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天を墜とすまで。  作者: メロ
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Chapter.3

『もうっ! お義兄にい様という人はっ‼︎』

 連絡用の魔水晶から響くルゥルの怒声。それは天まで響いているのではないかと思う程激しく、燃え盛る炎の如く怒る姿を容易に想像出来た。

「ルゥル、少し落ち着いてくれ。 昼寝しているリーゼが起きるかもしれないだろ」

 リーゼにメラダを会わせて数日後。アルスが口を滑らせたのか、情報として売ったのかは分からないが、その事がルゥルにバレてしまった。

『分かってます! 分かってますが……お義兄にい様が悪いんですよっ‼︎ あれ程リーゼロッテさんに余計な刺激を与えないで、って言ったのに! 勝手なことしてっ‼︎』

 義妹いもうとの怒りは至極当然だ。こちらからリーゼロッテの事を相談して助言を貰っていたにも関わらず、それに反した。全面的に俺が悪く、如何なる糾弾も受ける覚悟ではあったが、甘かったようだ。

「すまん」

『謝って済むことじゃありませんっ‼︎ 何もなかったからよかったものの、何かあったらどうするつもりだったんですかっ‼︎ 最悪もう記憶が戻らなくなる可能性だってあったんですよっ‼︎』

「悪かった」

『あーもうっ‼︎ 都合が悪い時はいっつもそれです……。 お義兄にい様のバカバカバカバカぁっ‼︎ もう知りませんっ‼︎ バカぁッ‼︎』

 そのまま交信が切られ、嵐が去ったかのように静まり返った魔水晶。再度こちらから交信を試みるも、当然のように拒絶された。

 いつ以来だろうか。こんなにもルゥルを怒らせてしまったのは。今度、直接会って謝らないとな。

「ッ⁉︎」

 その時。ガタンッ、と物音がした。

 無論、それが聞こえてきたのは。

「……寝室か──」



 恐る恐る寝室へ入ると、ベッドのすぐ側で倒れているリーゼの姿が目に入ってきた。

「なっ、大丈夫か──ッ⁉︎⁉︎」

 すぐに側へ駆け寄って声をかけた、次の瞬間。リーゼは俺の胸に飛び込み、そのまま顔を埋め、泣き出した。

「カル……カル……」

「何があった?」

「こわい、ゆめ……みたの……──」

 震える唇が悪夢の内容を紡ぐ度に、俺へしがみつく手に力が篭っていく。それは徐々に強くなっていき、娼館でアイツがどれだけ酷い目に遭ったのかを嫌という程、この胸に刻まれた。

 それを知らなかった訳じゃない。情報として頭には入っていた。最初に聞いた時だって、怒りや悲しみよりも先に都合がいいとしか思わなかった。

 なのに、今は揺らぐ。

「安心しろ。 ただの夢だ」

 あの時と同じように背中をさする。だが、あの時とは違って揺らぐ。

「ホットミルク、飲むか?」

「……うん……」

 向けられた涙と鼻水でぐしゃぐしゃな笑顔に、今のリーゼに。




 だが、所詮俺は──。




 依然記憶が戻らないままリーゼとの暮らしが二ヶ月程続いたある日。遂に恐れていた事が起きた。

「ねぇ、きいてる? きいてるの? ねぇってば!」

「聞いていない」

「むぅ、リーゼはいつおかあさまとおとうさまにあえるのっ! ねぇっ‼︎」

 いくら不自由のない生活をしていようと両親と離れている時間が続けば、コイツの胸は寂しさで溢れる。

「……おねがい、あわせて……あわせてよぉ……」

 親を恋しがって泣きつくのは当然で、その様は日に日に悲痛なものへと変わっていく。

 これがただのワガママでない事ぐらい分かっている。コイツにはどうしても両親に会いたい理由があるのだろう。

 だがしかし、それは叶わぬ願い。

 いくら俺でも。いや、どんな人間であろうと死者をこの世に呼び戻す事など出来はしない。だから、突き放す。

「無理だ。 諦めろ」

 こんな時、そうする以外の方法を。俺は知らない。

「……なんで……」

「何度も言わせるな」

「ばか。 ばかぁっ!」

 力任せに閉じられた寝室の扉。逃げ込んだ先に鍵はなく、その気になれば簡単に開けれるが、いつも通り気が済むまで放っておけばいい。そう思っていた。

 だが、その考えは甘かった。

 昼過ぎ。寝室の前に置いておいた食事を確認すると全く手がつけられていなかった。これまではどんなに機嫌を損なおうと食事だけはちゃんと摂っていたのに、今日は。

 すぐさま扉を開けたが、当然中には誰もいない。開かれた窓から弱々しい風が入ってくるだけだった。

「あのバカが」

 油断した。

 どうしても会いたいのなら自らの足で会いに行く事くらい容易に予想出来たはずだ。なのに、俺は──今までリーゼが俺の側を離れた事など一度もなかったから、そんな事をする訳がないと。

「……いや、バカは一体どっちだ」



『そんなの知ってるワケねぇだろ』

「そうか。 邪魔したな」

 一応、腕の立つ情報屋。何かの間違いでリーゼの行方を知ってるかもしれないとアルスに連絡を取ってみたが、案の定やつが役に立つ事などなかった。だから、即座に交信を切ろうとしたその時。

『待て待て待て! 何があったかくらい話せよ!』

「お前には関係ない」

『そっちから連絡しといてそりゃねぇだろ! あーあ、気になって今夜眠れねぇな〜』

 言い方は物凄く腹立たしいが、コイツの言い分は間違っていない。だから、仕方なく事情を話す事に──。

『オマエさ、何で聞かなかったワケ?』

「何をだ」

『理由に決まってんだろ。 親に会いたいリ・ユ・ウ』

「聞いたところでどうにもならないからに決まってるだろ」

『だけど、聞かなきゃいけねぇ事くらい分かってたんだろ。 何で聞かなかった?』

「何度も言わせるな」

『あっそ。 じゃ、オレは仕事があるから。 せいぜい頑張って探すんだな、おとうさん』

 交信の切られた水晶を机に置き、

「誰が父親だ。 ……お前なんかに、言われるまでもないっ‼︎」

 駆け出していた。

 町へ。

「長い金髪で子供じみたワンピースを着た女を見なかったか? なぁ、長い金髪で──」

 手当たり次第に住人に声をかけ。あらゆる店へ、あらゆる場所へ行き。町を隅々まで探しても、見つからない。

 森で。川で。丘で。

「リーゼっ! 何処だっ‼︎ リーゼっ‼︎ リィィィゼェッ‼︎‼︎」

 叫んで、叫んで、叫んでも。たかが女一人を、見つけられなかった。



 ──苛々する。

 別にお前の身など案じていない。

 俺にとって重要なのは『リーゼロッテ』。何度挑んで超えられなかった、いつも俺を見下ろす、この世で最も気に喰わない、今尚俺の前に立ち続ける『あの女』だ。

 お前じゃない。

 俺は『本当のアイツ』をこの手で叩き潰す。その為だけに、ずっと。

 なのに、いなくなって。探して、見つけて。どれだけ苦労したか。

 記憶を失い、一時的な存在に過ぎないお前など。お前など。



「こんなところにいたのか」

 空が夕闇に染まり始めた頃、自宅から町へと続く一本道でようやくリーゼを見つけた。

「もう家出は満足か──満足かと聞いて、っ⁉︎」

 ゆっくり、ゆっくりと。リーゼとの距離を詰め、肩を掴むと涙声で謝られた。

 どういう事だ。自分から姿を消しておきながら何故真っ先に謝って。

「……ぁ……あんなに、さがすと……おもってなくて……カルは、リーゼなんかどうでもいいって、おもってたから……」

 成程。コイツ、ずっと見ていたのか。

 いくら平静を失っていたとしても、碌に魔法を使えない子供に尾行される筈がない。誰かが手を貸していたのは明白。そして、恐らくそれはアルス(あのバカ)だ。

 何が仕事があるだ。アイツ、初めからこうなるように。

「……ごめん、なさい……ごめん゛なざいぃ゛っ‼︎」

 リーゼの瞳からポロポロ溢れる大粒の涙を見ていると苛々する。

 それは、コイツのせいか。あのバカのせいか。それとも、俺のせいなのか──。

「どうして両親に会いたいんだ?」

「やくそく、したから。 ごさいのたんじょうびはいっしょにすごすって」

 俺は知っている。

 それがかつて果たされなかった約束だと。

「リーゼ、残念ながら両親とは会えない。 今は、すごく遠くにいるんだ」

 触れている肩から心が深く、沈んでいくのが伝わってきた。

 分かっている。今の俺には無理とも、諦めろとも言えない。

 だから、

「……俺が。 俺が、代わりに祝ってやる。 両親の、分も」

「…………」

「何でも、は無理かもしれないが。 可能な限り要望は叶えてやる、つもりだ」

「…………」

「その、何だ。 誤魔化しくらいには、な──ッ⁉︎」

 その時、勢いよく。リーゼが抱きついてきて。

「やくそく。 ぜったいだからね」

 行き場を失った俺の手は、自然とお前の背に。

「あぁ──」




 ──だが、その約束が果たされる事はなかった。




「お前の名前は?」

「何故、そんな事を聞くの?」

「いいから答えろ」

「はぁ。 リーゼロッテ・アルティエラ」

年齢としは?」

「貴方と同じ二十一歳です」

「記憶は、どうなっている?」

「その、ずっと夢を見ていたような感じでハッキリとは……。 ですが、貴方に迷惑をかけた事はちゃんと覚えています」

「そうか」


 翌朝、リーゼはこの世から消えた。


「貴方には感謝してもしきれません。 いずれこの恩は必ず返しま──え」

「お前は何を勘違いしているんだ」

 リーゼロッテの左手首を掴み、壁際へと追い込む。

「まさか、この俺が善意で救ったとでも思っているのか? 全く。 バカげているな」

 吐息のかかる距離。先程まで何の危機感も感じていなかったその顔は徐々に強張っていき、動揺を隠せず呼吸も乱れ始めた。

 それに追い討ちをかけるように耳元で囁き、告げる。『お前は俺のペットだ』と。

 無論、コイツはそれを受け入れたりしない。あの頃のように棘のある瞳で睨み返す。さらに頬もみるみる紅潮していき、怒りを露わにした。

「冗談は、ヤメてくださいっ」

「俺が冗談を言わないのはお前が一番分かっている筈だ」

「くっ、そんなの……そんなの……」

「不服か? なら、戦え。 そして、俺を──」



 ──殺せ。

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