ヒミツの短冊
「いっしょにさがしてあげる!」
元気にそう宣言した彼女は何だかお姉ちゃんみたいで。
「あ、ありがと」
友達のいなかった私は何て言ったらいいかわからなくて、消えそうな声でそう言った。
彼女は私の手を引いて、私がなくした猫のストラップを探し始める。
揺れる髪の毛を目で追っていたら、ランドセルの名札が見えた。
彼女の名前は――。
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「ことしも七夕終わりますな~」
病院のベッドに横になりながら暮れていく空を見上げて言った。
私の名前は白鳥やよい。
17歳の高校2年生。
「終わるな~」
そう気だるく返す彼女は黒沢瑞希。
同じく高校2年生。
女子高生ともなれば彼氏と七夕デートとか割とみんなやってるわけで・・・
私だってわりかしイケてる方だし?この間もクラスの男子に告白されたばっかだし?
あ、そういえばちゃんと返事をシテナカッタ・・・。
瑞希だって顔は可愛い。ちょっとチビで胸と愛想がないくらい。あとチビ。
そんな我々華の女子高生2人が一緒に七夕を過ごすのは何も初めてじゃない。
「ことしは短冊に何て書いたか教えてよー」
「や」
照れるといつもの倍増しで不愛想になる瑞希がおかしくて、ついからかいたくなる。
「やよいお姉ちゃんに教えてみ?」
頭をぐりぐりとなで回す。
「誰がお姉ちゃんだ」
いてっ。叩くな手を。叩くな。
「そういうやよいは何て書いたんだよ」
「玉の輿」
「今年もか」
「乗る」
「乗れるか」
「乗ってみせる」
こんなやり取りを随分前からやってる気がする。
初めて一緒に過ごした七夕はもう何年前のことだったろうか。
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あの時も病院に来ていた私は退屈になって院内をあちこち歩き回っていた。
3階の病室から1階まで降りたところで中庭に七夕飾りがあるのを見つけたのだった。
何か書いていこうかなと中庭に足を踏み入れるとそこにいたのは猫。
のような女の子だった。
日射しを浴びて伸びをしたかと思うと、気だるげな顔で振り向いた彼女は私と目が合うと回れ右。七夕飾りの向こうへと姿を消してしまったのだ。
逃げられ、俄然追いかけたくなった私はダッシュ。病院だけど中庭だからダッシュ。
かけっこ一等賞の私はついに猫少女を追い詰めた。
「な、なに?」
何とも言えない表情で聞いてきた彼女に私は
「ゼエ…ハア…あs…ハァ……」
完全に息が切れていた。
「……」
完全に怯えている彼女。
「――ハァ…ふぅ…。――あそぼっ!」
息を整え元気に言う私。
「……」
完全に怯えている彼女。
そんな私たちの出会いを瑞希は覚えていないだろうけど。
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話を聞くと瑞希は同じ小学校に通っていた。クラスも違うのでお互い知らなかったみたい。
そういえばあの日も二人で短冊書いたっけ。私は何て書いたっけな。玉の輿かな。
それからはクラスが一緒になることが多くて、七夕の日はいつも瑞希が一緒だった。
お祭りに行ったり、短冊書いたり、腐れ縁ってのはこの事だ。
中学に上がると私はバスケ部に入ってみたけど、瑞希は帰宅部で人見知りは直らず。
私もそのうち続けられなくなっちゃって帰宅部の仲間入り。結局放課後はダラダラ過ごしてた気がする。
瑞希は私と違って勉強ができたから、さすがに高校はバラバラかなって思ってた。
しかし本番に弱い瑞希さん。滑り止めの我が校に一緒に入ることになりましたとさ。
「をい」
不意にほっぺたをつままれた。
「??」
目で問うと
「いや、ボーっとしてっから。私もう帰るぞ~」
そう言って鞄を背負いなおす瑞希。
病室にはもう日が射さない。
「いや~。二人の歴史に思いをハセてたの」
ベッドの脇の小さな七夕飾りを手で弄びながら答えた。
「……ふ~ん」
意味あり気ですね瑞希さん。
「ねえ結局短冊に何て書いたんさ?」
「言わない」
「今から『瑞希の短冊の内容が知りたい』って短冊に書くし!」
「ややこしい…」
私が膨れっ面を作っていると観念したように溜息をつき、
「来年の七夕も、一緒に過ごせますように…って」
小声で可愛いことをおっしゃる。
「なんでなんで?」
少し赤らんでしまった頬を隠すように早口で詰め寄った。
「だって、来年の七夕は、一緒に過ごせるか、わからないから…」
ぼそぼそ言う瑞希がおかしくて。
だけど何だか愛おしくなって笑顔でこう言ってやった。
「私の入院ただの盲腸だけどねー」
「……知ってるっての」
瑞希は呆れた顔で言うと次は学校でな、と付け加えて猫のように踵を返した。
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「しらとりやよい」
初対面だった私を迷わず助けてくれた彼女。
そんな私たちの出会いをやよいは覚えていないだろうけど。
クラスの男子がやよいに告白したらしい。
やよいはあれでモテるからなあ。ちょっとバカで胸がないけど。あとバカ。
「来年の七夕、どうなるかな…」
鞄から取り出した猫のストラップにもう一度願いを込めた。
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「ごめんなさい、わたし、好きな人、いるから、っと」
保留にしてしまった返事を打ちながら心は違うことを考えてしまっていた。
「そっか。瑞希もか…」
送信を確認するとスマホを放り出し、鞄から細長い一枚の紙を取り出す。
その紙には毎年と同じくこう書いてある。
「来年の七夕も一緒に過ごせますように」