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~野良猫~小太郎日記 第五話 「わすれちゃいけない気持ち」

第五話 「忘れちゃいけない気持ち」


その日は雨が冷たかった。


私はねぐらでじっと雨を眺めていた。


静かな時間がゆっくりと過ぎていった。


夕方になるといつもより早く辺りは暗くなっていた。


ふと誰もいない境内に二つの足音がした。


見ると小さな男の子とその親であろう男性が歩いてきていた。


男の子は泣いていた。


父親は頭を撫でながら何やら語りかけている。


男の子は父親の言葉に無言で頷いている。


男の子は小さな箱を持っていた。


よほど大切な物なのだろう。


両手で包み込むように箱を抱きしめていた。


そして境内の賽銭箱まで来るとお辞儀をし、静かに手を合わせていた。


しばらくすると父親が男の子に声をかけた。


「さ、行こうか?」


「うん・・・」


私は何気に後を付けた。


箱の中身に興味があったのも事実だが、男の悲しそうな表情がそれを上回っていた。


ふたりは私のねぐらからさほど遠くない場所にその居を構えていた。


閑静な住宅街には雨音だけが響いていた。


二人は自宅に戻るとスコップを持ち出し、自宅の庭に穴を掘り始めた。


そこで私はあの箱の中身に見当が付いた。


男の子は泣きながら箱を穴に入れた。


そして両手をあわせ何やら呟いていた。


私は更に近くに寄ってみた。


そこで私は自分の人生(猫だが)で最も大切な言葉を聞く事になる。


「浩二、もういいか?」


じっと箱を見つめる男の子に優しく父親は声をかけた。


「お父さん・・・ちょっと待って。」


男の子は箱をゆっくりと開けた。


中には小さな金魚が二匹、寄り添うように寝かしてあった。


「ミルク、レモン・・・」


二匹の名前なのだろう。


男の子はさも生きているかのように問いかけていた。


「お前達が来てもう1年になるんだよね?」


父親は語りかける息子を泪目で見つめている。


「金魚すくいで取ってきてから毎日一緒だったよね。」


男の子は声をしゃくりながら続けた。


「ごめんね、僕がちゃんと飼育の仕方知らなくって・・・病気に気付いてあげれなくて・・・・」


さすがの私も自分を責める少年に対し熱いものがこみ上げてきた。


「でも・・・でもね、ミルク、レモン・・・・ずっと一緒にいてくれてありがとう。」


父親はその一言を聞くと泪を流した。


「本当に、本当にありがとう!僕、絶対忘れないから!!」


そういうと一際大きな声で泣いた。


そしてゆっくりと蓋を閉じた。


「じゃぁ、埋めるよ?」


泪をぬぐいながら少年は大きく頷いた。


埋葬を終えた父親は息子の肩に手を置きながら優しく呟いた。


「浩二、今の気持ちは絶対忘れちゃいけないよ?」


「忘れたくない・・・・」


「そうだ。どんな小さな生き物でも命は必ずあって、それを失うということはとても悲しいことなんだよ。」


「うん。」


「お父さんもミルクとレモンに感謝しなくちゃな。」


「なんで?」


「浩二にこんなに大切で優しい気持ちを教えてくれたんだから。」


「お父さん、ミルクとレモンは僕のこと嫌いになっちゃうかな?」


父親はそういって俯く息子の頭を優しく撫でながら言った。


「絶対に大丈夫だよ。こんな優しい子を嫌うなんてことはないよ。だから、浩二も絶対今の気持ちは忘れちゃいけないよ?」


「うん!!忘れない。絶対!」


私は始めて聞いた。


こんなに優しく、こんなに大切な「ありがとう」を。


私も忘れない。


だから私は君に送ろう・・・・




「ありがとう」






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