淡い、淡い。甘ったるい。
チカチカと光るチューナーのメーターを見ながら、か細く鳴る弦に耳をすませていた。それで何気なく考えた。この弦のか細い音のように、ぽそぽそと囁くのが常な喉の弱いうちのボーカルのことを。抜けるように肌が白く、小動物に似た愛らしさを持つ彼女のことを。
昨日の寒空の下だった。
練習前外で待ち合わせたついで、音源と譜面の入った袋をボーカルである小夜ちゃんから受け取った時だ。指が、多分触れたのだろう。気づかないくらい些細な接触だったが、途端彼女は「冷たいねぇ」と心配そうに目を丸くしてみせた。そのまま両手のひらを差し出して、こちらの手をそっちに伸ばすように示した後「私、手だけはあったかいの」と笑っていた。
同性の間ではなんてことない触れ合いだけど、気恥ずかしさから手を差し出すことに対して気持ちがつかえた。けど、仕方なく促されるままに手を出したのだった。
小夜ちゃんのことを考え出すと、もやもやさせられる。今日だって気がつけば、あの小さくて白い手の柔さと温さを思い起こして何度でも余韻に浸ってしまうし、いい加減自分が嫌になっていた。
なんというか角砂糖が口の中で溶け出して、ざらついた強い甘さが胸の辺りに広がっていくような感覚になる。それはつまりの所、彼女のことを意識し始めているであろう自分が、不愉快であるということだ……。
——小夜ちゃんは、ズルいな。
頭が騒ついている。
可愛らしい人だからこそ、特別に意識してしまわないよう私は気を逸らしていたというのに。
向こうは遠慮なしに滑り込んできた。
あの時手を温めたのはただの親切心だろうけど、私の意識を揺らすくらい生々しく伝わってきた感触だった。
あちらに特別な意識はもちろんないにしろやっぱり、ズルく感じる。
可愛いというのは、それだけである意味、罪だ。
そもそも、小夜ちゃんには彼氏が既に居るのだし、別に私は小夜ちゃんと付き合いたい訳でも、彼氏との仲を邪魔したい訳では決してないけれど。
というか私こそすでに既婚者であって、こんな感情なんか直ぐさま掃いて捨ててやりたいくらいくらいで。なのに胸にもやもや膨れだす違和感に、悩まされていた。
どの弦もチューニングが済んだので、ピックを振り下ろし弦を一撫でする。粒の揃った音が心地よく響く。
さて練習曲でもやろうと、昨日もやった曲のイントロを始めると二人で入ったスタジオ練のことが浮かんだ。私の手元を必死に目で追って、歌をギターの音色に乗せて揺れる小夜ちゃんの姿を思い返す。
薄い色の唇が、動いていた。思考が飛んで、その唇を少し尖らせて鏡に向かって化粧する彼女を……ふいに想像している。
結局どこまでも付いて回る、淡い記憶と沸いて出た想像に振り回されながらも、私は目を細めていた。