本好きの青年は転生をした。
拙い文章ですが、よろしけばお読みください。
「さて、これからあなたは異世界に転生するわけなんですが、何か望む力はございますか。」
そんな声を聞いて彼が辺りを見渡すとそこにいたのは白い髪の綺麗な女性でした。
白い髪。白い肌。緑の瞳。
おおよそこの世のものとは思えない美貌を持った女性でした。
ただただ真っ白な、美しい世界。
そんな世界のとけ込んでしまいそうなほど、その女性は白く、美しい。
それもそうかもしれません。
だってここは、「この世」ではないのですから。
そんな女性の問いかけに、彼は悩むことなくこう答えました。
「女神様、僕は………
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高嶋真琴
彼は、本が好きでした。大好きでした。
遡れば幼稚園の頃からだったでしょう。
母親に字を教えて貰いながら、家中の本を読みました。
決して裕福というわけでもなく、かといって貧しいわけでもなかった真琴の家は、それなりに多くの本が置いてありました。
幼稚園児らしい、教訓めいた絵本や勇者が冒険に出る本など、たくさんの種類がありました。
そんな子供が少年になり、そして青年になっても、その本好きは変わりませんでした。
ファンタジーやSF、伝記やミステリー、中には論説文や論文まで。彼が読んだ本は多岐にわたりました。
一日中本を読み、それこそ寝る間も惜しんで読書をしていた彼は、文系の成績はとてつもなく良く、数学に関しての本も読んでいたため、そんなに勉強をしないでもテストは高得点が取れました。
まあ、その本好きのせいでほとんど友達はいなかったのですが。
彼は本から色んなことを学び、色んなものを吸収しました。
そんな彼には、ある特技がありました。
それは、本の登場人物になりきることです。
冒険小説の主人公の冒険者。
歴史小説の登場人物の参謀。
SF小説の作中人物の研究者。
彼は読んだ本のキャラクターに憧れを抱き、少しでもその人物に近付こうと頑張りました。
その結果、彼には『自分』というものがわからなくなってしまいました。
今の『自分』の性格はさっき読んだ本のキャラクターだな。
今の『自分』の言動はこの前読んで感動した本の主人公だな。
彼は自分が誰だかわからなくなってしまいました。
コロコロ変わる性格。
コロコロ変わる言動。
コロコロ変わる表情。
そんな彼との距離の取り方がわからなくて、彼から周囲の人間は離れて行きました。
また、彼もあまり言葉を発しなくなりました。
それは、所謂「中二病」というやつだったのかもしれません。
もしくは、何らかの精神疾患だったのかもしれません。
彼が高校生となり、そして交通事故で死んでしまっても、それは変わりませんでした。
主人公が痛みを感じなくなってしまう物語。
彼が居眠り運転のトラックに轢かれた時は、そんな物語を読んでいた時でした。
本に熱中して気付くのが遅くなったのも原因の1つだったのでしょうか。
しかし彼は、トラックに轢かれて全身がぐちゃぐちゃになってしまっても、痛みを感じることはありませんでした。
なぜなら、痛みを感じない主人公の物語を読んでいたからです。
主人公が痛みを感じないなら自分だって感じない。
それは一種の思い込みだったのかもしれませんが、彼の中では確かに事実でした。
痛みを感じなかった真琴青年。
彼がだんだん薄れる意識の中で、最後に思ったのは、
「もう本は読めないのかな。もっと読みたかった。」
ということでした。
そうして死んだ真琴青年。
彼がふと気がつくと、真っ白な世界にぽつんと存在していました。
白、白、白。
あまりにも白いその世界は、その白さゆえに天と地の境すらわからない。そんな世界でした。
「さて、これからあなたは異世界に転生するわけなんですが、何か望む力はございますか。」
そんな声を聞いて彼が辺りを見渡すとそこにいたのは白い髪の綺麗な女性でした。
白い髪。白い肌。緑の瞳。
おおよそこの世のものとは思えない美貌を持った女性でした。
ただただ真っ白な、美しい世界。
そんな世界のとけ込んでしまいそうなほど、その女性は白く、美しい。
それもそうかもしれません。
だってここは、「この世」ではないのですから。
そんな女性の問いかけに、彼は悩むことなくこう答えました。
「女神様、僕は本を読みたいです。どんな本でも構いません。とにかく本を読みたいんです。」
「そうですか。しかし良いのですか?これからあなたを転生させるのは剣と魔法の世界。ただ生きるのにすら危険が伴います。あなたが望めば膨大な魔力でも誰にも負けない剣術でも何でも手に入れられるのですよ。」
彼は少し考えたあと、また答えました。
「膨大な魔力や誰にも負けない剣術。それらは確かに得難い力でしょう。ですがそんな力を持った人が出てくる物語を読めば、その気分は味わえます。ですので、僕は本さえ読めればいいんです。」
そして彼は続けました。
「それにしても、どうして異世界に転生することになっているのですか?人は死んでらみんな異世界に転生するんですか?」
そう疑問を呈した彼に、女神様は微笑みながら答えます。
「あなたは選ばれたのです。実は、あなたが転生する異世界は、魔王と呼ばれる存在によって人類がかなり危険な状態にあります。ですので、あなたにはその世界を救っていただきたいのです。」
その答えを聞いて、真琴青年は笑みを綻ばせました。
実は彼は、そういった王道ファンタジーものも大好物だったのです。
「生まれて10年ほどは、この使命を思い出すことはないでしょう。異世界に魂を定着させるにはそれぐらいの時間がかかりますから。それと、元の世界の記憶はもう戻らないと考えてください。世界のバランスが崩れてしまいますから。」
そして女神様は続けます。
「あなたは本を読みたいと言っていましたね。でしたら、その世界のどんな言語でも容易に習得できる力を授けます。では、新しい世界、頑張って救ってください。魔王はあなたが思っている以上に強いでしょう。ですので、十分以上に研鑽してくださいね。いってらっしゃい。」
その言葉を最後に、真琴青年の魂は光に包まれ、そしてどこかへ行ってしまいました。
魂が異世界に飛んだのを確認した後、女神様は呟きました。
「あれはダメね。あんな木偶の坊じゃあ魔王なんて倒せない。もう記憶は完全に消去でいいわね。思い出させる必要もない。新しい人を召喚しなきゃ。」
そうして女神様は気合を入れました。
「たくっ。とんだ力の無駄遣いでした。たとえしょぼい力だとしても、それを授けるには相応のエネルギーが必要ですから。さて、次はどんな人を召喚しましょうかね。」
そういって女神様はどこからともなく水晶玉を取り出すと、それを操作します。
すると、その水晶玉に写っているトラックの運転手が居眠りを始めてしまいました。
またしても起こる交通事故。
またしても消えてしまう命。
またしても現れた無垢な魂。
きちんと作用した魔法の効果に満足した女神様は、微笑みながら言葉を紡いでいきます。
「さて、これからあなたは異世界に転生するわけなんですが………
その言葉は有無を言わせず、決定事項を告げる淡々としたものでした。まるでただの事後報告のように。
もしこの光景を見た第三者がいたとしたら、これはなんの茶番だ、と呻いていたかもしれません。
なぜなら、この光景は先ほどとほとんど同じでしたから。
さあ、本日二回目の上映会です。
登場人物は美しき女神様と無垢な魂。
心優しい女神様は無垢な魂に取引を持ちかけます。
選ばれし者のあなたには特別な力を与えます。ですからどうか魔王を倒して世界を救ってください、と。
それなりの力はあげるから、馬車馬のごとく働け、と。
この物語は腹黒女神が利用した、馬鹿な魂の喜劇です。
そこのあなた、どうぞ見ていきなさいな。笑い転げること間違いなしの喜劇だよ。
見なきゃ損だよお兄さん。
そこの彼女もご覧なさい。
みんなでゲラゲラ笑いましょう。
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とある港町の、商人の家にて。
「親父、今日は遅くなる。」
ぶっきらぼうにそう言い放ったのは10歳ほどの少年。
その少年の名前はヴェルム・チャップマン。
本好きの少年。
「今週はそんな性格かよ、ったくもう少し扱い易い性格がよかったぜ。先週はかなり孝行息子然とした性格だったから落差が酷いぜ。今後は読ませる本も選ばせようかな。」
30代後半に見える、商人風の男が言いました。
「でもまあいいじゃないですか。あれも個性ですよ。それに、この前腕利きの商人本を読ませた時はあなただって交渉に勝てなかったじゃないでしょう?あの子には、色々な本を読んで、色々なことを学んでもらいましょう。」
今度発言したのは、これまた30代後半のいかにも優しそうな女性でした。
「だったらずっと腕利きの商人の本ばっか読んでくれればいいのによぅ。いや、それはちっと嫌だな。」
商人風の男は苦笑しながら言いました。
「すいません。チャップマン商会はここですか。」
「はいそうです。ご用件をお伺いいたします。」
まるで人が変わったかのように丁寧になった商会風の男。
この面の皮の厚さ、さすが商人です。
さて、自分が出て行った後にそんな会話がされているとは知らず、ヴェルム少年はどんどん歩いていきます。
ボサボサの頭とくたびれた服。そして右手には釣竿を持って歩いていきます。
そんな彼を見て、町の人は噂します。
「今週は釣り人か。よくやるもんだぜ。」
「先週の王子様風のとの違いがすごいな。」
「ちょっと前にピエロになってた時があったが、ありゃあ最高だったな。」
「ああ、この町の本書きはチャップマン商会んとこの小僧に登場人物を真似されるかっていうのが登竜門になってる節があるしな。」
なんだかんだで、ヴェルム少年は街に受け入れられているようでした。
「あ、あの、先週は助けていただきありがとうございました。」
なにやら頬を赤らめた少女がヴェルム少年に話しかけました。
しかし、ヴェルム少年はぶっきらぼうに
「おう。」
と言っただけでした。そしてまた海の方へ歩いていきます。
取り残された少女は不思議な顔をして固まってしまいました。
そんな少女に町の人は話しかけます。
「無駄だぜ嬢ちゃん。先週はどうだったか知らないが、多分今週のヴェルムは態度が悪いと思うぞ。」
「えっと…どういうことですか?」
「お前さん聞いたことはないか?一週間ごとに性格も言動も能力さえ変わっちまう変なガキの話を。」
「聞いた話によると、読んだ本に影響されてああなるらしいぞ。」
「変な奴だな。」
「まったくだ。」
そんな噂の彼が、異世界からの転生者であることは、町の誰も知りません。
というか、ヴェルム少年自身も知りません。
なぜなら、10歳になった今も記憶が戻っていないからです。
それは神の偶然か何かの運命か。
はたまた女神の意地悪でしょうか。
自分でもそうとは知らない異世界人の少年は、今日も今日とて生きていきます。
たくさんの本を読みながら。
読んだ本に影響されながら。
さて、彼はどんな一週間を過ごすのでしょうか。
彼は次にどんな本を読むんでしょうか。
そしてどんな性格になり、どんな能力を得るのでしょうか。
それは誰にもーーー彼にさえーーーわかりません。
いかがだったでしょうか。
どんな内容でも励みになるので、感想等是非お願いします。
この前投稿した別のシリーズでは一人称で「だ・である調」で書きましたが、このシリーズは三人称「です・ます調」で書いてみました。今後変更があるかもしれないです。
他にも書きたいシリーズがあるので、次話を投稿するのはかなり先になるかもしれません。