コノ華咲クヤ
暑さが続く8月上旬、Tシャツに短パンという涼しさ重視のラフな格好で飲み物と昼食を買おうと外へ出ていた。
部屋の中とは違い、外気温が高く、むっとした暑さ、照りつける太陽が身に降り注ぐ。
毎日やってくる暑さに少しだけ辟易して、さっさと済まそうと歩き出す。目的地はコンビニなのだが、そこにたどり着くまでに十分もかかるという田舎かという立地に住んでいる俺が悪いんだが。
ふらふらと歩いてコンビニに向かう。歩く先に見える陽炎がその暑さを物語っていた。
暑い。夏なんて滅びれば良いのに。冬早く来い。
そんなことを思いながら――でも冬になると逆のことを思ってしまうのはお約束だ――やっとコンビニに着いた。
店内に入ると随分と温度差を感じることができる。日陰に入ると涼しいのと同じ、ここはオアシスか。
さて、買うものは、お茶に水、あ、あとスポーツドリンク。昼食に冷やし中華とざるそばを選び、会計を済ませ外に出る。また暑さに晒されて顔をしかめる。
帰路につき、何の気なしに辺りを見渡し、代わり映えのしない風景だなと視線を戻そうとしてあるものに釘付けになった。
「……あれは?」
気になって、暑いのを我慢して見に行くことにした。何、そんなに遠くない。いつも通る道より外れて悪路の続く一画に足を向かわせる。その続く道に家が見えるので、多分そこの人のものなのだろう。
――近くに寄って初めて全貌が分かった。
あまり広いとは言えない広さの畑一面に向日葵が無数に咲き誇っていた。
満点の太陽とはよく言ったものである。ニメートルという自分の身長を軽くを超す全長に三十センチはあろうかという大輪。
俺はそんな圧巻とした光景に暑さも忘れてしばし目を奪われていた。
「――ちょっと、そこ男。そこ邪魔、どいて」
いつまでそうしていたかわからないが突然後ろからぶっきらぼうこちらに向かって放たれた言葉、女性らしき声色だったがどこか不機嫌さが入っていたと思う。ハッとして声のした方を向く。
「――――」
その女性は赤と青、白色を使用したチェック柄のシャツの腕を捲り、下には青色のレギンスパンツを着用し、首には簡素なタオル、頭には直射日光を浴びを防ぐためか大きめの麦わら帽子をかぶっていた。亜麻色の長髪を後ろで留めあげられていた。その整った端正な顔立ちは少し不機嫌さでしかめられていた。
作業をするつもりなのか、手にはスコップとジョウロが握られていた。
「あ、えっと……」
とっさに言葉が出てこなかった。単に光景に見惚れていたため、というのもあるが急に声をかけられると驚くものだ。
「すみません……――あ、あの!」
誤ってから端に移動する。そのまま向日葵畑に向かおうとして通り過ぎようとしていた所に思い出したかのように声をかけた。
こちらに顔だけを向けて反応をみせる女性。正直、眼光が鋭いためちょっと怖かった。
「……なに?」
「良かったら見ていっても、いいですか……?」
しばらくの沈黙、それから口が開かれた。
「別にいいけど……暇なら手伝って欲しいのよね」
「あ、はい。分かりました」
自分でも意外だった。一言二言で了承を取り、この炎天下の中彼女のことを手伝うことが。
「はい、これ苗。あそこに植えておいて」
小さい葉が生えている苗とスコップを渡され、指差された方向には同じような植物が生えていた。
その場所に穴を掘り、植え替えていく。丁度のタイミングでジョウロを持った彼女がやってきた。
「はいこれ、水かけといて」
ジョウロを受け取り、全体的にかけていく。植えられた苗たちが水をその身に受けて水滴をキラキラと反射させる。
ふと、彼女は何をやっているのか気になり、いるであろう方向を見る、そこには――
「――――」
自身よりもはるかに大きい向日葵を世話している彼女がいた。
小さい苗を植え替えている彼女がいた。
水を苗や向日葵に丁寧にかけている彼女がいた。
「――ん? 終わったのね」
こちらに気付いて声をかけてくる。作業を止めて俺の方に向かってくる。
「ありがとう、だいぶ楽になったよ。良かったら飲み物くらいは出すよ?」
暑かったでしょ? と労いの言葉をかけてくる。確かに暑かった。彼女が帽子をかぶっているに対して俺は日を避けるものがなかったのだから。
「あ、いえ。大丈夫です、家は近いので」
ここで断ったのは思わず、というやつだった。ちょっとした恥ずかしさもあったんだと思う。
「……そう? なら、倒れないようにね。今日は特に暑いから」
注意をしてから作業に戻ろうとする彼女を俺は呼び止めた。
「――あ、あのっ」
「ん、なに?」
足を止めて顔だけを向けてくる彼女に俺はつげる。
「……また、来てもいいですか?」
俺の問いに彼女はしばし考え込む。かなりの時間に感じられた問いの答えは唐突にやってきた。
「――――ちゃんと暑さ対策と手伝ってくれる意気込みがあるならね?」
ニヤリと笑みを浮かべていってくる。
「――はい。分かりました」
それに俺は笑みを浮かべて返事をした。
あれほど暑かったのに今は気にならなかった。
それからというもの、この向日葵畑に俺は足繁く通った。流石に雨の日には来なかったが。
この夏を象徴するかのような一面の光景を見ていたくて。
暑い中の作業。照る太陽、肌を撫でる風、土の匂い、水の匂い……全てを感じたくて。
一度目や二度目は苗を植えて水やりをするだけだった。
三度目、四度目、五度目でもおなじことをやった。
六度目にして成長途中の向日葵を植え替えた。その花に水をやった。
七度目は向日葵を任された。
「――あんたも物好きだね。こんな暑い中、こんなことをしてるんだから」
水やりが終わり、小休憩を挟んでいる時に彼女は不意に呟いてきた。
返した言葉は一言で、単純な言葉だった。
「――以外と好きになったんですよ。この景色と土いじりが」
「……ぷっ、何それ」
俺の問いに彼女は吹き出したように笑った。
休憩中に吹いた一陣の風、それがふたりを優しく包み込むように通り抜けていく。
「…………ねぇ、そういえばあなたの名前、教えてくれる? 会ってから聞いてなかったし」
彼女は思い出したかのように告げる。
「俺は――」
彼女の方を向いて目が合った。
「俺の名前は聡史、月島聡史っていうんだ」
名前を彼女に告げて――
「君の名前も教えてくれないか?」
――俺も彼女に名前を聞いた。
「私は夏歩、陽見沢夏歩っていうの」
夏歩は地面に自分の名前を書いて見せてくれた。
「へぇ、いい名前だね。夏を体現してるみたいだ」
俺がそう言うと彼女、夏歩は笑った。
「ぷっ、あははははっ! 初めて言われたわそんなこと」
それにつられて俺も笑った。
中天まで登った太陽が燦々と輝く中、二つのハナが咲いた。
笑顔という華が咲き誇った。
「――また来ていいかな?」
時間はすっかり夕暮れ時。暑さは鳴りを潜め始め、じっとりとした気温の中、時折吹く風に夏特有の匂いを感じる時間帯。
「良いよ、今度来た時は力仕事を任せるから」
そう言ってイタズラ好きそうな笑み俺に向けてきた。
「また、夏歩さん――」
「またね、月島くん――」
帰り道の途中、俺は彼女、夏歩のこと、向日葵畑のことを考えていた。
「――……あぁ〜、恥ずっ」
何故、あんなにもフランクに接したのか、後から考えて恥ずかしいことこの上なかった。
顔を覆うように手を当てる。しかし先ほどの行動が脳内にリフレインしていて、顔に火がつきそうだ。
「あぁ〜……もう」
彼女の言葉が脳内に反芻される。
向日葵畑にいる彼女の姿が思い浮かぶ
――もう間違いなく一目惚れ、だった。
明日の天気は晴れ模様、夏の季節に咲く華は満開見頃。
されども彼と彼女の恋の華が咲くのは当分先の話であった。