第一話 「エゴネリと鰤の味噌煮」
時は西暦20XX年
世界は色々難儀しており、我が国日本もやっぱり色々と難儀をしていた。
しかしそんな難儀な日々にも、憩いの一時は訪れる。
アフター5は飲み屋の開幕時間である。
首都東京の片隅にある、この小さな居酒屋にも客は大勢やって来る。
店主は今日も大忙しだった。
「ごめんよ~、席空いてるかね?」
「はいよ、カウンターでよければね」
店に入って来た常連客にそう応えて店の親父はおしぼりを置く。
「今日のお通しは?」
「これだよ」
出て来たモノは見たことがない代物…
「知らない食べ物だ」
「それはエゴネリだ」
「…食えるんだよね?」
「当り前だ!」
おそるおそる食べてみると、海藻の味がする蒟蒻のようだ(寒天か?)
「…珍味だな」
清酒の合う味だった。
「今日のおススメは?」
この店は日によってメニューが違う。
店主が気分屋でホイホイ面白い食材や料理に挑戦するせいだ。
「ブリのいいのが手に入った…で、味噌煮にした」
「えー!? 刺身じゃなくて? 勿体ないんじゃ…てか幾らだよ?」
基本的に大平洋側では良質のブリは高い。
だから刺身で食べたいし、そこに料理の手間をかけると値段も高くなるのだが…
「心配するな、一皿500YENだ」
「…何でそんなに安いんだ?」
「ブリが何匹かタダで手に入ったんでな」
「へ?」
何の冗談かと店主に聞き返すと、思いもよらぬ返答が来た。
「お通しの仕入れに新潟まで行ったら、知り合いが日本海で素潜りやっててな…大王イカと海中で取っ組み合いやって、倒した時についでに捕まえたそうだ」
「この寒いのに新潟で素潜り? 大王イカと格闘? そいつは人間か??」
「さあな、何でも駿河湾だと暖かくて体が引き締まってくれんそうだ…ほら、出来たぞ」
出て来たブリを箸で一つまみ口に運んでみる…
「…うめえなこれはw」
「だろ? ブリってのは刺身にも鍋にも味醂漬けにも、何にでも独特の味を出すんだよ」
口にしたブリと味噌の味は何とも言えない玄妙さで、知らず知らずに口の中に酒が入り、またブリを食べては酒を飲み…
「いいもんだなあ、こういうのも~~」
あっという間に「出来上がって」しまっていた。
「美味かった~~♪ あーだけど今日の〆はラーメンだと合わねえなあ…美味い茶漬けあるか?」
「いいぜ、丁度大根菜のいいのを仕入れたからな」
そう言って親父が出してくれたのは新鮮な茶葉で淹れた鮮烈な味の大根菜茶漬けであった…
「あー美味え…」
「そりゃよかった、俺も今日の食材を新潟から持ち帰った甲斐があったってもんだ」
「へー…新幹線にブリを抱えて乗ったのかよ?」
「馬鹿言え、氷で締めたブリを人間一人で何匹も持てるかよ」
「へ? それじゃどうやって運んだんだ?」
「決まってるだろ、俺のKwskの後ろにリヤカー繋げて高速で運んだんだよ」
…お前、それ道路交通法違反だろ?
口元まで出かかった台詞を客の男は飲み込んだ。
この店主が二輪に乗ったが最後、世間の常識など無視する事くらいは知っていたからである。
「うまかったw またねー」
「へい、ありがとさん」
上機嫌の客を送り出した後、後ろを振り返った店主は溜息をつく。
今の客が来る以前から出来上がって潰れていた「常連の三人組」がまだいたのだ。
「親方ー、ディック君、はんぺんよ、そろそろ起きてくれんかね?」
「う~~い…」「へえ~い…」「ふにゃー…」
「散々飲み食いしてくれたが、ちゃんと金は払えるんだろうね?」
「うにゃあ…当然じゃよ、璃っちゃんが獲ってくれた肴に代金支払わんなどとそんな怖…いや、失礼なことはせんから」
「へいへい、それじゃこんだけね」
「うお…ディック君にはんぺん、割り勘でいいかね?」
「えー?」「親方のおごりだっていうから来たのにー」
「…嫌なら今後一週間ほど皿洗いのタダ働きだが?」
駄々を捏ねる若造二人に店主の宣告が言い渡されるとたちまち代金が差し出された。
「さて、それじゃまた郷里の酒を仕入れておいてくれや」
「へいへい…しかし会津誉のどぶろくは当分無理だな」
「何でまた規制が厳しくなったのかねえ…」
そうぼやきながら帰っていく客たちの背中を見ながら店の主…壁博士は暖簾を降ろす。
「まあ、時代だからなあ…」
第一話 終わり




