第一話「このダンジョン、時間止まってね?」
ダンジョンの歴史は意外と古い。
遡ればローマ帝国時代から各地でポツポツと確認されていた。
ダンジョンが最初に確認されたのは千五百年前に書かれた『地下帝国探査日記』という一冊の書物だ。
その書物には地下に住まう魔物たちや迷路のような構造など、現代のダンジョンと通じるようなものが書かれていた。
現代ではダンジョンは一般的であり、一つの市町村に最低一つのダンジョンがあるような状況だが、昔はそうではなかったらしく、たまに出現してはすぐに消える、といった感じらしかった。
ダンジョンが多数目撃されるようになったのは1999年からだ。
ノストラダムスの大予言の後、世界中にダンジョンが爆発的に広がった。
最初はそのことに恐怖していた人類だったが、すぐに慣れるもので、今では数多くの探索者たちが日々ダンジョンに潜りダンジョン資源を発掘している。
「だから――こうして庭にダンジョンが出来ることも当たり前のこと……なわけあるかッ! 何で庭にダンジョンが出来るんだよッ! 意味わかんねーし! 俺が丹精を込めて手入れをしていた盆栽ちゃんたちもどこかに消えてるしさぁ! 散々すぎるだろ、マジで!」
俺は庭で地団太を踏みながらそう叫んだ。
道を歩いていた犬の散歩中の主婦がぎょっとしてこちらを見たが関係なしに叫んだ。
しかし――こういうことはよくあることらしい。
魔力の高まりを感知した市役所職員が飛んできて、ダンジョンの様子を調べていたときにそう言っていた。
最悪のケースだとリビングにダンジョンが生まれるとかもあるらしいので、そうじゃなくてよかったですねとその職員は笑って言っていた。
……クソがよぉ。
俺が腹を切る思いをしてローンで買った新築がこうもすぐに壊されるとは。
まだ一か月だぞ、一か月。
まあ、壊されたわけではないけどさぁ……。
「ともかく元を取らないと話にならん。ダンジョン資源を寄越せ。大金を寄越しやがれ」
俺はそういきり立ち、バールのようなものを手に取ると意気揚々とダンジョンに入った。
中は薄暗かったが、何故か壁面に松明が掛けられチラチラと瞬いている。
うん、教科書に書いてあった通りだ。
……そういえばさっきの職員はこんなことを言っていたな。
『このダンジョンは魔力の高まり的にそこまで深くはないでしょう。が、私有地に出来たダンジョンですので、その所有権はあなたにあります。ダンジョン経営をするもよし、自分で独占するもよしです。まあ先ほど言った通り、あまり深くないので、経営には向かない気もしますが』
潜ってみて、自分で資源を探せなさそうなら経営してみるのもありか。
最近ではレンタルダンジョンなるものもあるらしいし、手軽に経営できるっぽかった。
ぜってぇ元は取ってやるからな、覚悟しておけよダンジョン。
そう思いながら、俺は軽く潜り始める。
すると、ポヨンポヨンと教科書で見たことがある魔物――スライムが登場した。
「よっしゃあ、ぶっ潰してやるぜ! 覚悟しろ!」
そして俺は思いきりバールのようなものを振り下ろした。
プルンと柔らかい感触が手に伝わってくると同時に、そのスライムは光となって弾け飛ぶ。
「お、勝ったのか……?」
さっきまでスライムがいたところには紫色の小さな石が落ちている。
ふむふむ、これが魔石か。
魔石は変換可能なエネルギーである魔力を大量に蓄えており、電力不足が問題視されている昨今ではとても重要な資源なのだ。
ちなみにこの小さな魔石一つでスマートフォン一日分の電力に変換できるらしい。
「ようし、このまま進んで行って、バンバンとスライムたちを倒していくぞ!」
それから三時間ほど、俺はその浅瀬でスライムを狩りに狩りまくった。
そこから先に進むのは少し躊躇われたからな。
俺はそこでようやく、ふと違和感に気が付く。
「ってか、なんで三時間もダンジョンに潜って疲れないんだ? 俺は運動不足で自宅の階段すらもしんどくなってきたアラサーだぞ。おかしい、何かあるはずだ」
もしや先ほどのスライムがメタルスライムで一気にレベルでも上がったか?
ダンジョンが生まれたと同時に、人類にステータスやレベルというものが導入された。
レベルはダンジョンの魔物たちを倒していけばドンドンと上がっていき、強くなっていく。
そしてメタルスライムとは、そのレベルを上げるための経験値をたくさん排出する魔物のことだ。
だから俺は先ほどのスライムが、メタルスライムだと思ったのだが。
……いや、思い返してみても間違いなく普通のスライムだったはず。
それに筋力とかのその他パラメーターが上がった感じはしないし。
もしかして、このダンジョンでは体力が減らないとか?
……そんな馬鹿な。
でもあり得る――というかそれしか考えられなかった。
「じゃあ一生潜っていれば、ドンドン強くなれるってことか!」
そう思ったが現実はそこまで甘くない。
体力こそ無限であれ、時間は有限なのだ。
ようやく俺は出社の時間に大幅に遅刻していることを思い出した。
「……って! そうだ、あれから三時間も経っているとなると、もう午前10時なはず! マジで大遅刻じゃん! やばいって!」
出社の予定時刻は午前9時。
会社に行くまで三十分かかるから、一時間半の遅刻だ。
「ああ……終わった。最近上司との折り合いも悪いし、絶対に終わった……」
そう絶望しながら俺はダンジョンを出て、そして――。
「あれ……まだ薄暗いぞ……? それにさっき歩いていた散歩中の主婦も近くにいる……」
俺は慌ててスマホを開き現在時刻を確認してみると、時計は三時間も巻き戻り午前7時を指しているのだった。