第三話 「フグは口福」
美食とは何か?
それは食べるという行為に「美」を見出すことであろう。
美食家とは何者か?
それは食を「文化や芸術」にまで高める観点や言葉を導く人間の事であろう。
そうでなくてはいけない……はずだ。
「この料理を作ったのは誰だあぁぁぁっ!!!」
「俺が作った、文句あるか?」(菜箸刺し!)
「ぎゃあああああ!!!!!!!!」
店内に響く絶叫に、しかし誰も反応しない……実は毎度のテンプレなのだ。
「ちったあ静かに食えねえのかい、白目のセンセイよ?」
呆れ半分、諦め半分のひろしの言葉に0.5秒前まで「目が!目があああああああ!!!!!!」と喚いていた男が反論する。
「何を言うかうさぎさん! この美食評論家たる白目雄山(通名)の叫びは誰にも封じることは出来んのだ!」
(ちょっとは音量絞れよこの自称美食家の騒音発生器はよー?)
黒目抜きの大きな眼球を突き出すように吠える『迷惑常連客No.4』にうんざりしながらひろしは訊ねる。
「…で? 俺の出した鯵の唐揚げの何がいかんと??」
「鯵の味は悪くない…悪くはないが私はタコの唐揚げが喰いたいのだっ!」
単なる客のワガママである。
「だーからー、今日はタコは仕入れてねーと言っただろうが?」
「ならばもっと美味い肴を!この私の舌を満足させる肴を出せっ!!」
呆れ顔で言うひろしに向かって美食評論家()は更なるワガママを突きつける。
(次は菜箸じゃなくて金串でも突き刺してやろうかなー?)
頭の中で危険な企みを練りながら忙しく手を動かして次の肴を我儘な客に出す。
「ウム、この茄子漬けはいい…このぱりっとした食感とさわやかさが揚げ物の後には…」
好みに合う一品に機嫌を直した白目は多少大人しくなった。
だが毎度来る度に絶叫芸を披露される側の店主としては、ここで皮肉の一つも言いたくはなる。
「こっちとしては毎度毎度、番組収録が気にいらない度に『口直し』に来られても困るんだがなー」
「あの糞プロデューサーめ!今度このワシに不味い料理食わせおったら本場物のキャロライナリーパー を口に詰めてくれるわ!」
人間が食べるのは極めて危険な唐辛子である。
「そして障害致傷か殺人未遂で、美食家のせんせいは牢屋に入る訳か~~」
「…なんぞ言うたか?」
「イイエナンデモー」
さらりとかわして心の中で舌を出す…悪質な客の相手をする上での精神安定術である。
「で? 今日の料理はそんなにひどい代物だったんかねセンセイ~?」
いつも以上に不機嫌な美食家先生(笑)に後ろで飲んだくれていた親方(迷惑常連客No.1)が声をかける。
まあこの客(白目雄山)がTV収録でちゃぶ台返しをするのは今さらの話なんだが、今夜は特に荒れているのが気にかかったのだ。
「酷いなんぞというレベルではない! あの馬鹿共はこの私に『フグの白子・トマトソース炒め』とかぬかす代物を出しおったのだ!!!」
「…なんじゃねそれは?」(親方)
「一応食べ物の名前には聞こえますけど?」(ディック)
「でもなんか気持ち悪そうですねー」(はんぺん)
迷惑常連No.1~3までが声を揃えて首をひねる……あまり聞いた事がない料理名のようだ。
「…昔、俺がガキの頃にそんな料理がTVでもてはやされた事があったがなー? まああんまり美味そうには見えんかったが」
そのひろしの台詞に再び両の眼球を震わせつつ、ビールをぐわっと呷ってから白目は吠える。
「あの糞たわけ共! 昔のアーカイブにあった懐かしの創作料理の再現とか抜かしおって‼」
「あーなるほどなー」
マスコミ関係者にはよくある話であった。
世の中に知られていない、奇抜な食べ物をとにかく美味そうに見せて宣伝し、その料理を出す店からバックマージンをせしめる商売だ。
(だけどそんな連中が推す料理ってのがロクなモノであったためしはなかったなー、あの当時から)
少しばかり遠い目をしてひろしは昔を懐かしむ。
そしてそれとは無関係に迷惑四天王の話は盛り上がりを見せ始めていた。
「で? それはどの程度不味かったんじゃ? ウナギの肝よりか?」(親方)
「フグの白子って美味しいって聞きましたけど、違うんですか?」(はんぺん)
「昔の職場で接待の時食べた白子の焼き物は美味しかったけどなー」(ディック)
「戯け! あのような汚猥な代物などこの私の口に入れると思うか!! その場でテーブルごと馬鹿PDの頭に叩き付けてやったわ!!」
(…暴行障害事件じゃねーかそれ?)
次の料理を作りながらひろしは脳内で突っ込みを入れる…
だが目の前のセンセイが留置場にも入らずここで管を巻いているということは、表沙汰にはならなかったのだろう。
(その代り番組は降板で収入は減り、その憂さ晴らしにここで喚いている訳か…だったら銀座のクラブででもやれよなー)
口に出してそう言えば 『何を言うか! このような時に喚き散らすために赤ちょうちんという「文化」があるのだ!!』 と、意味不明の持論を持ち出すに決まっているのでひろしは無言のままである。
「…さて、それじゃあ機嫌を直すのにこれをどうだ?」
そう言ってひろしが出した一品はまたも「唐揚げ」であった。
それをしばし、じっと見てからおもむろに口に運び咀嚼する美食家(自称)…
「この唐揚げを作ったのは…」
「俺だ、いいから黙って食え」 (竹串!)
「ぎゃあああああ!!!!!!!!」
定番の儀式を終えた後、再び白目は料理の味に没頭する…
「フグの身に薄い衣と味付けで揚げてある…味は濃過ぎず、しかし薄すぎず絶妙…」
フグの身は独特の味であり、淡泊なようで実は強い。
それを活かすに最も適したのは白焼きと言われるが、実は唐揚げも悪くはない。
但しそれはその身の味を殺さない、絶妙の味付けのバランスがあって初めての話でもある。
「…悪くない、まあまあの出来だな」
傲岸不遜な言葉とは裏腹にハムハムと美味そうにかぶりつくその姿に後ろの三人がよだれを垂らす…
「おーい、はかせよ~~~…」「僕たちにもその~~~…」「久しぶりにフグの味~~…」
「…高いぞ?」
その一言でがっくりとうなだれる三人組……だが今夜は拾う神がいた。
「私が奢ろう、作ってやれ」
愚痴の聞き役をしてくれたことに対するささやかなお礼であった。
第三話 終わり
蛇足的解説
何故美食家の白目雄山氏は場末の赤ちょうちんに入り浸るのか?
1.ここの料理は美味いのと店主のひろしとは昔馴染みの腐れ縁である。
2.味覚は確かだが人格が破綻しているせいで騒ぎばかり起こしてあちこちの店から入店お断りの宣告を受けている。
3.実は豪華な店が趣味に合わず、場末の赤ちょうちんの方がリラックス出来る。
などの理由による。




