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中年男と入れ替わりに小柄な女性が店に入ってきた。
ベージュ基調の服を清楚に着こなしセミロングの茶色の髪を耳に掛け直して店を見渡す。
店の中に店主がいないことを知るとゆったりとした歩調で6畳間の暖簾を押して中を覗く。
6畳間の奥に開かれた襖の更に奥で煙管を吹かしている店主を見つけると「お邪魔します」と小さく一言6畳間へと上がった。
「かーおるさん!」
奥の部屋へと顔を覗かせた女性に背から名前を呼ばれた朝比奈は、面食らい振り返ると自分の知っている顔を確認して破顔した。
「なんだ、莉子か。驚かせるなよ」
「えへへ」と笑った女性―四月一日莉子は朝比奈の前の茶舞台にある二つの湯呑をみて小首を傾げた。
「さっきの男の人は‘お客さん’?」
「ああ」
朝比奈は懐に仕舞っていたあの玉を莉子へと見せた。
莉子は少し悲しげに目を伏せたあと思い出したかのように「あ!」と声を出し、持ってきていた紙袋を朝比奈へと差し出す。
「これ!どうせ朝から何も食べてないんでしょう?」
紙袋の中にはお惣菜やら和菓子やらが入っていた。
「悪いな、気を遣わせて」
「もう慣れっこだよ!‘昔’から薫さんはそうだったし!」
「そうだな」
そうほほ笑んで立ち上がった朝比奈に倣い莉子も立ち上がると「私もお昼まだだからなんか作るね」と我先に台所へと向かってしまった。
そんな彼女の背を見て、朝比奈は再び破顔したあと目を伏せた。
八月一日莉子とはとても不思議な仲である。
遠い昔から知り合いである二人が共に過ごしてきた時間は長い。
その為お互いに距離は図りかねていた。
朝比奈は懐にあの玉を戻し、湯呑を片付けるために台所へと向かうとトントンと包丁がまな板を叩く規則的な音がなんとも心地よく鼓膜に響いた。
「そういえば莉子」
洗い物を置いて食卓の椅子へと腰掛け彼女の背へと声をかける。
「こんな時間にくるなんて珍しいが、どうかしたのか?」
彼女が朝比奈の家に訪ねてくるのは決まって仕事の終わった夜か、休日でも夕方である。
野菜を切り終えたのか包丁の音が止み、代わりに野菜をたくさん入れた鍋がグツグツと煮える音が聞こえ始めた。
「今日はちょっとあっちの仕事があってね。新築購入を検討の相談でね」
莉子は生まれ持ったの強い霊感を活かして副業で霊媒師をしていた。
大っぴらに活動しているわけではないため、口コミでたまに依頼が入る程度であったがそれでも人々の役に立てればとたまにこうして依頼を受けている。
霊媒師といっても能力の高さは人それぞれであるが、彼女の場合は何代か前の前世の能力が強く影響されているらしく、悪霊など以外にも見てはいけないものまで見えてしまうため、危険も伴う不運な体質でもある。
「なるほど」
「そういえばお客さん今日はお話だけして帰らせたの?」
「ああ、まだ望みを叶えるには早い」
朝比奈の言葉に莉子が料理をする手を止めて怪訝そうに振り返る。
「ちょっとあとでその話聞かせてくれない?」
「あとと言わずに作ってる間にでも話そうか?」
莉子はその裁判騒動を知っていたらしい。
世間も犯人が黒だと確信した中での逆転判決だったようだ。
今もまだ署名が集まっているらしいが、最高裁判所の判決はおそらく永遠にその判決を覆すことはないだろう。
「お気の毒な話ね。でも薫さんの言った意味がわかった気がしたわ」
「おっさんの望みを叶えるかどうかは犯人の業の深さ次第ってことだ」
カチリ、とコンロを止める音がなり莉子は出来上がった料理を皿に盛り始める。
基本彼女の作る料理は朝比奈の好みに合わせた和食になることが多い。
清楚で美人、料理も掃除も上手で人あたりもよく面倒見もよい。そんな彼女は朝比奈には勿体ないし、彼女と何度か面識のあるいとこにもそういわれたことがあった。
食卓へと並んだ久しぶりの温かいご飯に朝比奈は嬉しそうにほほ笑み、箸を取る前に「いただきます」と手を合わせた。
「どうぞ、召し上がれ」と莉子も微笑み、向かいの席で彼女も箸を進め始める。
「犯人の業の有りどころによっては俺の出番はないかもな。いや、そうであってほしいところだが・・・」
そういい味噌汁を啜った朝比奈に莉子は困ったように小首を傾げて「ご飯の時くらい難しい話はよしましょ」と言った。
「そうだな」
彼女の言う通り、こんなに温かい食卓は久しいのにそんな話題を出すのは不躾だったと反省し世間話へと切り替えた。




