Chapter.4
"これで最後ですね。 貴方の相手をするのも"
"本当に、しつこい人でしたよ。 貴方は"
"教えていただけませんか? どうしてそこまで私に勝つ事に拘るのか"
"『最強』、ですか。 ふふ、バカですね。 私よりも強い人はこの世界には幾らでもいますよ"
"貴方の……そういうところが……──いえ、何でもありません。 では、始めましょう。 私達の、別れの『決闘』を"
"止めを刺すかどうかは勝者である私が決める事です"
"そんな事は、私より強くなってから言ってください"
"さようなら"
──リーゼロッテ。お前はあの日の事を覚えているか?
「──俺は、今も忘れていない」
かつて刑場として使われていた小さな孤島。今や地図にも忘れ去られてしまったこの島ならば誰にも邪魔されず、思う存分出来る。
「ようやく来たか、リーゼロッテ」
互いの命を賭けた戦いを。
「一つだけ、聞いていいですか?」
「何だ」
「どうして。 どうして、まだ私に拘るのですか。 私は救いようのない愚か者で、あんなにも零落れたというのに……どうして……」
「何度も言わせるな。 お前は俺が認めた『最強』だ。 それは今も変わらない」
「相変わらず、バカなのですね。 貴方は」
「そうでなければお前を身請けしたりしない」
「……でしょうね」
リーゼロッテが瞳を閉じ、再び開けたその時。
「ッ⁉︎」
胸が切り裂かれたかと錯覚する程鋭く、突然水の中に引き摺り込まれたかのように重く威圧的な魔力に襲われた。
胸の鼓動が高鳴る。全身の血が沸騰し、内なる魔力が騒ぎ出す。この強敵を前に一瞬でも気を抜けば負ける、と。
それは懐かしき感覚。お前と対峙する時にのみ感じていたもの。
リーゼロッテ。あれから俺は数多の戦場へと赴き、英雄と呼ばれるまで戦いに明け暮れた。お前が言ったように、世界には強者が幾らでもいた。だが、どいつもこいつもただ強いだけだった。どんなに優れていようと一度たりとも心が躍る事はなく、負ける気など微塵もしなかった。悲しい程に。
だが、その虚しさが今日。この極上の時間の為だったと思えば、悪くない。
「いくぞ。 リーゼロッテ」
「……えぇ、始めましょう。 カルヴァス」
今の俺は強い。お前よりも。
だから、今日こそは──
魔力と魔力が衝突し、研ぎ澄まされていく。
心と身体が別離したかのようによく見える。
永遠のようにも感じる一瞬。真白の世界。
これ程戦いと一体化した事はない。
そうだ。これこそが俺の求めていた最高の悦楽。
心地良い。
リーゼロッテ。この景色を見れるのは──
"……は、両……い……族に裏……"
何だ。
"……孤独に……耐え……ず……"
何だ、これは。頭の中に何かが流れ込んで。どんどん大きく。
"……逃げた、クスリに。 あの頃に、戻りたくて"
この声、まさか。
"遠い夢の中。 私の前に現れたのはお母様でもお父様でもなく、真正面から私と向き合ってくれた彼だった"
やめろ。
"止められなかった。 どんなに堕ちても。 逃げたの。 現実から。 だから、自業自得だったのに"
うるさい、黙れ。
"嬉しかった。 壊れていても、見限らないで。 優しくしてくれて"
黙れッ‼︎ お前の為じゃない。俺は、俺の為にお前を。
"ごめんなさい。 弱くて、甘えて。 ごめんなさい、貴方を【 】して"
お前なのか、リーゼ。
お前が、俺に。リーゼロッテの心を見せているのか──
突如、手を止めたリーゼロッテ。
その理由を問うと。
「もう、無理です。 これ以上、戦えません」
溢れる涙。
ポタリ、ポタリと。地面へ染みていく。
「私の……負け、です……」
震える声。
弱く、か細く。風に攫われて、消える。
「お前。 本気で言っているのか?」
無論、それに対する返事はない。
だから、魔力で刃を生成し示す。俺は本気だと。
だが、リーゼロッテはそんな事で怖気付いたりしない。
分かっている。既に覚悟を決めている事くらい。
「…………。 以前、お前は止めを刺すか決めるのは勝者だと言ったな──」
戦意を喪失し、項垂れたリーゼロッテの背後を取るのは容易く、
「──さよならだ、『リーゼロッテ』」
躊躇わず、刃を振り下ろす。
舞い散る金色の髪。
永年求め続け、ようやく実現した『リーゼロッテ』との決闘。その幕引きは、酷くつまらないものだった。
✳︎
物心ついた時からずっと、空を見上げていた。
いつも同じで、いつも違う空。
希望があった訳じゃない。絶望していた訳でもない。
ただ、下を見ていてもコイツらのように埋もれていくだけだと知っていた。
だから、空を見上げていた。
空が墜ちてくるかのような衝撃。
呼吸を忘れていた。視線の先にいるモノによって。
今まで見上げるだけだったのに、初めて手を伸ばした。
遥か遠く、届かない。
その時、俺の中に『頂天』への渇望が生まれた。
何故ずっと空を見上げていたのか。やっと分かった。
お前という存在が俺を衝き動かす。
それは何があっても変わらない。俺そのもの。
だから、いつか『お前を殺す』と。
天を墜とすまで。
この胸が喜びで満たされるのか。虚しさで苦しむのか。
分かりはしない。
だが、この道の先。何を得て、何を失っても。
後悔などしない。
天を墜としても──
「どう、ですか? この髪型」
背を向け、先程調髪した毛先を見せられながら、そう聞かれた。
以前は腰まである長い金髪で、個人的には戦う際に煩わしいのではないかと思っていた。なので、肩にかかる程度の長さになった今の方が戦いに適していて良いと伝えたところ。
「せめて似合っていると言ってください」
呆れたと言わんばかりの冷めた瞳を向けられた。
「大体貴方のせいでこうなったんですから。 ……か、かわいい……ぐらい、言ってくれても……」
「何をブツブツと。 首を切り落とされなかっただけマシと思え」
「もう! すぐそういう事、言って!」
不服そうな顔。さらに頬が赤く染まり、怒りを露わにする。
昔のコイツも怒る事はあったが、こんな風に顔には出ていなかった。これもアイツが影響しているのか。それとも今まで俺が知らなかっただけなのか。
「で、次は何処へ行くんだ。 リーゼロッテ」
「……その呼び方、やめてください」
「何故だ?」
「わ、私はカルと呼んでますし。 貴方も、リーゼと」
「断る」
「なっ、どうしてダメなのですかぁっ‼︎」
「お前はリーゼロッテだ。 それは変わらない」
「…………。 ねぇ、カル。 今日は何の日でしたっけ?」
「何だ、急に。 今日はお前の誕じょ──まさか」
「可能な限り叶えてくれるんですよ、ねぇ?」
「いや、可能な限りだと」
「十分可能な事だと思いますがッ‼︎」
「……くっ。 分かった」
しばらくの沈黙。
まだかと急かされ、口に出来たのは。
「り……リー……──リーゼ。 ロッテ」
それから少し間を置いて、彼女の笑い声が響いた。とても楽しげな笑い声が。
「今はそれでいいですよ」
向けられた笑顔に、苛々する。
きっとこれからずっと、コイツの笑顔に苛々するのだろうな。
俺は──。
fin.