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第6条「花屋の花はそこそこ高い」

「ど、どうぞ……」


自分より遥かに歳下であろう少女の前に遠慮がちにお茶を置く。

少女はぬいぐるみを抱えて俯いたままで、俺に何の反応も示そうとしない。

現在、俺は会社の応接室で、ヤ〇ザじみた謎のオッサン――柴崎から預けられた娘と二人きりである。

先程まで居た神はというと、


「それじゃ、あとは若いふたりで、ネッ?」


と言い放って何処かへと立ち去って行った。

どうでもいいが何故お見合いの立会人の様な小芝居をする必要があったのだろう。

多分必要ない。

ひとまず、場の沈黙をなんとかするために、俺は少女に何気ない質問をした。


「あー、キミ、なんて言うんだ?名前」


すると、少女はなおも俯いたまま、か細い声で俺の質問に答えた。


「シヤ……金井(かねい) シヤ」


「金井、シヤ……ちゃんか。俺は竹人。よろしくな」


俺は、少女の名乗りに違和感を覚えて思わず一瞬言葉に詰まったが、なんとか言葉を続けた。

確か、この少女の父親は「柴崎」と呼ばれていたはずである。にも関わらず、少女は自らを「金井」と名乗ったのだ。

何か複雑な事情があるのかもしれない。

そう考えた俺はそれについて言及する事は控えた。

シヤも自分の名前以上のことを語る様子は無く、場に再び沈黙が訪れた。

――まずい、何をしてあげたらいいのか分からない。

確か柴崎は「ウチの娘を泣かしたら東京湾に沈める」などと物騒なことを俺に言っていた。

ちょっと盛っているかも知れないが、あの目は()()だった。

多分既に何人か手にかけている。

今はシヤも静かに過ごしてはいるものの、もし退屈のあまり、家恋しさに泣き始めてしまったら?

もし、そのことに柴崎が勘づいたら?

子供の考えている事など全くもって想像がつかない自分にとっては、今目の前で俯いている少女が危険な爆弾のような物に思えて仕方がなかった。

――このままではダメだ。行動に移らなくては。


「よし、シヤちゃん……俺についてきてくれないか?」








「で、私たちのとこに来た、ってことなんだね」


そう言ってうんうん、と頷く朱音の視線はデスクの上のPCに固定されている。

シヤと共に応接室を後にした俺は、藁にもすがる気持ちで第1オフィスを訪れていた。


「ああ……子供の世話とか焼いたことないからさ」


「そういうことなら任せて!私の辞書に『不可能』の二文字はないよ!」


「三文字だぞ……」


朱音は俺の言葉を意に介せず、一旦書類のデータを保存してからようやくこちらに顔を向けた。

因みに、ちらっと見えた書類には、『ヘヴンズ・カンパニー新製品 "アグレッシブ孫の手"についてのご案内』と記されていた。

孫の手がアグレッシブである必要はないと思う。

この胡散臭い商品を売り付けなければならない朱音の気苦労を思うと涙が出そうになった。

それでも、朱音はそんな様子を微塵も感じさせない笑顔でシヤに話しかけた。


「や、私は朱音って言うんだ〜。よろしくね!」


「……はい」


「ねえシヤちゃん。そのコ、なんていうの?」


朱音はシヤがずっと抱き抱えているクマのぬいぐるみを指さしてそう言った。


「この子はアンクーシャ、です……」


「へえ〜アンクーシャ……?なんか変わった名前もががががががが!!」


「お洒落!お洒落なネーミングだよな!!」


朱音の口を無理やり抑えて言葉を封じる。

もしこの子が朱音の今の発言で気分を害してしまったらたまったものではない。

朱音の口を封じたままシヤから少し距離を取ったところで、ようやく朱音を解放した。


「ぷはっ……ちょっと!何すんの竹人!」


「今あの子に失礼な事言おうとしただろ!し、死ぬぞお前!」


「へ?死ぬ?なんで?」


「いいから耳貸せ」


「ふんふん……うん……えっ!!あの子の親がヤクもがががががががが!!」


「声に出したら意味ねえだろうがあ!」


「もが!もががが〜!」


慌ててシヤの方を振り返ったが、先程とさして様子が変わっていなかったので、ほっと胸を撫で下ろした。

朱音は良くも悪くも素直な性格なのだろう。

そういった人間性は尊敬に値するが、今に限ってはちょっと控えて欲しい。


「おぉ?マジでどったのモリタケ……でけぇ声出してさァ」


突然声のした方を振り返ると、ヘヴンズ・カンパニーの誇るチャラ男――瀬喜の姿がそこにはあった。


「あれ?瀬喜さん今日は外じゃありませんでしたっけ?」


朱音がそう尋ねると、瀬喜は得意げに、


「会議長が今日はノらねえからサボタージュしちゃっとけ〜って言ってたのヨ」


と答えた。


「会議長……って誰ですか?」


朱音が重ねて質問する。


「俺の脳内会議の会議長ぉ〜」


と言って瀬喜が舌をペロリと出してみせる。

生憎そいつはなんの権力も持ってないぞ瀬喜。


「おっ?よく見たらカワヨなキッズがいるじゃん?」


「あっ、その子は……」


俺が言い切る前に瀬喜がシヤの元へと駆け寄った。

突然現れたチャラ男に、シヤは少し動揺した様子を見せる。


「うぃー。キミ名前なんてーの?」


「……」


「お、シカトしちゃう?フゥゥゥゥ!!」


「……朱音、なんであの人シカトされて喜んでんだ?」


「さあ……?」


朱音はそう言って肩をすくめ、首を振った。

チャラチャラしてはいるものの、瀬喜は社交性が高そうなのでシヤとも円滑なコミュニケーションを取れるのでは、という淡い期待は謎のハイテンションに吹き飛ばされた。

きっとシヤはああいうタイプの人間が苦手なのだろう。俺も苦手だ。

シヤとのコミュニケーションを図ることに失敗した瀬喜は、渋い表情をしながら俺達の元に帰ってきた。


「やー……あれはムリ。ガードがマジで固ぇの。いわゆる高めの花?」


それを言うなら高嶺の花だ。

バラとかじゃあるまいし。


「瀬喜さんでもダメかぁ……あ!そう言えばまだ適任が居るんだった!」


朱音がポン、と手を打つ。


「適任?どこの誰だ?」


「ふふ……それはね……」


そうして朱音の口から語られた名前は、想像に難いものではないのと同時に、到底適任とは思えない人物のものであった。

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