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後々のニュースで流れてきたが、木下は全身不随にはなったものの命は取り留めたようだ。
今回の件が一息つき、漸く暇を持て余す日々が返ってきた。
夕方からは莉子もくる。
さて、それまでどうやってこの暇を凌いだものか。
6畳間で広げた新聞をポイと部屋の隅に投げやり、ゴロゴロと寝転がって天井を眺める。
ふと牛鬼や篠原の顔が脳裏に過った。
あれから篠原は目を覚まし、生気のない様子で家へと帰っていった。
業を喰われた人間の末路は何通りかあるものの、篠原の場合は随分と幸運であったようだ。
いや、あの男からしてそれが幸運なのかどうかまではわからないが。
業とは運命や宿命のことを俗にいうが、つまりは人生のことであり、人生で成すだろうすべてのことを指す。
それを喰われるということは寿命を喰われるものに等しい。
しかし何故篠原はそこまで憎んだ木下の復讐後あんな様子であったのか。
確かに今までこの店を訪れ、望みを叶えてきた人間の様子や行く末を多く見てきて、篠原のような者も多く見てきた。
しかし今回ばかりは何か胸に引っかかるような、何か見落としているようなそんな気がしてならない。
そんなことを考えていると、滅多になることのない携帯の着信音が聞こえてきた。
それこそ年に数えるくらいしか使わないためレジに置きっぱなしであったのに、よく充電が切れてなかったものだと思いながら重い腰を上げて手にとった途端着信音が止んだ。
履歴を見てみるとクソガキという名で表示されている。
朝比奈の知るクソガキとは日向以外いない。
携帯が鳴るのは実家のややこしい話か莉子以外初めてである。
掛けなおすと日向はすぐに出た。
「あ、叔父さんいたんだ」
「どうした、お前が珍しい」
すると日向は少し躊躇うようにして「それがね」と続けた。
「さっき莉子さんに教えてもらったパスタ屋にいって今その帰りなんだけど、なんか広い家の塀に変なのがいてちょっと気になって」
「変なの?」
そういえば日向も少しだけ見える体質であったことを忘れていた。
「狐なのか鼬なのかわかんないんだけど、そんな感じの動物が赤く燃えながら上に連なってるっていうか、そんな感じ」
ふとその時、日向の家からの帰路で莉子が足を止めてどこかを見ていたことを思い出した。
「それってお前のマンションと駅の間くらいの場所か?」
「え、うん。そうだけど・・・」
その時朝比奈の中で燻っていた点が線としてつながった。
「その家の表札見れるか?」
「表札というか、この前ここらであった事件の被害者?らしくてまだ記者とかがたくさんいるみたい・・・」
「やっぱりな」
「え?」
「まぁ、気にするな。なるようになる」
「気になるから電話かけたっていうのに!」
「そんなことよりもお前、渡したアレは使えそうなのか?」
話を変えるためにワザとそう言ってやると、日向はすぐに突っかかってきた。
そうしてしばらくして電話を切ると、店の電話から履歴を辿り、篠原へと掛ける。
掛けては留守番電話へと繋がり、切っては掛ける。と3度繰り返したところあちらから電話がかかってきた。
「なんですか、しつこくて眠れません」
「もう昼過ぎだぞ」
どうやら会社にはいってないようだ。
やめたのかそうでないのかまでは知ったことではないが。
「何か御用ですか」
声色から警戒の色が見える。
「単刀直入にいう。今夜にでも木下の家が燃える」
「は?なんでそんなことがわかるんです」
「わかるんだよ。俺は鬼貸だからな」
わざわざ素人への説明が面倒だったため適当に言っておいたが、鬼を召喚した男ならそれをわかってもおかしくないと勝手に思い込むかもしれない。
「だからってなんで一々電話を?助けろと?」
「別に意味はない。ただ知っておいたほうがいいとと思ってな。それだけだ」
そう言って一方的に電話を切った。
日向からの電話がなかったのならば、俺も知らずにただ不審火で木下の家が燃えたことを後に知った、で終わっていただろう。
しかしその家が火事になるということを事前に知ってしまったのも業である。
そして業を支払い、復讐を成した男にもそれを知っておく必要があるものであろう。
翌朝新聞の一面を飾った火事騒動があった。
出火原因はわかっておらず、此度の事件の被害者宅が全焼したという不幸である。
しかも火の手が上がったのは家族が寝静まった深夜。
未だ入院している木下がそれを知らされたのは家が全焼した後であったらしい。
けれども幸運なことにまだ5か月の赤ん坊を含めた4人は無事脱出できた。それは火の手を察知した中年男性が助けてくれたとのこと。
しかし4人を助け出した中年男性の行方は不明。
もしかすると家からの脱出が遅れたのかもしれないと書かれてあり、夕刊には火事跡からその男性と思われる遺体が見つかったそうである。
木下の長男(6)は「鬼のおじさんが助けてくれた」と証言しているらしく、河川敷の事件と何かしら関係のあった人物ではないかという捜査が進められている。
「薫さん?」
呼ばれてどこかへと浮遊していた意識が現実へと戻った。
夕方に訪れた莉子が晩御飯を作ってくれて、今食後のコーヒーを楽しんでいるところであった。
珍しく広げていた新聞を覗き込んできた莉子がその記事を呼んで悲しそうな表情を浮かべた。
「そんな顔するな。篠原が自分で選んだことだ」
「そうじゃなくて」莉子は朝比奈に頭を振って見せた。
「私日向君の家にいった帰りにテンを見てたの」
テン、それは鼬が長い歳月を経て魔力を持ったものである。
それが家に梯子上に連なっているとその家で火事が起きると言われている。
きっと莉子が見た時はまだ連なっていたわけではないのかもしれない。
「知ってる。まぁ、知ったのは昨日だけどな。俺はそれを篠原に言った。で、こうなったわけだ」
篠原は結局自分の復讐という業に自らが飲まれたような結果になったわけだ。
それだけ情深い男だったのだろう。
憎しみから復讐を決意したのも関わらず、その相手の家族を助け出すなど俺には理解できん話だ。
「そうだ、クソガキが莉子の教えてやったパスタ屋おいしかったって言ってたぞ」
思うよりもお互いの都合で会えないのに、こんな話をしておくのは勿体ない。
不器用に話を変えた朝比奈に利子は少し微笑みながら応えた。




