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最強勇者♂と全能賢者♀は付き合いたい!

作者: 黒縁眼鏡

 勇者が通れば街に黄色い歓声があがる。


「きゃー勇者クート様!」


 勇者クートは黒髪の若い青年。

 あらゆる剣技を修め、自分の何倍も大きな魔物を切り捨てる剣の達人である。

 しかも、その腰にぶら下げた剣は、誰も抜けないと言われていた聖剣である。刃はありとあらゆるものを容易に切り裂き、鞘は主の傷や毒を癒す祝福がついている。

 ハッキリ言ってソロでも魔王を倒すことは出来るほどの力がある冒険者だ。


 だが、とある事情からクートはパーティを組んでいる。


 そのパーティで最も長い付き合いになる少女が、クートの一歩後ろに控える銀髪の少女リルだ。

 多彩な攻撃魔法と回復魔法、そして補助魔法を習得し、ありとあらゆる魔物を悠々と葬り去る魔法の天才である。

 そして、勇者が魔王を倒した後、魔王の魂が二度と転生出来ないよう封印する究極の封印術を使える数少ない人物だった。


「あぁ、賢者リル様、今日も素敵……」


 二人は魔王軍の幹部を葬り去り、魔王城の結界を破り、魔王を後一歩まで追い詰めたおかげで、どこの街に行っても大歓迎される。

 それが魔王軍に長年悩まされた魔王城に最も近い街なら尚のことで、二人を一目見ようと街の人が一目見ようと外に出ていた。

 そして、二人を見た反応はこの街でも他の街でも同じだった。


「とてもお似合いの二人ですね。勇者様も賢者様もとても素敵です」

「やっぱり付き合っているのかしら?」

「聞いてみて下さいよ?」

「近づくことすら恐れ多いのに!? 無理ですよ!」


 勇者クートと賢者リルの間に恋心はあるのか?

 どこまで関係が進んでいるのか。今日泊まる宿は同じ部屋を取るから、恋のABCの最終段階まで進んでいるに違いないとか、様々な噂が飛び交う。

 そんな噂はもちろん二人に届いていて、人々の歓迎を振り切った二人は宿屋の一室でフッと笑った。


「この街でもやっぱり私たちの噂が広まっていますね。私たちが恋人同士だとか」


 リルはそういうと、クートの前にティーカップを置いてお茶を注ぎ始めた。


「浮かれたゴシップが欲しいんだろう。魔王軍と魔物のせいで苦労も多いだろうからな。こんな話で気が晴れるのなら、自由に言わせておけば良いさ」

「そういうものですか。なら、聞き流しておきましょう」

「そうしておこう。みんなを戦い無しで笑顔に出来るのなら安いものだよ」


 クートもリルも町娘の言うことなど全く気にならない。

 そう言うかのように、二人は全く動じること無くテーブルを挟んで向かい合い、ティーカップに口をつける。

 クートは舌の上に広がる砂糖の甘さと紅茶のほろ苦さを転がす。


(俺とリルが付き合っているだと? 全くどこの町娘もくだらないことでよくそこまで盛り上がれるものだ。危機感がないのだろうか?)


 クートは呆れ気味に心の中で呟くと、そのまま紅茶を一気に飲み干して短く息を吐いた。


(だが、まぁ、辛い時にこそ明るい話題や希望が欲しいというのは分かる。とはいえ、このリルだぞ? 胸は小さいし、微笑んでいるように見えて心からは笑っていない鉄仮面だし、意外に毒も吐くリルだぞ? まぁ、素の笑顔がかわいかったりするのは認めるが)


 街の人が知らないリルの裏面を知っているクートは、チラッとリルを盗み見ると、フッと鼻で笑った。


(まぁ、リルがどうしても恋人になりたい。というのなら仕方無いかな!)


 クートはティーカップを机の上に戻すと、目を閉じて背もたれに身体を預けた。


(それに、俺はどこの街でもモテモテだからな。一目見て惚れられるのなら、ずっと一緒にいるリルはもう俺に惚れていてもおかしくない。魔王との決戦も近いし、そろそろ最後の戦いの前に伝えたいことがあるんです。と告白してくる頃だろう。魔王を倒したら、ずっと我慢していたエロイことしてやろう。……ふぅ、ここまで来るのになかなか時間がかかったな)


 勝利を確信した時と同じように、クートの口端が僅かにつり上がる。


「ふふふ」



 リルはクートがお茶を飲み終えた所を見届けて、自分もカップに口をつけた。

 温度は火傷をしないちょうと良い温かさ。魔法で劣化しないよう保存していたので香りも良い。


「クート、お茶のおかわりはいかがですか?」

「ありがとう。もらうよ」

「なら、また淹れてきますね。少し待っていて下さい」


 リルは微笑みながら断りを入れると、席を立ってクートに背を向けた。


(ふっ、やはり人は愚かね。この私を誰だと思っているのでしょうか? 三歳の頃から銀の賢者と謳われた私を誰だと思っているのでしょうか?)


 リルは微笑みの仮面を外して、絶対誰にも見せない呆れ笑いを浮かべる。


(この世界で最も強い魔力、全ての魔法を使いこなす天才的な頭脳、魔王が倒されれば魔法界の第一人者になるこの私が、クートと付き合うなんてどうして思いつくのだろう? 不浄の魔物の世界だって高貴なドラゴンがゴブリンと付き合うことはないでしょう?)


 底なしの魔力を持つリルはありとあらゆることを魔法で解決できる天才なのだ。

 戦闘では、ドラゴンやデーモンといった上級の魔物を一瞬にして灰燼にする上級魔法を使う。

 一方、今おこなっているお茶を淹れるというような日常的な作業でも、水を魔法で生みだし、火の魔法で沸かすという魔力の無駄遣いを平然とおこなう。

 強大な力から繊細で小さい力まで制御出来る少女なのだ。

 リルもまたクートがいなくても冒険者として単独で有名になれるほどの逸材だ。


(ですが、まぁ、クートに見所があるのは認めます。優しいですし、強いですし、頼りになりますしね。それに顔もかわいいです。まぁ、現状、及第点ギリギリで伸びしろがあると言ったところですかね)


 リルが鼻で笑うと紅茶の良い香りが漂ってきた。


(だから、まぁ、クートが魔王を倒した後、英雄王として振る舞えるように鍛えてくれと、私に頭を垂れて、全てを捧げるのであれば、私の恋人にして頭を撫でてあげましょう)


 クートの頭を撫でる様子を想像して浮かれる心が紅茶の香りで落ち着くと、リルの頬が緩んだ。


(まぁ、この私を魅力的に思わない人間などいないでしょうし、この街の人たちも一目で私の魅力に落ちています。ずっと一緒に旅を続けているクートはとっくに落ちているでしょう。魔王との決戦も近いですし、そろそろこの戦いが終わったら聞いて欲しいことがあるんだ。なんて言葉が貰えるに違いありません。ふぅ、ここまで長かったのです)


 その言葉を口にするクートを想像すると、リルの緩んだ口の奥から自然と笑い声が漏れた。


「ふふふ」



 それから数日後、二人はついに魔王城で魔王と対峙した。


「よくぞ我が元まで来たな勇者よ! さぁ、今宵は世界の覇権をかけて殺し合おうぞ!」


 魔王がマントをバッと広げてポーズを決める。

 魔力を帯びた暴風が吹き荒れ、めくれた壁や床の石材がクートたちを襲う。

 だが、クートたちは構わず魔王目がけて疾走した。


「魔王! お前を絶対に倒す! 何でだよ!? お前世界を滅ぼす魔王なんだろう!? なんで何事もなくお前と戦わないといけないんだよ! 俺のイベントを返せよ!? もっと心をギリギリまで追い詰めろよ!」

「えぇ!? 散々世界を荒らしたけど!? えぇ!? 何で勇者に悪行が足りないって怒られるのだ!?」


 クートの声は半ばやけくそだった。

 今にも泣きそうなのを我慢して目が真っ赤になっている。


「魔王……あなたの所行を絶対に許しません……。あなたとの戦いだと言うのに、ここまでに来る会話は一言だけですよ? これが最後の戦いですね。って話題を振ったのに、そうだなって、ただ頷かれただけの罪、償って貰います」

「人間界には変わった罪があるのだな!? 魔界でもないぞそんな罪!?」


 それに対して、リルの声は平淡なのに身を凍らせるような殺気が込められていた。

 殺意に身をゆだねているのか目から光も消えている。


「それにしてもなんなんだその力は!? その殺意は!?」

「黙れ! 光に消えろ魔王!」

「ぐああああ!?」


 クートの剣から光の刃が生み出され、魔王の身体を両断する。

 そして、切り裂かれた魔王の身体が炎に包まれる。

 そこへすかさずリルが封印魔法を解き放った。


「邪悪なる魂。天の鎖にて封じる。魂魄封印!」


 光り輝く魔法陣が燃える魔王の身体を包み、魔王の身体を鎖で縛り付ける。


「ぐおおおお!? バカな! このオレサマが人間如きにいいいい!」


 転生を食い止めるための封印術が決まれば、魔王はもう復活出来ない。

 それを魔王も知っているのだろう。必死に足掻こうともがいている。


「ぐおおお!? おおお? お?」


 だが、途中からもがくのを止めた。

 どうやら、何かに気付いたようだ。


「ふは! ふはは! 封印術式にほころびがあるではないか! 何が勇者と賢者だ! 次会うときが貴様たちの最後だと思え!」

「なっ!? 待て!」


 クートが魂の転移を阻もうと剣を振るうが、それよりも素早く魔王の魂は虚空へ消えた。

 まさかの封印失敗にリルが膝を折る。


「……この私が失敗?」


 こうして呆然とした様子で動けなくなったリルを、クートはため息をつきながら背負い街に帰った。

 だが、街に帰ったクートを待っていたのは、さらに驚くべきものだった。


 それは宿屋に届いた一通の手紙の内容。


「王都の古文書解析班からの手紙? えっと、今までの封印術に欠陥が見つかった。真の封印術式を成功させるには愛が必要!? お、おいリル! お前これ知ってたか!?」

「何ですかクート……。封印術式を失敗した無能な私は放っておいてください……。って、何ですかこれえええ!?」


 魔王を封じる封印術は愛。厳密に言えば、愛し合う二人が心を通じ合わせ、術式を展開する必要があるとのことだった。


「新しい封印術式の詠唱と魔法陣も入ってるけど、リル分かるか?」

「なるほど……理による封印と強く暖かい感情による浄化の二重封印術ですか。術式は完全に理解しました。これがあれば次は魔王が封じられます」

「そうか。なら、後は……」


 クートは言葉を詰まらせた。釣られるようにリルも言葉を失っている。

 両者とも、その先を言うには少し勇気が必要だったから――という訳ではない。


(つまり、俺とリルが恋人になれば良いということか)

(私とクートが恋人になれば良いと言うこと)

(となれば、リルに――)

(それならば、クートに――)

((告白させよう))


 どうやって相手に告白させるか、全身全霊を賭けて考えることにしたからだった。



 魔王の完全復活まで一ヶ月ほどの時間がある。

 リルの説明によると、封印術式を施さず魔王を倒すと何百年後に転生して復活する。だが、今回はクートの攻撃とリルの不完全な封印術式によって、魔王の魂はボロボロになった。おかげで、すぐさま転生しないと魂が維持出来ないらしい。

 転生して成長するまでどれだけ速く見積もっても一ヶ月程度。

 それがリルの目算だった。


 つまり、今度こそ魔王を完全に封印するためには、一ヶ月で二人が愛し合う必要がある。

 そこでとりあえず、付き合って恋人になることを目指すことになった。


 まず、先手を打ったのはリルだった。

 仕掛けたタイミングは宿屋で朝食を取っていた時だ。


「クート、今日はこの街の風習を体験してみませんか?」

「風習?」


 デートとは言わない。それは告白と同義だ。

 だが、街の風習を体験すると言えば、それはデートではなく、街を知るための活動に変化する。

 では、何故デートだと言わないのか?

 そこには複雑な乙女心があった。


(数々の書物を読みあさり、町娘たちの話題を盗み聞きした結果、男は相手が女性であれば下半身が心情とは別に動くと知りました。ですが、クートは私といても、下半身に従った行動を取りません。つまり、クートは私を女性として見ていないということです)


 そう。盛大な勘違いである。


(そうでなければ、私とずっと一緒にいて恋心を持たないなどあり得ません。つまり、今の私たちの関係を変えるには、クートの下半身を動かして、私への恋心を誘導させることが必要なのです。これはデートではありません。クートの誘導なのです)


 複雑な乙女心による盛大な勘違い、そして、偏った知識収拾の結果、リルは独自の恋愛理論を構築したのだった。

 そして、その理論を最大限に活かす作戦デートプランが、この風習という言い訳なのである。


「クート、この街には女性の掘った穴に、男性が太い棒を突き立て、願い事を込めた珠を二人でぶら下げる儀式があるようです。やってみたいのなら、私の穴を用意しますけど」


 最後の一言はもちろん、わざと言い間違えているのだが、その言葉の穴にツッコミを入れられる前にリルは儀式の説明を続けた。


 この儀式の歴史は古く、三百年ほど前から続いている。

 始まりは、天界に住まう神様に自分たちの願いを見て欲しいという願いで、願い事を詰めた珠を棒に吊し始めたことが切っ掛けだった。

 最初は小さく短い棒だったけれど、神様に見て貰うためにどんどん長くした所、安定させるために穴をちゃんと掘って棒を突き立てるようになったとか。


「というような由緒ある歴史があります」


 無論、全てでっちあげである。


「なるほど。そんな歴史があるのか」


 当然だが、そんな歴史など存在しない。


「はい。中には卑猥な印象を受ける人がいるらしいですが、性なる儀式です」


 もちろん、わざと間違えている。


 そんな嘘まみれの風習だが、リルは賢者と言われるほどの魔法使いだ。

 嘘や幻想を現実にすることは得意中の得意なのだ。


「中庭に不思議なモニュメントがあると思って、宿屋の旦那様に聞いたら教えてくれたんですよ。ね、主人さん?」

「はい。古い風習でして、魔王に滅ぼされないようにと毎年この時期になると祈りの珠と棒を立てるんです」


 買収。

 宿屋の主人が言っていることも全て嘘っぱちで、台本通りだ。

 リルは朝食の前、いやその前の晩から既に動いていた。

 宿屋の主人に金を握らせありもしない風習を覚えさせた後、魔法で庭に穴を掘り、棒を立てたのだ。

 そのことをクートは知る由も無く、宿屋の主人の言葉を間に受ける。


「でも、そんな伝統ある儀式を部外者の俺たちがやってもいいのか?」

「はい、もちろんです。勇者様がやってくださるのなら、みんな喜びます」

「ふむ、なら良いんだが」


 宿屋の主人の言葉で、クートから警戒心が消えている。

 この好機をリルは逃さなかった。後は必殺の言葉でクートを落とす。


「せっかくですし、魔物退治の合間にどうですか? 街のみんなのために祈るのも勇者っぽいですよ」

「そうだな。やってみるか」


 クートはあっさりと話に乗った。

 誰かのために行動を起こす、クートが勇者らしいと言われる理由の一つで、クートは基本的に人助けが大好きなのだ。


(ふっ、これで後は性を想起させるようなことを言えば、クートも私を女性として認識するはずです。棒を入れるときに、クートの大きいですね、と言えば発情間違いなしです。低俗な書物も役に立つものですね。これからも集めておきましょう)


 完璧な流れだ。天才である自分が恐ろしくなる。そう思ってしまうほど上手く行っている。


(ところで、何故棒と穴なのでしょうか? 入れたり抜いたりするようですが、何の意味があるのでしょう? 今度はその辺も研究しましょう)


 リルが勝利を目の前にした余裕から、余計なことを考え始める。

 けれど、そういうときほど落とし穴がある。

 事前に掘られていたのではなく、突如として現れる落とし穴だ。


「実にめでたいですなぁ。実はワシもこの儀式のおかげで家内と結ばれましてね。きっとお二人の仲も神に祝福されるでしょう。子だからにも恵まれるかと」

(このおじさん、余計なことをっ!?)


 宿屋の主人によるフレンドリーファイアだ。無論、リルの台本にこんな台詞は書いていなかった。

 宿屋の主人が百パーセントの善意をもとに作った鈍器で、後頭部をフルスイングされたような衝撃がリルに走る。

 この話題はリルが持ち出し、リルがクートの決断を後押ししてしまった。

 つまり、この流れは見方によっては――。


(私が神様の力を借りても、クートと結ばれたいと言っているようなものじゃないですか!? べ、別にそういうのじゃないですし! 私は男の人ってクートしか知らないだけだからクートに告白させようとしているだけですし! 他の男になんか告白されても論外ってだけですし!)


 顔が熱くなるのを魔法の冷気で無理矢理冷やして、リルは平静を装う。


 とはいえ、状況は良くない。

 いまさらやっぱり止めた。というのは余計に意識していると思われてしまう。

 それにもし、この機会を変な形で失えば、クートは二度とこういったイベントを一緒にしてくれなくなるかもしれない。そんなのは乙女心的に絶対許されない落ちだ。

 色々な意味で、リルに後戻りは許されない。


 絶体絶命のピンチ、崖っぷちに片足を踏み出したような絶望的な状況だ。


 だが、考えようによっては、同時にクートの退路も断ったファインプレーでもある。

 クートだってこの状況でやっぱり止めたとは言えない。逆に肯定すれば、リルに気があると言うことになる。

 となれば、お互いに崖っぷちに立っていることになる。それなら、押した方が勝つ。


「クート、どうしますか?」


 選択権をクートに改めて押しつけたのだ。

 多少不自然でも、押しつけざるを得なかった。

 というのも、この選択肢は肯定と否定のどちらを選んでも、あなたと結ばれたいという意味合いを含んでしまうからだ。

 そんな究極的な二択。危険度で言えば、爆発寸前の爆弾に匹敵する。

 それが手の中で爆発する前に、リルはクートへと押しつけたのだった。


 そして、リルの目論見通り、その危うさは確実にクートの思考も蝕んでいた。



 選択を押しつけられたクートは必死に頭を回転させていた。

 もちろん、表情には出さない。だが、その心境は魔王軍幹部と相対した時のような感じだった。

 どれほどかと言えば、クートは強大な魔物と戦う時、クートの集中力は魔物の動きが止まったように見えるほど高まる。

 今のクートの集中力はその時と全く同じほど発揮されていた。

 そして、その集中力を発揮して、クートは瞬間的な思考で常人の熟考を超える思考を巡らせた。


(くっ!? 肯定しても、否定しても、宿屋の主人にリルに気があると思われてしまう。偶然か? いや、まさか、こうなることも全てリルの計算の上だというのか!? このままだと外堀が埋もれてしまう!)


 不正解である。完全なる偶然の産物だった。


(願い事を込めるという話で、リルに魔王を封印するという願いを言わせるつもりがどうしてこうなった? くそっ、後一歩で告白させられたのに!)


 リルが事前に準備をしていた戦略家であれば、クートはその場で戦況を読んで対処出来る戦術家だった。

事実、クートは宿屋の主人が変なことを言うまで、リルに告白させることが出来る作戦を企んでいた。

 その企みはリルの持ち出した願いを叶える儀式の話を聞いた時生まれたもので、単純ながら強力なものだった。


 その内容とは、儀式を言われた通り進め、最後の願いを込める時、リルに願いを言わせる。

 その願いで、リルに今度こそ魔王を封じると言わせるつもりだった。

 何せリルは魔王を封じるために生まれて来た魔法使い。その使命を果たせない所か一度失敗しているのなら、少し煽れば言わないわけが無い。

 そして、魔王を封じると言えば、封印術式を完成させることと同義。つまり、クートと愛を育むためにクートの恋人になると言ったも同然なのである。


 その勝利の確信が、宿屋の主人の一言で脆くも砕け散った。


(まだだ! まだ終わっていない。俺は勇者だ! 勇者に敗北は許されない! それに俺がリルに告白する訳にはいかない。俺はリルに自分の感情のまま生きて良いんだって言ったんだ。リルが自分で俺を選んで貰わないと本当の愛にはならない!)


 クートはリルの発言の中にこの状況を一変させる言葉があるはずと信じて、己を奮い立たせ、思考を加速させる。


(クート、この街には女性の掘った穴に、男性が太い棒を突き立て、願い事を込めた珠を二つ、二人でぶら下げる儀式があるようです。やってみたいのなら、私の穴を用意しますけど)

(エロい! リルのやつ意味分かってて言ってるんだろうな!? こいつ俺以外の男にこんなこと言ったらどうなるか分かってるのか!? 穴と玉つきの棒で抜き差しで子宝だぞ!?)


 思考ではなく、煩悩が加速していた。

 だが、最良な答えというのは時として意外な所に転がっているとも言う。

 なにせ、行き過ぎた煩悩から解き放った男は、瞬間的に賢者になるのだから。

 クートはその白き賢者の世界への扉を開く直前、思考と身体を切り離した。


(あ、危なかった……。イキかけた……。だが、逆転の答えは見つかった)

 

「ふぅ……。そうだな。なら、早めに道具の準備をしよう」

「ふふ、そうですね」


 両者、極めて平然な様子で前に進む。

 だが、両者は胸の内で尚も駆け引きを繰り広げていた。


(かかったなリル。一瞬の勝利はくれてやる。でも、お前が告白する道のりは全て見えた!)

(ふっ、これでクートは私と結ばれたいという意思表示がされたも同然です。結果として良いアドリブでしたご主人。おかげで、クートが告白する結末までもう少しです)


 そして、すかさずクートが仕掛ける。


「リル。お前の願いはもちろん、魔王を封印することだろう?」

「え?」


「俺たちは魔王を倒すために旅を続けて、ちょっと失敗したこともあった。なら、今度は失敗しないように祈るのは当然だよな?」

「それは当然そうですけど」

「あぁ、新しい封印術を成功するよう祈らないとな?」

「そのつもりでした……けどっ!?」


 リルがハッとした様子で目を見開く。


(気付いたか。ここが攻め時だ!)


 そして、リルが何かを言いかけたその瞬間を、クートは見逃さなかった。


「俺はリルの願いが叶うようにお願いするよ。大切な仲間の願いなんだからさ」

「おぉ、さすが勇者様。お優しいのですね」


 宿屋の主人がクートを褒め称える。

 クートとリルの水面下で起きた心理戦を知らずに、クートの言葉聞けば優しい言葉のように聞こえる。

だが、クートの言葉は介錯を請け負うと言っているようなものだった。

 自分の願いではなく、仲間であるリルの願いのため。

 そう言えば、宿屋の主人の縁結びというような男女の仲ではなく、リルの願いが大事だと仲間という立場で言える。


 一転、追い詰めたはずが追い詰められたリルは、その頭脳で逆転の目を探す。

 一方、クートはリルを追い込みながらも、天才的なリルの一言で局面が変わることを警戒する。


 二人の心理戦が最終局面に入り、勝負は次の一言で決まる。


 その瞬間だった。


「襲撃警報! 襲撃警報! 魔物の軍勢が街に近づいています! 戦える人は城門前に集まって下さい! 戦えない人は避難所へ集まって下さい!」


 魔物の襲来を告げるアナウンスが聞こえる。

 それが聞こえた瞬間、クートとリルは武器を片手に立ち上がった。


「リル、行くぞ」

「うん、クート」


 今までの心理戦が嘘のように息のあった動きだった。


「勇者クート様、賢者リル様、街をどうか守って下さい! ワシは戦えませんが、二人の武運を祈っております!」


 宿屋の主人に懇願され、クートとリルは武器を片手にニッコリ笑う。


「あぁ、勇者の俺に任せとけ」

「えぇ、賢者の私に任せるのです」


 そう言って飛び出す二人を見送った宿屋の主人は、魔物が近くにまで来ているというのに、平和な朝が来た時と同じように柔らかく微笑んだ。


「やっぱりお似合いなお二人だ。クート様にリル様か。どうか二人に明るい未来が待っていますように」


 残った願いを込める珠に宿屋の主人は二人に明るい未来があるよう、願いを込めた。

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