すべてがエフになる
大学に入って二度目の学園祭に向けて、わたしたちは額に汗をにじませながら準備にいそしんでいた。
学園祭のミスコン。私たちの友達、文香がそこにエントリーされている。
「うーん……」
文香がPCの前で固まってしまった。ミスコンの自薦文が未だに思いついていないのだ。
「ふみかー、まだ思い浮かばないの……?」
「うん、『清純派女子大生 降臨』と『はじけろ! チェーンソーキャノン』で悩んでで……」
「どっちも地獄だから考え直して」
「じゃあ、美紀が考えてよ」
「あなたの5分を奪います」
なんてのはどう?
「まぁまぁかなー」
「人に頼んでおいてその物言いはヒド過ぎない?」
そういいながらも文香の指はキーボードをカタカタと駆け回り、わたしが考えたコピーをそのまま文字に起こすと、流れるようにエンターキーを押した。
「ちょっ!もう少し考えなくていいの!?」
「どーせおもいつかないでしょー?ほどよくでいいの。悪ふざけでエントリーされただけなんだし」
「悪ふざけ?」
「そう、私が知らない間にエントリーされててさ」
「……いや、それはあんたが酔っぱらったテンションで自分をエントリーしたんだよ?」
「…………」
「…………」
「……?」
「『?』じゃない! 巻き込まれたこっちの身にもなってよ」
そう、この遠洞文香という女はかわいい顔をしてエキセントリック言動をまき散らす、幼稚園からの頭痛の種なのだ。それでいて私以外にはさも「常識人でござい」みたいな態度をとるから無駄にファンが多い。このミスコンも、下手に失敗しようものならあの馬鹿どもが暴動を起こすかもしれない。かといって優勝させるのもなぁ……
「とにかく!エントリーしたからにはあんたももう少し考えなさい。」
何はともあれさっきのキャッチコピー2つのようなテンションで臨まれては困ったことになる可能性が高い。最低でも文香本人には積極的…とまではいかなくてもふざけていないように演出しなくては。
「えー」と言いながら、椅子に体を預けだらーんとする文香。他人の目がある時とは雲泥の差のだらしなさに、ため息をつく。
「文香のこと応援してくれてる人もいるんだから。グランプリとれ!とまでは言わないけど、期待には答えなきゃ」
「うー……質問欄はもうちょいちゃんとやるかー……」
常識人を装ってるだけあって、文香も根はまじめだ。人の期待とか、応援とか、そういうものにはちゃんと返そうとしてくれる。
「でもさー。応援してくれてる人ってだれよー?」
「それは…まぁ、同じ学部の人とか……」
「美紀はどうなの?」
ときどき、文香はこうやって私を正面から問いかける時がある。
「はいはい、応援してますよ」
「……」
明らかに不満そうな顔だ。けど、こいつの想い通りの反応を返すのは癪だから、このままにしておく。
部屋に沈黙が流れる…私は文香と過ごすこの時間が好きだ。
沈黙を破ったのは珍しく文香の方だった。
「今日さ、この後焼肉行かない?」
「へ?」いくら何でも唐突過ぎる。
「いや、晩御飯で。だめ?」
「あ…いやとかじゃないけど…バイトの給料日とかでもないのに?」
「いいの!ミスコンの準備手伝ってくれてるし!」
まっとうな答えを返してくる文香にもやもやしたものを感じる。わたしの前で常識的じゃなくてもいいのに……
そのあと、私は実行委員会に呼ばれて文香と別れた。
約束の時間に焼き肉屋に向かう。そこに文香はいない。
暫く探し回っていると、焼き肉屋の駐車場に文香の携帯と靴の片割れが落ちていた
急いで警察に連絡し、知っていることをすべて話した。
足取りは重かったが、何とか家に帰ることができた。
警察から連絡があったのは2時間ほど経った頃であっただろう。
折り返しの電話をくれた警察の人が、重苦しい口を開く。
「…よくあるんですよ。この手の大学のミスコンを狙った事件は」
まちがいなく事件といった。そのことだけで、一気に血の気が引ける。
「ご友人は無事に保護してあります。残念ながら犯人はまだ……申し訳ありません」
申し訳ない?なにが?ふみかはぶじだったんでしょ?ならわたしはかまわない…
「すぐに署まで来ていただけますか?」
言い切るのを待たずに玄関で靴を履く。かかとを踏み潰された靴が、今日はありがたかった。
文香は無事だった。肉体だけは。
きっと余程怖い目にあったんだろう、警察署に着いた時、文香は両膝を抱えて、ずっと黙っているか、赤ちゃんみたいに泣くか、それしかできなくなっていた。
担当した刑事さんを何度問い詰めても「犯人はわからない。知らない方がいい」の一点張り。あきらめて帰ろうと思った時、私の後ろを通った警察官がこんな言葉を漏らした。
「また『カーペット』の仕業ですか。今月で4件目ですよ」
「おいあんた、『カーペット』って何だ!犯人はわからないんじゃなかったのか!」
怒りと勢いに任せてまくし立てる。これはおかしな雰囲気の文香を一人にしてしまった自分への怒りかも知れないが、もう分からない。
「お…落ち着いてください!」警官が大きな声で私を制止しようとする。
「文香をこんなにしたのは、『カーペット』ってやつなんだろ!?なんなんだよ!『カーペット』って!」
「落ち着いてください!きちんと順を追ってお話ししますから!」
そこから、警官の一人がぽつぽつと話し始めた。
「若い女性に聞かせる話ではありませんが…『カーペット』は大学のミスコン出場者を狙った組織の組織名です。ミスコンの出場者を無作為に襲って、彼女たちが来ている衣服を奪うんです。目的は……わかりません。」
「服を奪う…?例えば、いわゆる”そういう行為”をするわけではなく…?」
「そうです。服だけ奪うんです。実際、今回の被害者である遠洞さんも、身体的な被害は受けていないようです。」
「部外者に何喋ってるんだ馬鹿!」
カーペットの事を話してくれた警官は、後ろに居た警部に殴られていた。
私も警察に捕まりそうになったので、一目散に警察署を出る。
走っていくうちに、路地に面したクリーニング屋を横切る。そこに、クリーニング屋の天井まで背がある男がいた。その男は、女性ものの服にその体をうずめていて、そして、舐めていた。文香がつけていたカチューシャを。
体が勝手に動く。こんなに体が軽いのは久しぶりだ。一目散に男めがけ走り抜け、男の顔面目掛けて拳を叩き込む!
思いもよらないこぶしを受けた男が、よろめく。
その長身を地面にたたきつけられ、持っていたカチューシャがカランと地面に投げ出された。
わたしがいつも我慢している行為を、この男はいとも簡単にやってのけている。怒りに身を任せ、落ちたカチューシャを拾い上げると、男に見せつけるように男が舐めていたのと反対側を舐めまわす。
カーペットは激怒した。かの邪知暴虐の女を生かしてはいけぬ。大罪人だと思った。さう思った。そして、カーペットは衣服の山から何かを掴み上げる。……何かのエンジンがいななく
男の手に握られていたのはチェーンソーであった、おまけに銃口のようなものもついている。銃口がこちらを向く。しかし、今の私の敵ではない。
目にも止まらない動きで文香の服を拾い上げ、それに着替える。わたしが脱ぎ捨てた私の服が煙幕となり、男の照準がずれる!
チェーンソーは空を切り、的を失った銃口から放たれた弾は、クリーニング屋のガラス戸を勢いよくぶち破る。
第二射がきた。それも男の反対方向から。急いで振り返るとそこには化け物がいた。チェーンソーに銃口がついているまでは、あの男が持っているものと変わらない。違いがあるとすれば、そのチェーンソーに人間の手足とトンボのような半透明の羽が生えている事。
その虫のような生物が、気づけば100体以上路地を埋め尽くしていた。私は叫ぶ
「文香!力を貸して!」
私は文香になった。真っ先に向かってきたチェーンソーキャノンの腕を掴み投げ飛ばす!体が軽い。
ー文香。文香。文香。-
私はどこまでも強くなれる。あなたと一緒なら。
文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香文香
もはや目の前にいる化け物も文香に見える。私は文香になり文香に囲まれている。文香はなおも私に対して攻撃しているが、もはや文香の愛情表現にしか見えない。気が付けば、文香を投げ飛ばすのをやめ、文香は文香からの愛情を一身に受けていた。