無口な少女と大食い番長
僕は明人、地元から少し離れた高校に今年入学した1年生だ。
この学校の学食のメニューはとても種類が多く、リーズナブルであるため、学食を目当てに入学してくる生徒も少なくないらしい。
僕もその一人だ。
4限目の授業を終え、お昼の時間となり、さっそうと立ち上がると後ろから声がした。
「アキト!今日も学食行くのかー?」
「いくよー」
「飲み物買ってきてもらってもいい?」
「ああ、いいよ。いつものね。」
「おう!サンキュー!」
今日は何を食べようか考えながら、わくわくした気持ちで学食へ向かう。
学食には、パンコーナー、定食コーナー、おやつコーナー、3種類のコーナーがある。
入学当初はおやつコーナーがあることを不思議に思って調べてみたら、なんと理事長の趣味というか独断らしい。
しかし、これが結構好評のようで、お昼は教室でお弁当を食し終えてから、食堂へ来る女子も多い。
本当に、食い意地が立派な方々が多い。僕もだが。
そうこう考えているうちに、定食コーナーについたので、ユーリンチー定食注文した。
いつも座っている席に向かおうと視線を動かすと、その席には見覚えのある女子がいた。
彼女の名前は、神楽耶。
絹糸のように艶のある黒髪で、とても目を引く。
しかし、長い前髪で目を隠して、猫背気味のため、少し暗い印象がある。
いつも一人でいるようだし、僕自身もかかわりがない。
別の席を探さないと思っていると、ガラの悪そうな生徒が二人、彼女の隣の席に座ったのが見えた。
『彼女は不良とかかわりがあるのか?』と驚きながら近づいてみると、彼女の隣に座った生徒たちの会話が聞こえてきた。
「君、前髪長いねー!顔隠してる感じ?でも俺にはわかっちゃうんだなぁ~。君相当美人でしょ!」
そういいながら、彼女の肩に触れた。
触れられた彼女は肩をすくめ、震えていた。
「よかったら俺たちと…」
ドンっ!!
僕は、彼女の目の前の席に立ち、勢いよくトレイを置いて低めの声で一言。
「あなた方、僕の連れに何か御用ですか?」
そういうと彼らはそそくさと逃げて行った。
本来なら、声をかけたぐらいで不良が逃げ出すことはないと思うのだが、僕の伸長は180センチあり、よく食べることも相まって威圧的な体躯に見える。
中学時代はこの体格で大変な目にもあったけれど、こういう場面で役立つこともあるし、悪くはないと思っている。
そのまま、彼女の目の前の席に座った。しかし、彼女は驚いた表情のままこちらを見続けていた。
『彼女からしたら、今の僕の姿も不良たちと何ら変わらないように見えてるかもしれない』そう思った僕は彼女に話しかけた。
「絡まれてたようだけど、大丈夫?」
「え、あ、はい!」
「ならよかった。」
普段から女子と話すことがない僕は、これ以上の気の利いた言葉が思いつかず、定食を逃げるように食し始めた。
しかし、彼女はそれでもずっとこちらを見続けていた。
ばつが悪く感じた僕は彼女に話しかけた。
「食べないの?」
「え、あ、食べます!」
先ほども言ったが、僕の体躯は客観的に見ても威圧的で、よく人を怖がらせてしまう。
彼女も怖がっていないか確認をするために、食事をしながら彼女の様子を見ていると、また彼女の手が止まった。
「あの…見られているのが恥ずかしいのですが…」
「あ、ごめん!」
一瞬だけ見えた彼女の顔に、ドキドキした僕は急いで視線を外し、言葉をつなげる。
「学食には普段来ないよね?弁当でも忘れたの?」
「う、うん。」
「・・・」
会話が続かない。
「今君が座っている席、僕がいつも座っている席なんだ。」
「わ、私知らなくて…」
「学食の席は誰のものでもないさ。もし、またあいつらに絡まれたら、ここにおいでよ。追い払うことぐらいはできるからさ。」
「あ、ありがとう」
そして、また会話が途切れてしまった。彼女が食べ終わるのを待ち、一緒に席を立った。
その後、彼女は教室に、僕は自販機に向かった。
翌日また彼女は食堂にいた。
昨日僕が座っていた席に座っていた。
なので、僕はいつもの席に座り食事をした。
一緒に食事をするからと言って、何か言葉をかけることもなく、ただ黙々と食事を続けるだけだった。
そしてまた次の日も彼女はいた。
さすがに、三日連続で一緒に食事をしているのに、
何も会話しないのは、気まずかったため幻のパンの話をすることにした。
「この学校の幻のパンの話は知ってる?」
「幻のパン?? 知らないです。」
「和洋中様々な食材を詰め込んだパンが不定期で販売されるらしいんだ。これを食すことができれば、どんな願いも叶う。そんな噂があるんだ。
僕も学食に毎日通っているんだけど、見たことないんだよね。そこまでの限定物なら、叶えたい願いがなくても、食べてみたい。そう思わない?」
「そうですね。」
「日本人は本当に限定物に弱いよね。」
「はい。」
「…」
彼女は僕の話を聞き終わると、食事に戻り、
会話が続くことはなかった。
『つまらない話だったかな?…これじゃあ明日からは食堂に来ることもないかな』と思った。
しかし、次の日も、そのまた次の日も彼女は食堂にいた。しかも弁当持参で。
相変わらず無言の時間も多く、会話らしい会話はできていないのだが、少しずつその時間が心地よく感じている自分がいることに気づいた。
そんな生活が二週間ほど続いたある日の帰宅途中、他校の不良たちに絡まれているクラスメイトの女子がいた。
「ねえ、いいじゃん、一緒にカラオケ行こうよー。俺結構歌うまいんだぜ。一緒にデュエットしようよ。」
「そうそう、ジュンちゃんはうまいんだぜー。感動して惚れちゃうかもよー」
『神楽耶もそうだが、うちのクラスの女子、不良たちにずいぶん人気だな…』
そんなことを思いながら、助けに行こうと思っていると、ひとりの女子生徒が不良たちに近づいていくのが見えた。
「や、やめてください。そ、その子嫌がっています。」
現れたのは神楽耶だった。
思わず僕は路地裏に隠れてしまった。
神楽耶はスカートを両手でつかみながら、不良たちに立ち向かっていた。
「俺たちは今、彼女をデートに誘っているところなんだよ。あんたは邪魔だから帰んな」
「そうそう、彼女もまんざらではない顔しているでしょ?ツンデレなんだよツンデレ」
「お前みたいな陰キャブスお呼びじゃないんだよ!とっとと失せろ!」
不良たちは神楽耶をまくしたててくるが、神楽耶はそれ以上言葉を発さず、ただじっと不良たちを見据えていた。
すると不良たちの一人が突然
「おいおい、なんとかいえや!このブス!」
と怒鳴り声をあげ、腕を振り上げた。
その瞬間、僕は神楽耶の前に立ちふさがり、不良の腕を止めた。
「あんたら、そんなに喧嘩相手が欲しいなら、俺が相手になってやるよ」
「てめぇ、何者だ?俺を誰だと思っていやがる!?」
「神楽耶、ちょっと下がっててくれるかな?」
「!? は、はい!」
「無視すんな!ゴラァ!」
殴りかかってくる不良たちの攻撃を捌きつつ、時には力を利用して、転ばせた。
「はぁはぁ、くそっ、俺たちの攻撃を捌ききるなんて…いや、絶対認めない…!」
そう言った不良が拳を上げた状態で突進してくる。
一度いなそうと考えたが、後ろに神楽耶がいたため、真正面から攻撃を受けた。
ドンっ!
思いっきり拳が当たる。
「どうだ! いいの食らっただろ!」
そういいながら、僕の顔を見る不良の顔が、一瞬で曇る。
「お、お前、西中の…なんでこんなところに…」
「あ、お前東中のやつか。前にもこうやって殴りかかってきたことがあったな。あれだけボロボロになったっていうのに、懲りてないのか。」
「あ、いや、その…」
「そこまで怖気るなよ。でもな、次はねえぞ。」
「は、はい。」
ゆっくりと不良たちは去っていった。
「だ、大丈夫ですか…?」
彼女の言葉にはっとする
「あ、すまん!怖い思いをさせたな…」
「だ、大丈夫です。け、喧嘩強いんですね…」
「あー、俺ってこんな体格だし、目つきもいいほうじゃないだろ?だから中学時代はよく不良に絡まれてたんだ。それを毎回追い払ってたから、喧嘩に慣れているだけだよ。地元じゃ、絡んでくるやつも多いから、地元から離れた高校に入学したんだ。」
「そ、そうだったんだですね・・・」
また、会話が途切れた。
「あー、その、なんだ。怖い思いさせて悪かったな。今日は家まで送ってやる」
彼女は返事をせず、ただこくっと頷いた。
出過ぎたことしたかと思いつつ彼女を家まで送った。
その時の彼女は顔を伏せていたが、夕日の光に照らされて少し赤みを帯びているように感じた。
その日の夜、彼女には怖い思いをさせてしまったことを思い出し、明日からは食事を共にできないのではないかとそういう不安を感じていた。
そして翌日、食堂に行くとか彼女はいつもの席に座っていた。
サバの味噌煮定食を頼み、彼女の前に座り一言。
「今日はいると思わなかった。」
「な、なんで?」
「昨日は怖い思いをさせちまったしな」
「そんなことない。…明人君は私を助けてくれただけ…」
「そ、それにとてもか、かっこよかった…。」
彼女の頬が赤く染まると同時に、僕も顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そか」
「う、うん」
こうして今日もいつもと同じように沈黙の時間が続く。
お互いに下を向いて食事に向かう。
いつもと少し違だけ違うのは、緊張で食事の味が全くしなかったことだ。