第一話 「絆」
第一話 「絆」
私はいわゆる「猫」だ。
人間ではない。
私はこの町でずっと独りで生きてきた。
人間に飼われるのはどうも性に合わん。
奴らに飼われればエサの安定供給が受けられるのは魅力だが・・・
しかし、猫たる者、自由気ままに生きてこそ花であろう。
と、いらぬ自己主張はさておき、そんな私にとって、日々のエサの確保は急務なのである。
私はいつも駅前通りにある小さな蕎麦屋でエサを確保している。
ここの店の主人はちょっと変わっている。
我々のような野良猫にエサを与えることを楽しんでいるのだ。
しかも、ご丁寧に名前まで付けている。
まるで我々を飼っているかのような態度である。
まぁ、エサを無償で供給してくれるのであれば、その程度の優越感は与えてやってもよい。
しかし、納得がいかぬ点もある。
名前だ。
「小太郎」
なぜ太郎ではなく「小」をつける必要があったのだろうか?
妙に悲しくなる名前だ。
ま、私自身を否定されている訳ではないのだが・・・
さて、そんなこんなで今日もエサを頂きに来たのだが・・・
おや?
暖簾がでていない。
休みなのか?
私は店の前まで近寄ってみた。
中から声が聞こえてくる。
オヤジはいるらしい。
・・・が、様子が変だ。
普段は温厚なオヤジが声を荒げている。
「いい加減にしろ!!」
机を叩く音がした。
「何度助けてやれば目が覚めるんだ!?」
「悪いとは思ってるけどよ、負けちまったもんは仕方ねぇじゃんか?」
どうも相手は道楽息子らしい。
「大体、ギャンブルで生計が立つなら誰も汗水流して働かねぇんだよ!」
そうだそうだ。
「分かった、分かったって。」
・・・いや、絶対分かってないな。
「ちったぁ、学習しやがれ!」
「本当に分かったよ。だから・・・さ、今日中に支払わなきゃやべぇんだよ。」
「・・・いくら必要なんだ?」
「5万円あれば足りるんだ。」
「・・・ちょっと待ってろ。」
オヤジ、甘いぞ。
しばらくすると、息子が店から出てきた。
オヤジから借りたお金を無造作にポケットに詰め込んでいる。
そして、何事も無かったかのように人ごみに消えていった。
店の扉が少しだけ開いていた。
隙間から中をのぞいてみる。
オヤジはテーブルに肘をついて頭を抱えていた。
さすがに今日はエサにありつくのは無理だろう。
しかし、このまま帰るのも気が引ける。
私はしばらく隙間からオヤジを見つめていた。
「おや、小太郎じゃないか?」
見つかった。
私は小声で返事をした。
「おいで、小太郎。」
行くしかあるまい。
私が近くに寄ると、オヤジは私を抱き上げて膝の上に置いた。
「見られちまったかなぁ?」
はい、ざっくりと。
「俺は駄目な親父だな。」
息子に対する甘さを言っているのだろう。
「死んだ母ちゃんに申し訳ねぇよ・・・」
私には理解できん感情だな。
そもそも、家族という集団意識を持ったことがないのだから・・・
しかし、私の頭を撫でるその手から伝わる様々な感情は理解できた。
もどかしさ・・・
諦め・・・
悔しさ・・・
「俺は間違っているのかねぇ・・・」
私にその答えの正解が導き出せるはずはない。
ただ・・・
息子を更正させたい、助けてやりたい・・・
そういうオヤジの気持ちを息子に伝えてやりたくなった。
翌日・・・
いつものようにエサを頂きにくると、店は閉まっていた。
次の日も、そのまた次の日も・・・
オヤジの店に暖簾がかかることはなかった。
そして二週間ほど経ったある日・・・
私は目を疑うような光景に出会った。
白い割烹着に身を包んだ道楽息子が、店の前で打ち水をしている。
私を見つけた息子が声をかけてきた。
「おや?お前は・・・親父の・・・」
飼い猫ではない!
「オヤジ、猫がきてるぞ!」
ってか、聞け!
「おぉ、小太郎、悪かったなぁ・・・ほっぱらかしちまって。」
店から出てきたオヤジは私を見ると、手荒く歓迎してくれた。
・・・に、しても訳がわからん。
「オヤジ、猫に言っても分かんないって。入院してたなんて・・・」
入院?
話を整理するとこういうことだ。
あの日、私が帰ってからしばらくしてオヤジは倒れたらしい。
外出から帰ってきた息子が病院に運び込んで、その原因が心労と聞かされる。
当然、心労の原因が自分であることを自覚していた息子は改心して、店を継ぐ気になったというのだ。
こてこてのホームドラマである。
ま、何はともあれ・・・だ。
オヤジも息子も楽しそうに仕事をしている。
原因や経過なんてどうでもいい。
その結果がこのように幸せなものであるのなら、それに越したことはない。
私も今の二人を見ていると、妙に幸せな気分になった。
そして、私はひさしぶりにここのエサにありつくことができた。
これも幸せだ。
そして・・・今日も私はこの店に来た。
「おーい、オヤジ!」
息子が呼んでいる。
「何や?今、小太郎にエサやっとるぞ。」
「なぁ、店閉めたらパチンコ行ってもええか?」
この息子はやはりギャンブルはやめれないらしい。
オヤジはため息をついた。
「ええぞ。その代わり・・・」
「何や?」
オヤジは立ち上がって息子の方を向いた。
その顔には笑みがこぼれている。
「俺も連れてってくれや。」
「オヤジ・・・」
「あかんか?」
息子はオヤジの気持ちが分かったのだろう、照れくさそうに背を向けながら言った。
「それじゃ、さっさと仕事片付けようぜ?」
オヤジが出した結論・・・
それは息子の親でもあり、友でもあることだった。
一番身近な人間が、一番大切な「友」になれないはずはない。
オヤジはそう考えたのだろう。
そして息子はそれを受け入れた。
人間とは本当に面白い。
親子でありながら友にもなれる。
これを「絆」と呼ぶのだろう。
決して断ち切ることのできないつながり・・・
私は少し羨ましく思えた。
・・・つづく