第五話「ダンジョンの中で少女と出会った」
「あなたが私を眠りから覚ましてくれたの?」
そう言われ、俺は後頭部をポリポリと掻きながら軽く頭を下げる。
「す、すまん。起こしちゃったのか」
「ううん、起こしてくれてありがとう。あなたが来なかったら私はずっとこのままだったわ」
少女は首を横に振りながらそう言った。
どうやら起こして良かったらしい。
「てか、ずっとこのままだったって、なんか封印されてたみたいな……?」
「そうね。その言葉が一番適切かもね」
「そりゃあどうして? 悪いことでもしたか?」
尋ねると彼女は悲しそうに目を伏せて言った。
「悪いこと……私が生きていること自体が悪いこと、なのかもしれないわ」
「……どういう意味だ? ぱっと見そんな悪そうな人には見えないけど」
俺がそう言うと、少女はその箱から出てきながら口を開く。
「ほら、魔女狩りってよく聞く話でしょ?」
「魔女狩り? ああ、あの中世ヨーロッパでよくあったってやつ?」
「中世……? 確かにヨーロッパの話ではあるのだけど」
不思議そうに首を傾げる少女に、俺も不思議そうに首を傾げる。
「いや、現代のヨーロッパでは流石に魔女狩りはないだろうし、確か中世って聞いてるけどなぁ?」
「そもそも中世って時代区分を初めて聞いたわ。いつのころを指すのかしら?」
……んん? 話がどこか噛み合わないぞ。
そう少女も思ったのか、不思議そうに首を傾げ――。
「ねえ、一つ尋ねたいのだけど、今年って西暦で何年か分かる?」
「西暦? 西暦だと2021年だな」
「……やっぱり。そういうことだったのね。腑に落ちたわ」
どこか納得そうに頷く少女に、俺は思わず尋ねる。
「どういう意味だ? 全く話が読めん」
「ええとね、このダンジョンの内部って時間が止まっているじゃない?」
「ああ、そうらしいな。だからこそ、こうしてずっと潜っていられるんだけど――」
そこまで言って、俺はハッと気が付いた。
「……なるほど。君の生まれは西暦でいくつだ?」
「私は1698年よ。今が2021年だとすれば、323年前かしら」
つまりこの少女は1700年頃にこのダンジョンに閉じ込められ、ずっとここに居たと。
そして2021年になり、再び俺の家にダンジョンとして登場し、300年越しに俺が見つけ出したというわけだ。
その300年の間、このダンジョンがどうなっていたのかは分からんけどな。
このダンジョンは不思議なことが多すぎるし。
「なるほどなぁ……。それだったら外に出たらメチャクチャ驚くと思うぞ」
「へえ……どんなふうに世界が変わっているのか、確かに気になるわね」
興味深そうに言う彼女だったが、俺は申し訳なさそうに頭を掻きながら言葉を続けた。
「だけど――俺はこのダンジョンを攻略したいから、すまんが自分で戻れるか?」
「……あら、私は連れていってくれないのかしら?」
「え、いや、それは全然構わないけど、いいのか? 2021年の外の世界を見に行かなくて」
そう尋ねると彼女はにっこりと微笑んで言った。
「もちろん気になるわ。でもこのダンジョンのことも気になるじゃない?」
「まあ確かに時間の止まるダンジョンって不思議だよな」
「そうでしょう? それにここにはとてもお世話になったからね、色々と返したいのよ」
ほの暗く微笑む少女。
そりゃ確かにこんな場所に300年近くも閉じ込められてりゃあ、ほの暗い感情も抱くだろう。
「なるほどな。まあ付いてくるのは全然構わんよ。仲間が増えるのは心強いしな」
そうは言いつつ、一人で攻略できると思うけどな!
だって攻撃が効かない、魔力も体力も無限、おまけに時間も止まっている。
負ける要素なんて一つもないじゃないか。
「ありがとう。……でも、私は剣とか全然使ったことないわ」
「まあ大丈夫だろ。スキルが使えるようになれば問題ないはず」
しかし少女は俺の言葉に首を傾げた。
「スキル……? スキルって何かしら?」
「ん? ああ、その時代にはスキルとかステータスとかなかったのか」
確かにそれらが使えるようになったのは21世紀に入る直前からだったな。
それなら知らなくて当然か。
俺は彼女に今わかっている範囲でスキルとかステータスについて教えてあげる。
「へえ……今はそんな力があるのね。呪術よりも便利そうだわ」
「呪術? 逆にそっちを知らん」
「呪術はまあ……私をこうして眠らせていたような力って感じかしら」
なるほど、中世にはそんな力があったのか。
「ともかく、ええと――そういえば名前を聞いてなかったな」
「私はエレナよ。あなたは?」
「俺はレンだ。斉藤レン。それで、まずはエレナのレベル上げから始めるか」
そうして俺は前まで使っていた錆びた直剣を渡すと、言った。
「俺がワイバーンを地面に落とすから、それを剣で切り刻んでくれ」
「そうすればスキルってやつが手に入るの?」
「いや、手に入るのは経験値ってやつだ。レベルを上げるときに必要なものだな」
エレナは俺の言葉に納得し頷くと、剣を構えて言った。
「任せて。私、単純作業は得意だから」
それから俺たちは20時間ほど二人で経験値集めをするのだった。