本好きの少年は釣りをする。(1)
今回は主人公の一人称視点です。
月曜日
「親父、今日は遅くなる」
俺はそう言って家を出た。
俺の名前はヴェルム。釣り師をしている。
そう、釣り師だ。漁師ではなく。
漁師っていうのは基本的に網やら仕掛けやらを使って合理的に魚を捕るやつらのことだろう。確かにそのほうが効率はいいかもしれない。儲けとかを考えるとそれも必要なのだろう。
だがそれには浪漫がない。
網や仕掛け?そんなものは邪道だ。一対一で魚と向き合い、真剣に駆け引きをする。それが魚に対しての礼儀ってもんだろ。
その点、釣りは違う。
釣りっていうのはな……
そんなとりとめのないことを考えていたら俺の前に急に少女が飛び出してきた。
危ないな、と思った矢先その少女が俺に話しかけてきた。
「あ、あの、先週は助けていただきありがとうございました」
誰だろうこの少女は。知り合いか?
いや、見たことがあるような無いような……。
「おう」
記憶にないからとりあえずそう答えた。
まあ俺は海と魚以外にはあんまし興味ないから仕方ない。
この見知らぬ少女はほっといて海に向かうか。
それから歩いて10分ほど。
海についた俺はまず浜を歩き、釣りの餌となりそうなものを探した。
俺が餌として使うものは様々だ。
浜に打ち上げられた小魚やカニ、海藻を使うこともある。
しかし今ざっと辺りを見渡してもそれらは落ちていない。
「仕方ないか」
小声でそう呟いて、俺は砂を掘り始めた。
砂の中にはミミズに似た生き物がいて、こいつを餌にすると小さい魚なんかは結構食いつくのだ。
掘り始めて30秒ほど経ち、15㎝くらい掘っただろうか。目当ての虫が出てきた。
顔には目や鼻がなく、あるには口だけ。見る人によってはかなり気持ち悪く感じるかもしれないが、俺はもう慣れた。なにせ俺が釣りをするようになってから10年は経った。そりゃあ慣れるってもんだ。
こいつを25、6匹捕まえ、釣り場を探すべく海沿いを歩いた。
さて、適当な岩場に立った俺は釣り針にミミズをひっかけ、釣り竿を垂らした。
それから5分ほどたったら、釣り竿にこつんこつんという振動が伝わってきた。
これは魚からの挨拶だ。
「今からこの餌をもらうぞ」と。そう言っているのだ。もう駆け引きは始まっている。
俺は竿を少し動かし、「取れるものなら取ってみろ、逆に獲ってやる」と挨拶を返した。
ここからが本当の駆け引きだ。
指先から感じる小さな振動から相手の気持ちを読み取る。
今か?いやまだだ。こいつは誘っていやがる。
そう簡単にいくとは思うなよ。こちとら何年もてめえらを釣ってんだ。
そういった駆け引きを続けていると相手がだんだん焦れてきているのがわかった。
こいつ、そろそろ食いつくぞ。
俺がそう思った数秒後、これまでとは少し毛色の違う振動が指に伝わるのを感じた。
思った通り、かかりやがった。
俺は勢いよく竿を引き上げた。
お前もよくやったよ。だが、相手が悪かったな。
釣り上げた魚に心の中でそっと声をかけた。
結局、釣りは忍耐なんだ。
こっちが焦れて竿を引き上げればこっちの負け。魚のほうが焦れて餌に食いついたりしたら魚の負けだ。
むろん魚は命がけでこっちは半ば趣味のようなものかもしれない。
だが、その分俺は一匹一匹に真剣に向き合う。それこそ命を懸けるように。
それが礼儀で、それが勝負だ。
だから楽しいしやめられないんだ。この感覚だけは網や仕掛けでは味わえない。
その後、17匹ほど釣り上げると気づいたらもう日が沈んでいた。もう餌もなくなった。
今日はあまり釣れなかった。だがこれ以上釣っていたら親に心配をかけてしまう。遅くなるって言ったって日が暮れるのは考え物だ。
俺は今日の釣果をかごに入れ、家に帰った。
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火曜日
俺は今日も釣りをする。
昨日は途中で餌が尽きたが今日は釣り場を変え、釣れた魚を餌にすることで何とかしようと思う。
さて、今日の釣り場についた。
今日は岩が海側に突き出ているところ、つまり岬で釣りをすることにした。
昨日に釣れた魚を、少し傷をつけてから針にひっかけた。こうすることで血の匂いが広がり、肉食の魚をおびき寄せることができるのだ。
俺は岬の先端から針を少し遠くに投げ込んだ。
15分は待っただろうか。
昨日よりも大きく、強い振動が腕に伝わってきた。
この手ごたえ、きっと50㎝はあるだろう。そしてかなり飢えた魚だ。腕に伝わる必死な振動がそれを教えてくれた。
こういう輩を相手にするときは十分注意をしなければならない。
なまじ相手に覚悟がある分、何をしでかすかわからない。
そしてなにより、胸糞が悪くなる。相手は本当の意味で命を張っていて、これが何日ぶりかのご馳走かもしれない。それを命すらかけていない俺が、相手の生への思いを利用して釣り上げるのだ。
だから最上級の敬意を払って釣り上げよう。命を懸けられない分、プライドを懸けて。
さあ、相手が食いついてきた。
餌である魚を食いちぎろうとグイグイ引っ張ってくるのが分かった。だが俺は決して放さない。たとえ相手が命を懸けていても、こっちはプライドをかけているのだ。この勝負、負けるわけにはいかない。
すると今度は相手の魚が餌を飲み込んできた。
それは悪手だ。餌を飲み込むということは釣り針を飲み込むということ。かえしがついている針は一度刺さればもう容易に抜くことはできず、吐き出そうとすればするほど深く食い込む。
勝った。そう確信したとき、竿が急にしなり手から放れそうになった。
一度頭を振り、気合を入れなおす。
俺は今油断していた。相手が命を懸けているというのに。
何がプライドを懸ける、だ。心で思っていたってそれは行動に移さないと意味がない。
俺は口だけの人間なのか?
違う。
思うだけで何もしない人間なのか?
違う!
ならば、それを証明しようではないか。この魚を釣り上げることによって!
依然こやつは抵抗をしている。手負いの獣は一筋縄ではいかないものだ。
竿がしなり、いまにも手から放れていきそうだ。
だが俺は、絶対に放さない。全身全霊をかけて引き上げる。
「おぉぉぉぉぉぉぉ」
うめきにも聞こえる声が、俺の口から洩れていた。
相手の力も一層強くなる。きっとこれが人生最大の勝負だと理解したのだろう。まさしく死力を尽くした最後の力だ。
押し寄せる波。
ほとばしる汗。
俺は歯を食いしばりそして、一気に引き上げた。
そうして水面から姿を現したのは60㎝超えの大物だった。
その後も40㎝超えの魚を6匹釣り上げ50㎝程の魚を一匹釣り上げた後、今日はもうやめにした。
やりたいことがあったのだ。
それは……
「おい兄ちゃん、なんかようか?漁なら今日はもう終わったよ?」
俺は漁師の家に来ていた。
今日感じたのだ。
相手から命を奪うんだ。相手と同じ土俵にいなけりゃそれは一方的な虐殺だ。
「親父、船を借りたい」
俺も海に出たい。そこで、相手と対等な一対一の勝負がしたい。
だから俺は、海に出ようと思う。
「ああ、別に小さい船を貸すくらいなら構わないさ。だがそれじゃあこちらに利益がない。あんたは何をしてくれるんだ?」
「そうだな…じゃあ、明日釣れた魚の半分をあんたに渡す。いい取引じゃあないか?」
そう言うと、漁師の親父は少し考え込んだ後訊ねてきた。
「確かにそれはこっちにも利益がある話だ。だがそれは釣れればの話だろう?あんたがどの程度の腕前かは知らないが、いくら船を貸したって釣れないんじゃあ意味がない。こっちだって船を遊ばせていられるほど楽な暮らしじゃあないんだ」
なるほど、親父の言うことは正しい。俺がどの程度釣れるか知らないんじゃあ船を任せることはできないだろうな。
俺はそう考え、今日の釣果を見せた。
「これが今日釣れた魚だ。大きいのは70㎝くらいあるだろう」
「お前さん、これどこで釣ったんだ?ここいらじゃ沖に出なけりゃこの大きさのはいねぇはずだ。だが船がないってことは沖じゃないんだろう?どこだ、どこで釣った?」
「なに、ちょっと言ったとこにある岬だよ。餌は小魚さ。それがどうかしたのか」
そう答えると、親父は何やらぶつぶつ呟いたあと俺に返答した。
「よし、決めた。いいぜ、船貸してやるよ。お前さんには魚を釣り上げる技術も、大物を引き当てる運もあるようだ。それじゃああんたが今持ってる竿じゃあ心もとないだろう。これを貸してやるよ」
そう言って親父は家の奥のほうから竿を引っ張り出してきた。
「これはよくしなる鉄と銅の合金の竿にグランドキャタピラーの吐いた強靭な糸を使ってある。こいつにかかればかなりの大物でもいい勝負ができると思うぜ、人食い鮫でもなけりゃあな。まあそれも、お前さんの腕次第だ
「なんで見ず知らずの俺にそうまでしてくれるんだ?」
なにか親切にされると裏があるのではと疑ってしまうのは俺の悪い癖かもしれない。
しかし、俺は海で命のやり取りをした奴じゃないと信用できないんだ。
人間は嘘をつく生き物だ。
嘘をつき、騙し、裏切る。卑怯な生き物だ。
だから俺は海が好きなのかもしれない。海は嘘をつかないからな。
「特に理由なんざねえよ。ただまあ、最近の若い者はな、海を金稼ぎの場かなんかだと考えていやがる。海と正面から向き合っていないんだ。その点、お前さんは違いそうだ。なんというかな、感じるんだよ。海を愛し、海に愛されている匂いをな。まあ、そういう奴に限って早死にする。お前さんはそうじゃないといいがな」
親父は最後にそう言い残し、家の奥へと帰っていった。
釣りはやったことがないので、色々と間違っているところもあるかもしれませんが、そこは「異世界だから」ということで勘弁してください。
今回からPCで執筆しています。
インデントがちゃんとできていることを願います。