第十三話「探索者ランキング一位の人」
次の日、俺たちは中級ダンジョンの入り口に来ていた。
魔石を売って手に入れたお金で買ったアイテムボックスには、一週間分の食料などが入っていた。
アイテムボックスは値段によって入る容量が変わるのだが、俺のやつはかなり高級だった。
……三百万もしたからな、軽自動車から乗り換えられるくらいの値段だ。
見た目はただのリュックサックなのに、三百万とかやってられっかよ、マジで。
中級ダンジョンというだけあって、最下層まで行くのに一週間はかかるとのこと。
途中で一回だけ転移ゲートが開くが、一気に潜るとなるとやはり相当時間を取られる。
庭にできたダンジョンがいかに便利だったかがよく分かるよな。
ダンジョン入り口には何故か人だかりが出来ていて、一人の人を囲んでいるみたいだった。
聞き耳を立ててみると、その野次馬たちはこんな会話をしていた。
「おい……あれ、レイナ・ルーカスじゃないか?」
「本当だ。どうしてあの人がこんな中級ダンジョンに……?」
「やっぱりテレビで見るよりも美しいなぁ、彼女」
「そうだな。でも俺たちなんか片手で握りつぶせるくらい強いんだぜ?」
「ああ、付き合って浮気とかしたら、悲惨なことになりそう」
レイナ・ルーカス。
なんか名前を聞いたことがあるけど、誰だったかな?
俺がそう思い出そうとしていると、同じくその会話を聞いていたユイが目を輝かせて言った。
「凄いです! こんなところで、探索者ランキング一位のレイナさんに会えるなんて!」
「へえ……彼女が探索者ランキング一位の人なんだ」
凄いなぁ。
美人で強いって、隙なしじゃないか。
それにお金も持ってるんだろうなぁ。
しかし俺では絶対に関係になれない人間だろうし、どこか名残惜しそうにしているユイを引っ張ってダンジョン内に入った。
この山梨の中級ダンジョンは《森のダンジョン》と呼ばれているだけあって、鬱蒼としていた。
背の高い木々が生え、蔦が伸び、地面には苔がみっしりと詰まっている。
「うーん、緑の香りがするな。空気が美味い」
「そうね。なんだか前住んでた村の近くの森を思い出すわ」
都心に住んでる俺たちからすると緑ってどこか新鮮なものだけど、中世の村育ちのエレナからすればごくありふれたものだったのだろうな。
大きく息を吸って、吐くと、新鮮な空気で肺が満たされて、浄化されていく気分だ。
そんなことをしていると、俺たちの前にレッドモンキーが現れた。
レッドモンキーは赤い毛並みのサル型の魔物で、強さはほどほどって感じだ。
あの庭のダンジョンで言うと、第五層とかくらいのレベルだろう。
まあ中級ダンジョンとはいえ、第一層だからな。
このくらいなのだろう。
「ユイ、氷魔法であいつを倒してくれ。スキルのレベル上げもしないといけないからな。それに俺の爆炎魔法だと森が燃えかねないし」
「確かにそうですね。このダンジョン内で大火災になったら大変ですものね」
まあダンジョン産の植物なので、燃えるかどうかも分からないが。
一応警戒しておくに越したことはない。
ユイは《氷魔法》の《氷槍》を使い、一撃でレッドモンキーを倒した。
「やっぱりここら辺は余裕だなぁ。もっと奥まで行ってみよう」
そしてしばらく狩りをしながら進んでいると、突然ガサガサと物音が聞こえてきた。
また魔物かと思って振り返ると、複数人の男たちが現れた。
男たちは深くフードを被り顔が見えないようにしている。
……もしかして、これが俗に言う探索者狩りというやつだろうか?
探索者狩り。
それは探索者をターゲットにした追剥みたいなものである。
基本、ダンジョン内は警察の目は届かない。
だから犯罪者は好き勝手出来るわけだが――まあ基本は探索者は強いので無問題だ。
しかしたまに何も知らない人がダンジョンに入り、犯罪に巻き込まれるみたいなことが起きていた。
「おい、そこの兄さん。そのアイテムボックスを寄こしな」
……やはり、この三百万のアイテムボックスが目的か。
くそう、俺が断腸の思いで買ったアイテムボックスだぞ。
そう簡単に渡してたまるかよ。
「これは三百万もしたんだぞ! 渡すわけないだろ!」
そう思わず叫ぶと、その男たちは口元をニヤリとさせ言った。
「やっぱりそれはアイテムボックスだったか。それに三百万とはかなり高価なものを使っているな」
……くっ! しまった、バレてしまった!
ガーンと落ち込む俺にエレナが呆れたように言った。
「あなたねぇ……どうして自分からそういうことを言っちゃうのかしら」
「後悔はしているが反省はしていない」
「酷いセリフね、それ。普通は逆じゃないの?」
エレナが冷ややかな目で見てくるが俺はリュックを大事に抱えると叫んだ。
「三百万だぞ、三百万! だって三百万なんだもん!」
そう言う俺に男たちは何故か口元を引き攣らせながら低い声を出した。
「お前……それを俺たちに見せつけて、ただで済むと思うなよ?」
あれ、なんか怒らせちゃいましたか?
エレナは呆れてモノが言えなくなってしまったようだ。
ちなみにユイは怯えて俺の後ろに隠れている。
「さあ! お前たちはここで死ね!」
そして剣で襲い掛かってくる男たちに、エレナが剣を引き抜き反撃しようとしたそのとき。
「待ちなさい!」
凛とした声が森に響いた。
その声の持ち主はレイナ・ルーカス。
探索者一位の女性だった。
***
男たちは流石にレイナには敵わないと思ったのか、慌てて逃げだした。
それを見たレイナは、俺たちのほうに寄ってきて微笑みかけてきた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、おかげで助かったよ、本当に」
「それなら良かったです」
まあ助かったのは男たちだったのだろうけど。
エレナは本気でヤるつもりだっただろうし。
「しかし――その恰好でダンジョンに来るなんて、やっぱり初心者ですか?」
そう言われ、俺たちは改めて自分の格好を確かめる。
……うん、精々キャンプに来ました、くらいの格好だった。
耐性があるから鎧とか必要ないし、これで良かったのだが。
まあ、ダンジョン初心者には変わりないし、俺は頷いて言った。
「そうだな、初心者みたいなものかな」
「思った通りですか。だからあの男たちも目を付けたのでしょう」
なるほどなぁ。
そこまで恰好を見られているとは思わなかった。
「私が出口まで案内しましょう――と言いたいところですが、私は今探している人がいまして」
「探している人? どんな人なんだ?」
「それが……いきなり探索者ランキングを駆け上がり、一瞬にして一位の座を奪っていった人なのです」
へえ、そんな人がいるのか。
世の中、ヤバい才能だらけなんだな。
「で、その人はどんな人なんだ?」
「いえ、全く分かっておりませんが、おそらく相当手練れかと」
「まあ、だろうな。俺にはまったく関係のない話だなぁ」
そんな会話をしていると、プルプル震えていたユイが意を決して飛び出してくる。
そして何故か持っていたサインペンと自分のスマホを取り出した。
「お願いします! サインください!」
そのユイの言葉に、レイナは微笑むと頷いた。
「ええ、いいですよ。この背面に書けばいいですか?」
「はい! お願いします!」
そして慣れた手つきでさささっと書いていくレイナ。
「――これでいいですか?」
「ああ、ありがとうございます……!」
感激した様子でスマホを握りしめながらユイは頭を下げる。
本当にレイナのファンだったみたいだ。
「では私はこれで失礼しますが、自分たちで帰れますでしょうか?」
「ああ、それならまだ先に進むつもりだよ」
俺の言葉に彼女は心配するような表情を向けてくるが、首を振って言った。
「……探索者は自己責任の世界です。これ以上私が関わっても双方に得はないでしょうね」
「ああ、別に手伝ってもらわなくても大丈夫だぞ。俺たちは強いからな、多分!」
「多分という言葉にそこはかとない不安を感じますが、まあ行くというなら止めはしませんよ。――それでは、失礼します」
そう言って彼女はその探し人を探しにダンジョンの奥地へ向かっていった。
はぇー、流石は探索者ランキング一位だ。
そこら辺は適当に恩を売ったり出来ないのだろう。
「じゃあ俺たちも行くか」
「そうですね。行きましょう」
そうして俺たちもゆっくりと歩みを進め、奥へと潜っていくのだった。




