始まり
「誰か生きていないか?」
村を救うために遅れながらも到着した自国の兵士は、その異様な状況に言葉を失う。
家の中は大小様々な亡骸が横たわり、壁、床、本棚、と血に濡れていない場所を探すのが難しいほどの惨状。
その血溜りの中に、果物ナイフを片手にたたずむ少女が一人。
いくつかの可能性が兵士の頭の中を逡巡する。少女の周りには敵国の兵士と思しき男たちが倒れている。
真っ赤に染まった少女。その手の中にはナイフ。兵士は、ひとつの結論にたどり着いた。
「・・・まさか君が・・・?」
その問いに少女はこくりと頷く。
「そうか・・・もう大丈夫だ。」
少しの動揺の後、そういって兵士は少女を抱きしめる。
兵士にはこうすることしかできなかった。状況を正常に理解しろ言うほうが酷である。そんな非日常的な光景だった。
こうして少女は保護された。ただひとりの村の生き残りとして。
「少女が村に侵攻してきた敵兵士を倒し、ただ一人生き残った。」
この噂は瞬く間に軍中に広がった。
それから程なくして、少女は軍への入隊試験を受験することとなる。
普通、身寄りのなくなった子供は孤児院に預けられるが、少女の噂に興味を持った軍が彼女を試したからである。
試験内容は、軍の兵士との1:1の模擬戦だ。
相手は訓練を積んだ現役の兵士である。そのため、打ち負かさずとも及第点レベルの力を証明できれば合格になる。
とはいえ、日々鍛錬を積む兵士と渡り合うにはそれなりの力、技術が必要であり、試験を受ける者の殆どが、精悍な体つきをしたいかにも強そうな青年である。
そんな中に華奢な少女が一人。やはり、あんな話はただの妄言で兵士の見た幻覚だったのだ。剣すらまともに持てないだろう。皆がそう思っていた、少女が兵士との戦いを見るまでは。
「お嬢ちゃん、怖くないのかい?無理はしちゃだめだよ。」
試験兵は嫌味ではなく、本心からそう語りかけた。
少女はその言葉が聞こえていないかのように、片手でひょいと剣を持ち上げ兵士の方を向く。
彼女の振る舞いには戸惑った様子すらない。まるで戦になれた戦士の様な仕草で戦闘態勢をとる。
「・・・仕方ない。」
少し驚いた表情で兵士はそう言い、審判を勤める男に目配せをする。
「では尋常に・・・始め。」
少女は迅かった。
目にも留まらぬ速度で兵士の懐に潜り込み、右手に持った木刀を逆手で切り上げ、兵士の木刀を跳ね上げると、そのままの勢いで兵士の胴に回転斬りを叩き込んだ。
あまりの衝撃にそのまま吹っ飛び気絶する兵士。唖然とする群集。
少女は文句なしの成績で入隊試験を合格した。