Order1,"ヒスタ"と『女王』について
貴方は自身のテーブルの前にいると、猫のマグカップを持ったニャーさんが貴方と反対の場所へと移動してきた。
「さぁ、一杯目は私から突き出し代わりに主人公のヒスタちゃんと『女王』について話そうか。先に此方《茶番》に来たのならせめてChapter,1だけは読んでくるといい。私はその方を勧めるね。少し待つから、貴方の好きなようにするといい。もし既に読んでいるのなら軽く時間を飛ばしてくれ」
マグカップに入った珈琲を飲み干したニャーさんは、貴方へ空中に浮く半透明の資料を手渡してきた。それはまるで近未来の会社のプレゼンのよう。
「先ずは彼女らの舞台《本文》へと至るまでの道筋を示そう」
「彼女の辿った道筋はおおよそこの通りになる。舞台に至るまでの事件は今回は省略させてもらうが、乞うご期待…といったところだ。さて、彼女の事は彼女に語らせるとしよう。何せ此処は舞台ではない店内だ。少しくらい番狂わせを起こしても良いだろう」
色々面倒になったニャーさんはマグカップを適当に消失させて、貴方へある人物の姿に変えた上で近寄った。
「んんーっ……再現とはいえ初めまして、でいいでしょうか」
その人物とは一房に纏められた昏き蒼髪、同じく昏く蒼いが確かに人の灯火の宿った瞳、『女王』と瓜二つの美貌を可憐へと入れ替える程の人情宿るあどけない笑みを浮かべる小柄な女性。特に意味もなく服装はミニスカウェイトレスだ。
「わたしの名前はヒスタ。ヒスタ・プロセラムと死後に呼称された、『プロセラム王国初代女王』にして『平和の体現者』…の再現。勿論わたしは故人ですし、わたしは本物ではありません。『女王』に僅かに残っていたわたしの残滓から抽出されただけの被り物です…なーんて、堅苦しい理屈は捨て置いて、わたしの話をしましょうか」
彼女は貴方の前にある資料へ指を伸ばし、貴方へと解説と補足を語りだした。
「わたしは、あの世界(Steastといいます)にて戦乱の世の中に生まれました。あんの忌々しい帝国が、軍需産業と称して大量生産した魔導兵器によって人の価値が大暴落。どこも彼処も戦争略奪虐殺強盗etc…力無き者は容易く踏み潰されて糧とされる正に最悪の時代。確か……そう、大戦争時代と後世では名付けられましたっけ。何分舞台より先の時代はわたしにもよくわかってないけど、とにかくみっともない世の中には違いなかった。わたしの両親も隠れていたわたしの目の前で殺され、あまりのわたしの無力さが悔しくて悲しくて、このような悲劇を引き起こしてのうのうと贅沢をしている帝国が赦せなくて。私の欄のこの五つ目に書いてある『フラッグオブピース』という組織を結成しました。よく言えば平和を齎す為、悪く言えばわたしの復讐や鬱憤晴らしの為に作った組織だったのですが、わたしと同じような人達は沢山いて。賛同し立ち上がって共に戦ってくれる人々も増えてきて。挙句帝国の隣の温和派だった国王は跡取りは信用ならないとわたしに半ば強引に国を押し付けてきた。…結果だけを見ればあの国渡しは助かったのだけど、当時は困惑しかなかった……」
やはりどこか空虚で、人の箍が外れたかのような口調で話す彼女は確かに、『女王』の原型と言われても違和感はないだろう。元々全てを奪われた手合いにして栄世を築いた人物。上に立つ人物が、異常でないはずがない。
「結果、わたし達の事を舐め腐っていた帝国軍はヒットアンドアウェイのゲリラ戦法で総崩れ。技術も奪い更に戦力を増強していった。ただ、勝つ為とはいえアイツらと同じ力を使う必要があったのは腸が煮えくり返るような思いだった。技術と理論だけは本当に有用で、わたしも『女王』を作る時大いに活用したけれど、それでもあの事だけは幾度想起したって自己嫌悪…って、ここは関係ない。話を戻して、私は帝国を王を暗殺する形で殺害した。魔導工学に一番精通していて魔導具を一番使えるのはわたしだったから、みんなには陽動に徹してもらってサクッと、ね。手順はただ首を撥ねただけなのに、何かわたしの中に渦巻いていた感情がやっと収まった気がした。まぁ、ここもどうでもいいよね。跡継ぎもろとも鏖殺して、次は国を治めなきゃいけなくなった。だから、帝国は完全に滅ぼしてわたしの国、『プロセラム王国』を建てた。みんな、わたしが王になるべきだって言ってくれたけど、その頃にはもう、わたしは無茶をし過ぎた。なにせ、私の身体が崩れ始める音が聴こえたから。内政と指示に徹して、『女王』の完成を急ごうとした。だけど、だけど、あんの馬鹿帝国の残党と感化された阿呆共々一斉蜂起して全面戦争を起こしてきてそれどころじゃなくなって。叩き潰したけどかなりの時間が経過しちゃった。ようやく、本当に平穏が訪れたと感慨に耽りたかった。耽りたかったけど、わたしは死ぬ前に『女王』を作らなければならなかった。交渉は程々に、とりあえずムチとアメで恭順しておけば少し甘い汁を啜れるくらいに約束を取り付け、部下の成長の為といいつつ仕事を押し付けて開発に専念する日々の中、ようやく『女王』の素体が完成した」
淡々と、着実に、力強く正しい歴史を辿る。
「ただ、ここで文字通り致命的な問題が一つ。『女王』計画の8項目にある通り、わたしと同じ様に動く人形を作るのなら、"わたし"を材料にしなきゃいけなくなった。わたしの知性、才能、持てる全てを注ぎ込んで初めて新たなイノチは生まれるのだと自覚した。だから素体ができてからも暫くはいつでも最終工程の実行ができるようにしておきながら職務に専念していた。身体はまだ元気だったとはいえ無理はせず、ね。あちこちに技術団を派遣して、生活水準を高め、作物などの生産量を増やして、経済を成長させる為に紙幣を発行して、頑張ってたんだけど……この、わたしの十項目。致死率がとても高い伝染病…『魔速病』が流行。できるだけ感染しない様に努めたけど…まぁ、感染しちゃった。人が持つ魔力が異様に暴走して、生命力まで使い果たしちゃうの。熱っぽくなったらもう、当時の医療じゃ助かる術はなかった。だからわたしは最終工程……『わたしの知性と才能を転写し人生を追体験させる』を開始。結果は概ね成功、だけど誤算だったのは…予め術式に組み込んでいた命令通りにしか『女王』が動いてくれなかったこと。『プロセラム王国を存続させる事』、『世界に平和を齎し文明を発展させる事』、『新たな知識を貪欲に得て能力を磨く事』、『貴女はわたしの代わりとなる事』以上四項目に沿うことには柔軟に従ってくれたけど、少しでも離れるとダメだった。『女王』は頑張ってくれたけど、あの人の息子がやらかして入れ替わりがバレて棄てられて、付け加えるとコレのせいで『女王』が弄られて王国は無くなって、時代は全て過去の遺物に成り果てて。結局わたしが必死に今を生きていた意味なんだったのかなーって、故人の"わたし"は思う」
物憂げな言葉とは裏腹に、表情は変わらない。言外に『故人は故人で、"わたし"の事じゃない』と述べているかのよう。
「……でも一つだけ良かったって、言えることはある。幕引きの後数十、いや数百年…ううん、幾千幾万年も後、『女王』…いや、"ヒスタ・プロセラム"に家族と呼べる存在ができる。植え付けられた人格じゃない、彼女が自分で芽生えさせた『好き』だという感情。"わたし"と胸を張って誇れる人格。臆病だけど大胆で、恋は奥手なのに愛に貪欲。ヒトにしてはチグハグだけど、彼女は間違いなくヒトとしてわたしから生まれた新たな生命を育んでくれるって信じてる……うん、今できるわたしの話はこれくらいかな。長い間聞いてくれてありがとう。また呼んでねー」
ヒスタは黒い影に身を溶かし、影はニャーさんの身体へと再構成。だがニャーさんは頭をポリポリと掻く仕草をしながら貴方へ語りかけた。
「あー…これからも、このようにとても長い会話が貴方へ向けて大量に送られることがあるでしょう。裏側をキャラクターに話させる都合上、こうなってしまう。様子が変わるときや、特別な感情が篭った言葉は貴方に居る私が分割してくれるだろうからある程度の目安にして欲しい。それでは、私は次の珈琲を淹れてこよう……覚えているとは思うが、そこの第一話分の感想ページから私に宛てて御注文を届けてくれば私が話そう。希望があるならできる限り呼び出しはするがね」
ニャーさんは厨房へ引っ込み、貴方は再び待機させられたのであった。