第二話「優しさ」
第2話 「優しさ」
私の住む町には小高い丘に大きな椋の木がある。
その木の周りは公園となっていて皆の憩いの場となっている。
当然、我々猫にとっても安らぐ場所の一つだ。
私はこの公園のベンチで昼寝をすることが大好きだ。
というわけで私は今、その公園にきている。
この公園には一体の銅像が建っている。
かなり古びているが手入れはしっかりとされている。
聞いた話だが、どうもこの椋の木を寄進した人らしい。
この人のおかげでこの場所ができた・・・そういうことなのだろう。
確かに・・・その銅像の表情は優しく穏やかで口元には笑みを浮かべていた。
こんな人間になら飼われてやってもいいかな・・・
・・・
・・・
やっぱり束縛されるのは性に合わんから無しだな。
今日はいい天気だ。
こういう日には決まってあの婆さんが来る。
その婆さんはいつもバケツに雑巾、そして花束をもってくる。
そして黙々と銅像を磨き続けるのだ。
よほどこの銅像に思い入れがあるのだろう。
磨き終えると花束を銅像の足元に飾り、満足そうに帰っていくのだった。
この銅像の手入れが行き届いているのはこの人のおかげだったのだ。
ベンチでうとうとしていると案の定、婆さんがやってきた。
しかし、今日は一人ではなかった。
小さな女の子を連れていた。
「おばあちゃん、これ?」
「そうだよ。きれいきれいにしてあげるんだよ?」
「うん!」
どうやら婆さんの孫らしい。
二人はバケツに水をはり、せっせと磨き始めた。
「ねぇおばあちゃん。この人誰?」
「この人はね、お婆ちゃんが小さい頃にあの大きな木を植えてくださった方だよ。」
婆さんは椋の木を指差しながら答えた。
「この場所があって、みんなが安らげるのもこの人のおかげなんだよ?」
「じゃぁいっぱいありがとうしなきゃいけないね?」
婆さんは孫の頭を撫でながら優しく頷いていた。
成る程・・・人間とは他人がしてくれた好意の行動に対してこのような方法で感謝の気持ちを表現するものなのか。
私には理解し難い感情だったが、一生懸命に銅像を磨く姿を見ていると不思議と心が温かくなった。
小一時間ほどして二人は磨き終えると花を飾りつけて満足そうに帰っていった。
気が付くと陽もかなり低くなってきたので私もねぐらに戻る事にした。
翌朝・・・
天気は快晴。
私はあの場所に足を運んだ。
いつもは静かな公園だが今日は様子が違った。
銅像の周辺に人だかりができていた。
私は木に登り上から覗いてみた。
するとそこには無残にも体中に落書きをされ、一部を破損した銅像があった。
そしてその銅像の足元の花は無残に踏みにじられていた。
泣き崩れていたのはあの婆さんだった。
「どうして・・・どうしてこんなことに・・・」
婆さんの悲痛な問いかけに応えれる者などいなかった。
婆さんは雑巾を絞ると落ちるはずの無い落書きをこすり続けた。
「落ちない・・・落ちない・・・ああ・・・」
みかねた一人の若者が婆さんの肩を抱いた。
「婆さん、警察に通報しよう。婆さんが一生懸命に拭いてくれてたのは知ってるから・・・」
その言葉が老婆の傷ついた心を癒せるはずは無かった。
ただ老婆は黙って頷くととぼとぼと帰っていった。
そして警察が来て現場検証をした。
私はその様子をずっと見ていた。
夕方になり警察が引き上げた。
私は銅像の近くに行ってみた。
夕日を浴びた汚された銅像・・・しかしそれでもその表情は穏やかだった。
夜になり、ねぐらに帰ろうとした時数人の若者が来た。
手にはモップや雑巾、得体の知れない液体を持っていた。
「うわ、こりゃひでぇな・・・」
「酷いことする奴がいるもんだ。」
若者たちは各々に銅像を磨き始めた。
すると今度は夫婦が・・・
カップルが・・・
そう、この場所を愛する人たちが率先して銅像を磨きに来たのだった。
「あの婆さん、こんなに大変な事をいつもやってたんだ・・・」
「婆さん・・・落ち込んでたな。」
「少しでも元気を取り戻してくれればいいんだけど・・・」
皆、思い思いにふき続けていた。
夜が明けるころ・・・
銅像は破損した箇所はそのままだったが落書きはほぼ完全に消えていた。
皆は最後の仕上げにと花を飾った。
そして婆さんがやってきた。
がっくりと肩を落とし寂しさが遠目からも見て取れた。
しかし・・・
「おはよう、婆さん。」
若者の一人が声をかけた。
婆さんはゆっくりと顔を上げた。
そして若者の背に見える銅像を見て一筋の涙を流した。
そこには朝日を浴び、黄金色に輝く彼の人の姿があった。
「お・・・おぉぉ・・・」
言葉にならない声をあげながら、婆さんは銅像の足元にしがみついた。
「よかった・・・よかった・・・」
皆は泣きじゃくる婆さんを暖かく見守っていた。
「婆さん、今までありがとう。」
「私達・・・こんな事態にならないと気づかないなんて。」
そう・・・
皆は気づいていなかったのだ。
たった一人の老婆がこの公園を・・・町の象徴を守っていたことに。
怪我の功名・・・そう呼ぶにはあまりにも幼稚で悲しい出来事だった。
しかし、少なくともここにいる人たちは気づいたはずだ。
誰かのために何かをする気持ちに。
それを人間は「優しさ」と呼ぶのだろう。
私はその日の夕方、銅像の頭に乗ってみた。
なるほど・・・
この銅像が笑っている理由が分かった気がする。
私の眼前には夕日に染まった美しい町が広がっていた。