな、強くなるために必死なんだろ。もう五年もこの初級者向けダンジョンに通い続けてるって聞くし」
みたいな直接的な悪口も聞こえてくる。
どうやら彼女は強くなれずにずっとこのダンジョンに潜り続けているらしい。
教科書にはレベルアップに必要な経験値は人それぞれで違っており、成長速度も変わってくると書いてあった気がするから、彼女の成長速度はかなり遅い部類なのだろう。
「あ、あのっ!」
彼女は勇気を振り絞るように言った。
俺はそんな彼女に優しく微笑みかける。
「おう、どうした?」
「あの……! 私に強くなる秘訣みたいなのを教えてください! お、お願いします!」
そう必死に頭を下げられた。
俺はチラリとエレナのほうを見る。
彼女は俺を見てしっかりと頷いた。
うん、エレナの許可も取れたことだし、秘訣を教えちゃってもいいよな。
「秘訣……秘訣か。そうだな、教えてやってもいい」
「本当ですか!?」
俺の言葉にぱあっと表情を明るくする少女。
その言葉にざわざわと周囲の人間たちが囁き始める。
「くそっ! やっぱり先越されたか! 俺が先に行けばよかった!」
「マジかよ! 強くなる秘訣なんてあるのか!」
「何であの最弱の新城に教えるんだ……。俺のほうが絶対にその秘訣を上手く使えるのに」
好き勝手言っているが俺はそれを無視して、少女に人差し指を立てて言った。
「が――しかしだな、一つ条件がある」
「条件、ですか……?」
一瞬にして彼女の表情が強張った。
何か良からぬことを要求されると思ったのだろう。
しかし俺は構わずこう言った。
「そうだ、それはだな……」
そこでいったん俺は言葉を区切る。
少女は息を飲んで言葉を待つ。
ちなみに周囲の人間も息を飲んで俺の言葉を待っている。
そんな中、俺は思いきり頭を下げるとこうお願いをした。
「俺たちに夕食を作って振舞ってください! どうぞよろしくお願いします! 俺たち久しく手料理を食べてないんです!」