少女覚醒
底無しの暗い闇へと落ちていく。
冷たい黒が私に浸透していくのを感じる。
「レリア...」
懐かしい、暖かい声が私の名を呼ぶ。
侵食。
体が、心が、私のものでなくなっていく。
「レ...ア...」
誰かが私の名を呼んだ気がする。
侵食。
抗い難い衝動が体を蝕む。
「R....ア...」
何か声が聞こえるような気がする。
侵食。
少女の目が赤く光り、漆黒の衣が体を覆う。
「...」
もう何も聞こえなかった。
「隊長」と黒い重厚な鎧に身を包んだ屈強そうな男が呼びかける。
「ああ」と答えるのは、男とはうって変わって身軽そうな最低限の鎧の上に、黒い外套を羽織っただけの華奢な少女だ。
「間もなく会敵です。ご準備を。」
「そうだな。」
少女は無表情に剣を抜き、敵との衝突に備える。
激突。
次の瞬間、敵の軍団が弾けとんだ。
実際には、少女の率いる騎馬隊が敵の軍団に突撃を仕掛けただけなのであるが、その圧倒的な速度、力、圧力によって瞬く間に隊列が瓦解し、まるで敵が花火のように弾け飛んだかのように見えたのだ。
そのまま少女達は一陣の風の如く敵陣中央まで斬り進み、遂には敵の大将の首を刎ねてしまった。
この間僅か数分。全員が真っ黒な馬に跨り、漆黒の鎧に身を包んだ姿で一糸乱れず駆け巡っていたため、まるで1匹の黒い竜が敵陣を喰い破っているかの様にさえ見えた。
「おのれディザスターめ...またしても!なぜ幾度にも渡って我々の邪魔を!」
Disaster゛黒き天災゛ 少女達の部隊はそう呼ばれていた。
どの軍にも属さず、明確な敵味方の区別なく突如戦場に現れては、一定数の軍を瞬く間に撃破し、戦況をひっくり返しては去っていく。
いつ現れるかわからないことや、一度現れると抗うことの出来ない程の強さを発揮すること、また被害が戦場によってかなり異なり、予想がつかない点などからこの渾名がつけられた。
何故このような精強無比の軍勢を華奢な少女が率いているのか、国に属していないのか、また味方をするならば最後まで戦い抜かないのか。
これについては少女の過去を紐解いていく必要がある。
最初は痛みが怖いだけだった。
敵国の兵士に目の前で袈裟斬りにされた両親と妹を見て「痛そうだな。」と感じた。
だから食卓の上にあった頼りない果物ナイフを拾った。「痛み」に恐怖は感じたが、不思議と「戦い」に恐怖は感じなかった。
そこからはよく覚えていない。
気が付いた時には、放っておけば少女を蟻の様に殺していたであろう兵士達は、血塗れで少女の足元に転がっていた。
この日から少女は目覚めてしまった。
己の中に潜んでいた圧倒的な力と狂気に。
或いは、目の前で家族を殺されての感想がこれだけだったのだから、少女は元々壊れていたのかもしれないが。
少なくとも少女はその日まで己の綻びに気づかないで幸せな生活を送っていたのだ。
その日までは。