第10条「やましさアンダーザデスク」
「はぁ……はぁ……間に合ってくれ……!」
突如として俺の身に起こった謎の奇跡によって、シヤの記憶を覗くことに成功した俺は、無我夢中である場所へと向かっていた。
やがて会議室を通り過ぎ、医務室を通り過ぎ、役員室を通り過ぎた。
――いや、いらないだろ医務室。
そう冷静に考えたタイミングで、目的の部屋の前に辿り着いた。
他のものと比べて高級そうな意匠が施されたその部屋のドア・プレートには、大きな文字で〘社長室〙と記されていた。
乱暴にノックしてから、相手の返答も待たずにドアを開けると、中にいた『社長』は慌てて何かをデスクの下に隠し、部屋の隅にうずくまった。
思春期の男子かお前は。
「なあ神様……ちょーっと聞きてえことがあるんだけど」
「なな、なんだい竹人クン!スリーサイズは教えないよ!乙女の秘密さ!」
「お前はジジイだろうが。……俺が聞きてえのはシヤちゃんの持ってたぬいぐるみの話だ」
俺がそう言うと神は明らかに動揺し、しきりにデスクの下へと視線を泳がせた。
やはり、あの記憶はホンモノだったのだ。
神の反応を見て、俺はそう強く確信した。
――シヤの記憶を覗いている最中、タイミングとしては、ちょうどラボが爆発した瞬間にそれは起こった。
突然の爆発に驚いたシヤが、思わずぬいぐるみを手放したその時、突如として空中に現れた謎の裂け目から手が現れ、宙に放り出されたぬいぐるみを掴み取り、再び裂け目の中へと戻っていったのだ。
その場にいる誰もがドアを注視していたか、あるいは目を瞑っていたが為に、その現象に気付いた者は居なかったのである。
以前の自分ならば、怪奇現象の類と受け取るような出来事だったが、恐らくかなりの確率で神の能力によるものだ、と俺は直感していた。
その為、シヤの記憶を覗き終えた俺は、真偽を確かめるべく社長室へ向かった、というのが事の顛末なのだ。
「何にもやましい事がねえって言うんならそのデスクの下……見せて貰おうじゃねえか、ええ?」
「そ、それは……」
狼狽える神をよそにデスクの側へと近付く。
1歩、また1歩と近付いていく。
回り込んで、勢いよくその下を覗こうとした瞬間、猛烈な勢いで神が俺を押しのけ、そこから何かを掴み取り走り去った。
慌てて追いかけると、廊下を全力でダッシュする神の手には案の定、あのぬいぐるみが握られていた。
「クソ……!待ちやがれ泥棒!!」
「人聞きの悪いことを言うね!ちょっと無断で借りただけさ!」
「そういうのを泥棒って言うんだろうがぁ!!」
神の背中を追って走り続けるが、神は見た目にそぐわない速さで俺の先を行く。
――ここで逃す訳にはいかない。
俺はあらん限りの力を込めて走った。
道行く人にどうか避けてくれと祈りながら走った。
あと少し、もう少しで追い付ける。
「止まり……やがれぇーッ!!!」
神の背後まで迫った俺は決死の覚悟でその背中に飛びかかった。
――が、伸ばした手は空を切り、次の瞬間には顔面を床にしたたかに打ち付けていた。
なんとかすぐに起き上がったが、その時にはもう既に神の姿はどこにも見えなくなってしまっていた。
カウントダウン開始から9分。
俺に残された時間は絶望的に短かった。