新たかしの冒険
紙片001-008
「あなたがたかし?」
たかしの背後から足音の主は問いかけた。
「・・・ん-、んー」
「何?はっきりしゃべりなさいよ」
猿轡を嚙まされたたかしはうなることしかできなかったが、背後からはその様子が伺えなかったのだろう。足音の主は急かすようにたかしの正面に回った。
「あら。それじゃあじゃべられないわけね」
足音の主はたかしの猿轡と、ついでに目隠しをほどいた。たかしが目を開けると月明かりの中、見慣れない服を着た少女が目の前にいた。
「あ、ありがとうございます。確かに私がたかしですが、「は?え?ちょっと話が違う。嘘、あれ?なんで?」
少女はいつの間にか手にしていた紙の束をぱらぱらとめくった。
「あ、あの、あなたは・・・?」
「私?えーっと、そうねあなたたちが言うところの神様、かしら」
「神様、ですか・・・?」
たかしは面食らった。目の前の少女は自らを神と呼んだのだ。神を自称するなど頭のネジが何本か飛んでいるかもしれない。身動きが取れず、視界をふさがれた状態からすれば自由度は増えたのだが、たかしにとっては新たな問題が発生したと言える。何せ助けてくれたのは自称神様なのだから、古来より神様とは身勝手でとんでもない存在と相場が決まっている。たかしの居た村も例外ではない。川の神として村人たちは誰一人として敬ってはいなかったし、毎年作物を要求するヒルのような厄介な存在程度に考えていた。今回の神のお告げとしての「たかし」の生贄要求があるまで、「いうて特になにもしないっしょw」と誰もが舐め腐っていたのだ。そこにきて神のお告げである。村人一同大層震え上がった。
「こ、この度は出来の悪い供物で申し訳ございませんでした。言い訳を許していただけるのでしたら、今年はひどい干ばつがあり、作物が十分に育たなかったのです」
たかしは村人たちから言われていた神様の怒りを鎮めるための言い訳を口にした。物は言いようである。ひどい干ばつがあったのは事実、作物が十分に育たなかったのも事実。だか、出来の悪い供物はあえて選んだのだ。村人は「いうて特になにもしないっしょw」精神だったし。
まぁ確かにご飯を減らす必要はあったが、村長の考案した計画配給により、公平感をもって全体的に食料の消費を管理することで村人の不満を軽減し、局所的な食糧不足を回避できたため、村人たちは「まぁこんな時もあるよな」程度の感覚だった。しかし、だからと言って野菜のヘタや、籾殻を供物とするのはさすがに神様をバカにしすぎていたと思う。いや、ホント。だからと言ってたかしがそんな供物に異議申し立てをしたわけではなかったのだが。それでもこうして生贄になっている以上多少は文句を言ってもよいのではなかろうか。
いや、そもそもなんで自分が生贄に指名されているんだ?確かに自分は自宅警備員で働いていなくて村のお荷物でくの坊昼行燈と呼ばれていたが、あんまりではなかろうか。自分も今年で35。いい年だし、農作業もきちんと教えてもらえば明日から本気出すし、自分が本気を出したらこの村の収穫量も前年比300%になる見込みだし、なんなら働かないことによってこの村の経済の急激な変化を抑制していて村に貢献していると言えるのではなかろうか。そんな自分を生贄にするなんで村の損失、ひいては世界の損失なのでは―――
「ああ、うん。ごめんね」
目の前の少女は謝罪を口にした。
「へ?」
たかしの口から間抜けな声が漏れる。
「いやー、最近「リアル」の方が忙しくてね。ちょっと調整失敗しちゃったんだよね、干ばつ」
りある?調整?何を言っているんだ?
「で、そしたらあの供物でしょ?ちょっと信仰パラメータが低めだからテコ入れに生贄オーダーしたんだけど・・・、見てこれ!」
そういって少女はたかしに紙の束を広げて見せた。「今、イケメンが熱い!今ジェネレーションはイケメン大漁!」の見出しの下にランキングがずらりと並んでいた。ランキング一位は「たかし」だった。
「で、ちょうど私のエリアに「たかし」、あなたなのよね?がいたから指名したんだけど・・・」
少女は無遠慮にじろじろとたかしの顔を見た。
「これで一位・・・?「あ、いや人違いですね」
たかしは平凡顔である。平凡顔の穀潰しである
「それ多分、自分の親父です」
たかしの父「たかし」はイケメンだった。なぜそのDNAが遺伝しなかったのか。たかしは夜な夜な枕を濡らしていた。
「親父は20年前に事故で死んじゃいました」
「え!?あ、これ今月号じゃない、じゃん、ショック・・・。凹む・・・」
肩を落とす少女。
「すみません」
謝るたかし。
「もうあなたでいいや。マスター権限を一部付与するから管理代行してちょうだい」
「は?」
こうしてたかしはマスター権限を一部与えられ、神様代行をすることになりました。
たかしは粉骨砕身、世界を調整し、村に干ばつが起こらないようにし世界は平和になりましたとさ。
めでたしめでたし。
たかしは2度と村へは帰れなかった・・・。村人と神様の中間の存在となり永遠と世界を管理するのだ。そして、死にたいと思っても死ねないので、そのうち、たかしは考えるのをやめた。