第1章 世界がヒロインに厳しくて辛い。
目を覚ますとそこは、自室のベットの上だった。
見慣れた天井が私の視界を占めている。
まさか、天井のしみに安心する日が来ようとは…。
誰かがここまで運んでくれたらしい。
まぁ、誰かと言っても、家には使用人などはいないのでお父様か、お母様だろうが…。
ぼぅっとした頭でそんなことを考えて、自分が倒れた理由を思い出し、ハッとする。
そうだ、私、前世の記憶を思い出したんだ。
前世の私は至って普通のOLだった。
中学生の時に友達の影響でアニメやゲームが大好きなオタクの道を歩み始め、社会人になっても、毎日帰宅後ゲーム三昧。趣味に時間もお金も全振りした人生だった。
ある日、私はいつものように仕事から帰宅すると友達から勧められたゲームを始めた。それが、今いるこの世界でもある「重い愛で愛してあげる」だ。
その後、プレイ中に寝落ち、地震が起きてアニメやゲームのグッズがぎっしり詰まった棚が倒れてきて圧死という最期を迎えた。
「重い愛で愛してあげる」のヒロインの名前は、 リリアーナ・ロロン・ブランジェッタ。愛称リリア。ブランジェッタ男爵家の一人娘である。
つまり、私は残念なことにこのゲームのヒロインに転生してしまった訳である。
そう、このゲームの中では、ヒロインの命はとても儚い。攻略対象全員がヤンデレなものだから、バッドエンドは確定死。そして、トゥルーエンド、ハッピーエンドさえもルートによっては殆どメリーバッドエンド的なものを迎える。このゲームにおいては、ヒロインより悪役令嬢のほうが生存率が高いくらいである。
界隈でも有名な鬼畜ゲーで、私も全然クリアに至ってない状態で死んでしまったので、情報は、友達の軽いネタバレに頼るしかない。
ーーー前世は短い人生だったので、今世では膝に猫を乗せながら安楽椅子に揺られるような、穏やかな余生を過ごしたい!
そう、決意してはみたけれど…さて、どうしようか。
まず手始めに、このゲームのストーリーをざっくりと整理してみよう。
聖女と判明したヒロインは、ハーメルン家の養子になって、魔法学院に入学し、そこで攻略対象達と出会い様々なイベントを経て絆を深め卒業式で何らかのエンドを迎える。
魔法学院に行かなければ、攻略対象とも出会わず、イベントも起きいので、ここは是非、1番に回避したいフラグだったのだが、実はリリアさんもう既にそのフラグを回収しちゃってるんですよね…。
それは、私が齢5歳の時、お菓子に連られ、両親に神殿へ魔力検査に連れていかれたのだが、神官が私の額に手をかざすと、それまで緑色だった目が金色に変わったのだ。その珍しい金色の目が聖女の証なのだという。
魔法学院の入学を断れたら良いのだけれど、魔法学院への入学は、とても名誉なこととされるわけで…私の家は貴族の中でも下級も下級の辺境男爵家。拒否権など皆無に等しい。
…魔法学院の入学はもう仕方ない。これからの対策を考えるか。
攻略対象は、5人。王子と義兄と従者に護衛騎士。それにプラスで隠しキャラがいるのだが…。王子はまだしも、義兄、従者、護衛騎士との接触は避けられない。
いつ、どのルートに入るのかも分からない。バッドエンドにしろ何にしろそれに対応できた方が良いだろう。
都合のいいことに私は聖女なので癒しの魔法が使える。どんな修羅場になったって自分で、自分を回復出来るということは、非常に便利である。
そういう時に備えて無難に魔法が使えるといい。
そして、私は魔法の詠唱なんて全く知らないので、魔法を使えない。
魔法を覚えるのには一般的に詠唱などが書いてある魔導書を使うが、魔導書はとても高価なので、子供に買える代物じゃない。
家の高価な貴重品は、大体がお父様の部屋にしまってある。
…よし、こっそりとってこよう!
まぁ、魔導書は、私がこれから生きるために必要不可欠だし、私は今、見た目8歳なので子供のイタズラで済むだろうし…。
理由と年齢を盾にして勇ましくお父様の部屋に向かって廊下を闊歩する。
使用人が一人もいないので誰にも見つかることなく楽々お父様の部屋に到達できた。
あとは、本棚から1、2冊くすねるだけ…
「あら?リリア、部屋で寝てたんじゃなかったの?」
お母様の声が背中から聞こえて
私は咄嗟に体の陰に魔導書を匿う。
「お、お母様。少し体調がマシになったので散歩をして、おりまして…。」
「嘘おっしゃい。後ろ。殆ど見えてるわよ?」
その指摘に、えっ?!っと反射で後ろを振り向いたが魔導書は大人しく私の陰に入っていた。
ちゃんと隠れているじゃないか、と抗議の視線をお母様に向けると、いつの間にか私を上から見下ろしていたお母様に額へデコピンを食らわせられた。
「うぐっ…!」
「ほら、見えてる」
そんなふうにいたずらっぽく笑う顔は、リリアそっくりで可愛らしいのだが、食えないところのある人だ。
全てを見透かしたような、翡翠色の目に観念して渋々ながらに口を割る。
「魔法を使うために、魔導書が欲しかったんです…」
その言葉を聞くと、お母様はおもむろに本棚から、1冊の魔導書を取り出して私に手渡した。
「んー…これなら、いいわよ」
突然降って湧いたラッキーに小躍りしたくなる気持ちを抑え、代わりに今、お母様から受け取った魔導書を力いっぱい抱きしめる。
「ありがとう!」
お母様、マジで女神!!
これで、魔法の練習ができる!と思って外に駆け出そうとすると、お母様に優しく肩を叩かれ、魔導書のお礼という名目でいつもよりも2割増でお手伝いを頼まれた。
それらが全て終わった頃にはもうすっかり日はくれていて、魔法の練習ができる時間ではなかった。
他にすることもないのでベットの上でまどろみながら、対策の続きを考えることにした。
…というか、攻略対象達が、ヤンデレ化するのを防ぐ方法は無いのか。
キャラ達がヤンデレ化する主な原因は幼少期の出来事や、ヒロインとのイベントきっかけである。後者は多分、ある程度好感度が上がった状態で、他の男とイチャイチャしているのを見せつけられて嫉妬に狂うパターンが多いと思うので、私はどのキャラともルートに入らないように適度に好感度を下げなくてはいけない。
でも、下げすぎてもバッドエンド、上げてもトゥルーエンドからの破滅。
…いっそ、ポカやって国外追放や、身分剥奪されたほうが、生き残れるんじゃ…?
最悪、そうやって国外に逃げよう。
私の最終的な目標としては、命が脅かされることなく天寿を全う出来たらな…と。
あれ?目標が悪役令嬢ポジションな気がするなぁ?気のせいかな??
ヒロインって大体なんにも考えていなくても事がポンポン進んでハッピーエンドみたいな、人生イージーモードとか、そんなのじゃなかったっけ?(※偏見)
僅かに引っかかったが、今日は色々あって疲れたのか、あれこれ文句を言う前に眠ってしまった。
次の日、お母様の焦った声で起こされた。
寝ぼけ眼で洋室に入ると、お母様の小言と共に早着替えが始まった。
「もう、あの人ったらこんな大事な事をなんで今になって言うのかしら!!」
どうやらお父様が何かやらかしたらしい。
ぶつぶつ文句を言いながらも、私を着替えさせるお母様の手つきは鮮やかだ。
さすが元メイド長。
お母様は、何でも1人で10人分は仕事をこなせるスーパーメイドだったようで、結婚して仕事を辞める時は、部下は勿論主人にも泣きつかれたらしい。
そんなお母様の手にかかれば鏡の中の私も数倍は垢抜けて見えた。というか、もうほぼ別人だ。
「そういえば、お母様がそんなに焦るなんて、大事なことって何があるんですか?」
せかせかと廊下を早足で歩くお母様の背に尋ねる。
「もうすぐハーメルン家の公爵様と、そのご子息が、その…急に視察に来られるという連絡があったの。」
ハーメルン公爵家といえば、将来私が養子に行くところか。
お母様が答えにくそうなところを見ると、大方領地の視察などではなく、将来自分の義娘、義妹となる私の視察、というところだろう。
…っていうか、ハーメルン家のご子息?!
つまり、私の未来の義兄になる攻略対象?!
ショックで思わず足が止まった。
私もこんなに呑気にはしていられない。身体中に緊張が走った。
だってこんなにフラグは着実に私に迫ってきている。
記憶が戻ってからの最初のイベント。
こんな序盤から破滅する訳にはいかない。
このフラグ絶対折れますように!!
そう心の底から願いながら、さっさと先に玄関へ向かっていったお母様の背中を、小走りで追いかけた。