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天を墜とすまで。  作者: メロ
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Chapter.1

人は人、獣は獣

人に憧れ、知識を身に付けようと、

二本の脚で立ち、言葉を話そうと、

獣が人になる事はない

獣は獣のまま

それは死ぬ迄変わる事がない定め


故に、人が獣へ堕ちようと人のまま

 鼻につく臭いが漂う廊下。

 俺を案内する支配人の足取りは緩やかで、その背は何処か愉しげに見えて苛々した。

「これは、何を焚いてるんだ?」

「お客様をリラックスさせる為のただのお香でございます」

「そうか。 流石は一流の娼館、随分と気が利いてるな。 こんな物で雰囲気作りまでして」

 咎めるように皮肉を口にしても支配人は平静を保ち、社交辞令を返してくるだけだった。その面の皮の厚さには反吐が出る。何が客をリラックスさせる為だ。魔力耐性の無い者を惑わして食い物にする罠のくせに。

 気に入らないな。コイツらのやり方も、こんなところにアイツがいる事も。

「こちらになります」

 ようやく着いた部屋の扉には魔法文字で封が施してあった。

 以前、暇を持て余した仕事仲間に魔力を持つ娼婦の話を聞かされた事がある。通常の性行為と違い、魔力が脳に作用して何倍もの性的興奮・快感を得れる。無論、魔力が強ければ強い程、効果は増していく。そして、その快感はこの世の全てのしがらみから解放され、天にも昇る程の心地良さと言われており、一度味わえばもう二度と魔力無しの性行為で満足出来なくなってしまう程だと。

 だがしかし、魔力がある分厄介でもある。

 誰がいつ暴れ出すか分からない化け物を飼う? 誰が常に心臓を握られながらの性行為などしたがる?

 簡単な話だ。安全に飼育し、客を愉しませるには猛獣を縛り従わせる為の鎖が必要になってくる。

 だから、封をする事自体は当たり前だ。しかし、対魔獣用。しかも、そこらの雑魚ではなく古代種用の封を施すなんてどうかしているとしか思えない。普通に考えれば、そこまでの手間と金を掛けてまでたった一人の女を飼い慣らすメリットなどある訳がない。

 つまり、この中にいるやつはそれだけ魔力が強く、価値のある人間という事になる。例えば、名のある優秀な魔術士で、今まで誰も手が出せなかった貴族の娘とか。

 どうやら今回は無駄足にならなさそうだ。

「本来ならここは限られたお客様しか入れない特別な部屋でございます。 今回はカルヴァス様だからお通しさせて」

「御託はいい。 金なら出す」

「では」

 支配人が封を解き、扉を開けた。その瞬間、ムワッと広がる雌の匂い。それには微かに馴染みのある魔力も混じっていて、自然と胸が高鳴った。

 部屋の中に入ると、服の意味を成していない襤褸らんるで身を包み、それぞれの手足を枷で拘束されている女がいた。

 腰まである長い金髪、そんな姿であっても威厳を失わない後ろ姿。間違いない、こいつは。

「よぉ、リーゼロッテ・アルティエラ。 魔術院以来だな。 随分と惨めな格好をしているじゃないかっ!」

「…………」

「覚えているか? 俺は散々お前に」

「あー、う?」

「なッ⁉︎」

 振り向いたその顔はリーゼロッテ本人だった。しかし、その顔はだらしなく、瞳は虚ろで。俺の知る気高く強気なリーゼロッテとはかけ離れていて──すぐさまその訳を支配人に聞いた。

「そうですね。 彼女の為を思いクスリを少々、と言ったところでしょうか。 ご心配なく、品質には問題ありません」

「そうか」

 視線を戻し、リーゼロッテを睨む。しかし、コイツは何も分かっていなかった。それどころか、舌と唾液を垂らし、餌を貰える犬みたいにはしゃいで。

「お前、つまらないやつになったな」

「あーっ、あーっ!」

「おい、支配人。 いくらだ?」

「一晩、168000Gになります」

「違う。 この女をいくらで買えるかと聞いている」

「は? か、買うっ? この女をですかっ⁉︎」

「何度も言わせるな」

「い、いやはや、英雄色を好むとは言いますが」

「いいからさっさと言え」

「……途轍もない額になりますよ?」

「言ったはずだ。 金なら出すと──」



 ✳︎



 帰宅後。寝室へと向かい、眠ったままのリーゼロッテをベッドに投げ捨てると同時に溜め息が溢れた。

 各地の娼館を探し回り、身請けしたまではいいが。今のコイツはクスリのせいで真面に話す事が出来ない。さらに余計な催淫効果で意識があればバカみたいに盛り、面倒でしかない。

 支配人曰くクスリが抜けるのには二日掛かる。そこで、その間は麻酔で眠らせる事にした。




 二日後。多少はクスリが抜けたのか、会話は出来るようになっていた。

 しかし、

「ねぇ、シてっ、私とっ。 キモチいいコト、シてぇっ」

 催淫効果はまだ残っていた。

 余程、悪質なクスリだったのか。デタラメな量を投与されたのか。はたまた魔力が強過ぎるリーゼロッテとの相性が悪かったのか。それは分からない。だが、このままではコイツを身請けした意味がないのは確かだった。

 だから、仕方なく。仕方なく治療してやる事にした。

 医術に詳しい義妹いもうとのルゥルに頼み、一から薬学を学んで──。




「おい、飯だ」

「う゛ぅぅ、外してっ! コレ、外してっ!」

 リーゼロッテは顔を合わせる度、手足の枷に文句を言ってきた。人の気など知らないで。

「断る。 今のお前にはそれが必要だ」

 今ならあの支配人の気持ちがよく分かる。

 クスリによって増長したコイツの性欲は常軌を逸していて、とても手に負えないじゃじゃ馬だ。枷無しで放っておくなどあり得ない。いくら金になるとはいえ、そういう意味でも手を焼いていたんだろうな。

「どうして! どうしてシてくれないのっ! キモチいいのに! アナタ、変っ! おかしいっ!」

「黙れ。 今のお前では……」

 この飢えは、満たせない。

 俺が求めているのは──



 ──貧民街で野良犬同然に生きていた俺はある時物好きな貴族に拾われた。

 そいつは本当によく分からないやつで、何故か俺を我が子のように育て、魔術院へと入学させた。

 そこは肩書きばかり気にするつまらないやつが集まる場所だったが、一つだけ良い事があった。

 どいつもこいつも純粋な貴族じゃないだの、薄汚れた血だの、成り上がりが図に乗るなだの、理由を見つけては突っかかってきてくれるおかげで好き放題暴れる事が出来た。

 物心ついた時から弱肉強食の世界にいた俺にとって争いこそ最高の娯楽。襲い来る敵を潰して、潰して、潰して、潰して。当時の俺に、これ程の悦楽は他になかった。

 だが、所詮やつらはただの雑魚。勝てないと悟るや否や誰もかかってこなくなった。

 つまらない。そんな不満ばかりが積もっていく中でお前に、リーゼロッテに出会って。

 初めて負けた。しかも、女に。

『その程度で粋がっているなんて随分といいご身分ですね』

 棘のある瞳で見下ろすアイツ。負けた俺は何も言い返せず、這いつくばって見上げるしかなかった。

 初めての屈辱。その時から俺は──



「──何だ」

 気がつくとリーゼロッテは食事を終え、熟睡していた。

「まぁ、いいか。 食べたのなら」

 コイツは薬をそのまま飲ませようとすると何故か吐き出す。だから、こうやって食事に混ぜて少しずつ飲ませるしかなかった。それは効果が薄く、余計に時間が掛かってしまい、明らかに非効率的だ。正直そんな面倒な事をするくらいなら、口に手を突っ込んで無理矢理にでも飲ませた方がいいのだろうが。

「今も昔も良いご身分だよ。 お前は」

 生憎俺はそんな風には育てられていなかった。




 薬の効果が出始めてきたのか。リーゼロッテの性欲は徐々に抑えられ、いつしか枷を外しても大丈夫な程落ち着きを取り戻していた。そのおかげで薬を飲ませやすくなり、心労は減ったが。

「…………」

 その代わりに、無気力に過ごすようになった。

 部屋に篭り、何も話さず、ただ一点のみをじっと見つめる日々。一体何を考えているのか皆目検討もつかないが、ルゥル曰く心の傷とはそういうモノで暖かく見守ってやるものらしい。

 だから、

「…………」

「…………」

 時間のある時はすぐ側で同じようにただボーッとした。



 そして、来る日も来る日も同じ事を繰り返し、やがて変化が生じた。

「……ァ……」

 いつも虚空を見つめていたリーゼロッテの瞳が俺に向けられ──思い出したかのように自慰を始めた。

 俺はこれまでの日々が否定され、やってきた事が全てが無駄に思えて怒りをぶち撒けそうになった。だが、思い止まった。

 何故なら、その時のコイツは苦しそうで。すぐさま恥じるように手を止め、泣き出したから。コイツもコイツなりに戦っていると知ったから──。

「バカが」

 こういう時、どうすればいいか知っていた。

 ただ背中をさする。それだけでいいと。

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