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鬼貸し  作者: 諷
6/12



黒のジャケットの中には無地の白Tシャツ、黒のパンツという珍しく長着姿ではない朝比奈は莉子と電車に揺られていた。


家から一歩も出たがらない朝比奈がなんの風の吹き回しか、日曜に都市の方へ出かけようと誘いだしたのである。


その言葉に莉子自身もとても驚いたが、ただの気まぐれでも、何か考えがあってでもうれしいことに変わりはなかった。


都市部へとついたのが昼前であり、珍しく早起きであったためか電車の中で眠ってしまっていた朝比奈はまだ覚めぬ目を擦りながら街中へと出た。


とりあえず昼飯にしようと言い出したのはやはり朝比奈である。


莉子が食べたいものの店でいいというのもいつも通りで、彼女の要望に従ってパスタ屋へと向かうことにした。


どうやら彼女は都心部へと行くと唐突に一昨日連絡があり、朝比奈が莉子の好きな昼食になるとまで把握していたため、予め店を調べておいたようだ。


駅からしばらく歩き、ガヤガヤとうるさい通りから抜け出した先はまるで違う街のように静かなところであった。


その入り組んだ先にある隠された一件のパスタ専門店。


女にしては地理、そして方向感覚に優れすぎていてそこが可愛げのないところでもあると朝比奈はよくよく思っていたが、自分があまり地理に詳しくないため助かってはいるのも事実であった。



「どうして今日珍しく外に?」



莉子はバジルクリームソースがたっぷりかかったパスタを食べ始め、焼き茄子を一口齧ったあとに尋ねた。


昼から赤ワインを頼んだ朝比奈はペペロンチーノをワインで流し込み、口を拭いてから少し考えるような素振りを見せた。


いつも何事もスバリと答える朝比奈がこうやって言葉を渋らせるのは珍しい。



「まぁ、このあとついてくればわかる」



そう彼が言うのだから何か考えがあるのだろう、程度に莉子は頷いた。


細い体のどこに入るのか。贅沢パスタコース(食後に珈琲or紅茶とドルチェ付き)の大盛りのパスタを頼んだ後くせにまだガーリックトーストを食べた莉子だ。


最近年で腹が出てきたのを気にしている自分とは違って身についてないのがうらやましく思える。


満足いくまで食べたらしい莉子がお手洗いといって席を立っている間にカード支払いで済ませ、彼女が帰ってくると漸く今回の目的へと足を向けた。


静かな通りから再び賑やかな駅前へと戻り、徒歩20分程度。目的地の近くのコンビニへと寄る朝比奈は莉子に「すぐ戻るから待ってろ」とコンビニ前で待たせては。本当にものの3分程度で出てきた。


そうしてついたのは割と新しい風が前の5階建てのマンションであった。


そこで漸く莉子は今日朝比奈がここへと繰り出そうと言った真意を理解した。


今年に入ってこの地域へ一人暮らしを始めた従姉妹の様子を見に来たのである。


きっとあの事件を見て、何があるかわからない世の中会える時に顔を見に来てやろうという気まぐれなのだろう。


しかし素直でない朝比奈がそれを目的に都会へと莉子を誘うのは躊躇われたに違いない。


優しいところもある癖にそれを素直に表現できないそんな困った男に莉子は苦笑した。


そんな莉子に気が付いた朝比奈はムッとむくれたような表情を浮かべ「笑うなよ」と苦し紛れにそうつぶやいた。




207号室。


チャイムを鳴らすとしばらくして扉があいた。



「あ!莉子さんもいらっしゃったんですか!」



莉子の姿を捉えた瞬間そう嬉しそうに言ったのが朝比奈のいとこ。片岡日向かたおかひなた


奇術の才が稀に見られる朝比奈家と代々婚姻関係にあった夕凪家の仕来りを破って駆け落ちした伯母(朝比奈母の姉)の子供がこいつである。


惜しくも綺麗な母親の遺伝はあまり受け継がなかったらしく、どこにでもいるような年頃の大学生で高校卒業したら染めると言っていた短い髪は少し明るめの茶色になっていた。


女が羨ましがるような大きな瞳と肌の白さだけは母親似なのだろう。



「はぁ、疲れた疲れた」



そう言いながら朝比奈はまるで自分の家のように靴を無造作に脱ぎ散らかした。


そうして一人勝手に上がって全部の部屋を見渡していった。


そんな叔父を見ていつものことのように靴を並べた日向は「どうぞ、莉子さん上がってください。ケーキ用意してあるんで」と愛想よく笑った。



「もう叔父さん!子供じゃないんだから座った座った!」



そんな日向の言葉を聞く朝比奈では勿論ないが「薫さん、日向君が困ってるんだから大人しく座ったら?」との莉子の言葉でまるで飼いならされた犬のように大人しくリビングにあるソファーへと座った。


そんな朝比奈と莉子の仲の良さを見て少しだけ羨ましくなった日向であったが、朝比奈が来るという連絡をよこした時に莉子も連れてくるという予想はしていたため、ケーキを3人分買っておいた自分を褒めながらインスタントコーヒーとケーキを用意した。


学生の一人暮らしのマンションにしては思ったよりも広い。


これでキッチンがもう少し広くて、バストイレが別だったら自分もここに住みたいと思えるほどである。


日当たりも良い。



「この家、一葉が見つけてきたのか?」



片岡一葉かたおかかずは。日向の母である。



「ん?そうだよ」



キッチンでまだ用意をしている日向の声が返ってきた。



「なるほどな」



何がなるほどなのか日向にはまったくわからなかったし、正直叔父の言葉なんて結構どうでもよいのでそれ以上は詮索しない。


一方朝比奈が部屋を一通り見回ったのにはワケがあった。


なるほど、の意味に関しては莉子の副業にもなることであるため理解していた。



「間取りも悪くない、良い母親を持って幸せもんだなお前は」



きっと一葉は日向のために方位学的にも風水的にも最善で、大学に近いマンションを見つけに苦労したに違いない。


尚且つ広く日当たりも良い。


そして美人で優しくお淑やかとなればこれに勝る母は世間にそうそういたものではない。


姉妹であるにも関わらず何故自分の母とこうも出来が違うのか、交換してほしいところだ。と口の中で呟いたと同時に日向がケーキを運んできた。



「なんの話かわかんないけど、突然なんでこんなところまで出てこようと思ったの叔父さん」



目の前のテーブルに並べられたケーキは各自好きなケーキである配慮はまた一葉にそっくりである。



「お前は名前もそうだが見た目もやることも女みてぇだな」


「はぁ?わざわざケーキまで出してもてなしてやったいとこへの礼がそれ?」


まったく、と自分の好物であるモンブランを一口食べた日向はちらりと莉子を盗み見た。


しかし莉子としっかり視線が合い、一瞬気まずくなったがいちごタルトを頬張る莉子は「ありがと、日向君」とほほ笑んだ。



「もうまじ莉子さんって天使だよなぁ・・・叔父さんにはまじで勿体ねえわー」


「うるせぇぞ日向。どこが勿体ないっつーんだよ」



最後にショートケーキと珈琲を交互に食べて飲む朝比奈が間入れず言った。



「全部だよぜーーーんぶ!もっといい男いるはずなのに。よりによってなんでこんな・・・」


「お前叔父に大して・・・」



二人が会えばこの子供みたいなやり取りはお約束である。


精神年齢が同じなのか、はたまた波長が合うのか。


理解者の少ない朝比奈に日向のような子がいてくれて莉子は内心安心であった。

朝比奈に真っ向からこう意見できる人は少ない。


そしてその意見を朝比奈が受け入れようとする人はもっと少ない。



「もう薫さん。今日は日向君の顔を見に来たのに喧嘩してどうするの」



莉子の言葉に二人は同時に言葉を引っ込め、両者とも莉子を見た。


一方は苦虫を潰したような顔で、一方は驚きを隠せないように。



「え?まさかー!叔父さんに限ってそんなことないでしょー。どうせ金が足りんから金かせ、とか。買い物いくの面倒だから代わりに買ってこいとか」



と冗談を言ってみるものの、ここまで来ておいてそんなことはないとちゃんと知っていた。



「従姉妹のガキの進学祝いがまだだったからな。今日は叔父様らしくそのクソガキに大人の威厳を示しにきたってわけだ。わかったか!クソガキ!」



開き直った朝比奈はそう言って茶封筒を日向へと放った。


それは日向の顔面に直撃して膝へと落ちる。


日向は朝比奈を一睨みしてその封筒の中身を確認したあと朝比奈の顔を見、そしてまた茶封筒を見た。



「え?なにこれ」


「祝いで何やったらいいのかなんてわかんねえからな」


「え、毎日のように俺のバイト代に集ってた叔父さんがこんな大金出しちゃって大丈夫なの?店倒産!?飢え死ぬの!?」


「んなわけあるか!俺だってそこそこ持ってるんだよ。有り難くもらっとけ」


「こんな大金俺には受け取れない・・・なんていうと思ったか!返せっつたって返さねえからな!」


「おい莉子。なんでこいつこんなに一葉に似ず憎たらしいんだ・・・」



そんな二人に莉子は「いいコンビじゃない」と笑った。






そうして本当に進学祝いと顔を見に来ただけであった朝比奈と莉子はしばらく居座って近況を話し合った後に暗くなる前に帰路につくことにした。


二人を見送るためにマンションのロビーまで出てきた日向。



「まぁ・・・なに?その・・今日はありがとね。叔父さん、莉子さん」


「こちらこそ、ケーキ御馳走さま。日向君。また薫さんとくるね」



頭を掻きながら恥ずかしそうにいった日向に相変わらず微笑んで礼を返した莉子。



「ああ、そうだそうだ。これ渡すの忘れてたな」



朝比奈はポケットから小さな紙袋を取り出して日向へと渡した。


「そろそろ大人にならないとな。家帰ってから見ろよ」とそう耳打ちをして。


「んじゃ、そろそろ行くわ。また気が向いたらくる。元気にしてろよ」



そう言って朝比奈はマンションを出た。


二人がマンションを出てしばらくせずに「なんじゃこりゃーーーーー!くそ叔父死ねーーーーーー!」という絶叫が聞こえてきた。


隣でくつくつと笑う朝比奈に怪訝に思った莉子が尋ねる。



「一体なに渡したの?」


「ん?まぁ、次あった時にでも聞いてみろよ」



莉子に聞かれた日向の顔が楽しみだ。


そう口の中で呟いた朝比奈の笑いはしばらく止まらなかった。




行きの道は少し迷ったが帰りとなれば楽なものである。


日が暮れてきたため帰路を急ぐ。


夜になると余計なものまで増え初めて、朝比奈はともあれ莉子の目にはよくない。


徒歩20分の駅までの道を少し話しては沈黙し、沈黙しては思いついたように何かを話していたがふと莉子が足を止めた。



「どうかしたか?」



遠くに目を凝らしている莉子を怪訝に思った朝比奈が声をかけると、ハッとした表情で顔に笑みを張り付けた。



「あ、うーん。気のせいみたい。いこう」



何か悪い気でも感じたのか。


朝比奈は彼女の見た方向を見てみるものの、丁度夕陽と被って見えづらい。


まぁ、いいか。と歩を進めだした彼女の足取りに合わせて隣を歩いた。








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