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そこは6畳間と同じ新しい畳が敷かれた部屋で、手前には漆で塗られた美しい茶舞台と美しい金糸で模様が紡がれた座布団があり、奥には不自然に白い幕で仕切られていて向こう側が見えない。
四方を見渡す男を座るように促すと朝比奈は一言かけて6畳間の方へと戻り、お茶をもって戻ってきた。
朝比奈も男と向かい合って座り「では話を聞きましょうか」と切り出した。
ズズっとお茶を啜った朝比奈に男はどこから切り出していいのかわからないように視線を彷徨わせ、真似るようにお茶を啜ってから一息吐くと「私は」とやっと
言葉にした。
「妻を早くに亡くして幼い娘を一人で育ててきました。勿論仕事も家事も真面目にこなして、母親がいないけれど出来るだけ他の子と同じように不自由のないようにと勤めてきました。
娘はとてもしっかりしたいい子に育ったし、あまり我が儘も言わず自分の出来ることはなんでもする出来た子でした。
生きていれば・・・この春に大学進学するはずだったのに・・・」
中年男は懐かしむように目を伏せた。
朝比奈は何も言わずに腕を組み、沈黙を守る。
「御存知でしょう?最近新聞一面になった裁判の結果を」
「ああ、すまない。俺はニュースを見ないんだ」
自慢にもならないことをきっぱり傲慢に言い、説明を求めた朝比奈に中年男は「そうですか」と残念そうにつぶやき、続けた。
「1年前。私が残業続きの頃、家に男が侵入し、娘をを無残に殺し逃げたんです」
頭を抱えて語る男の声色には悲しみとそれ以上に強い憎しみが籠り、震えていた。
おそらく夜の0時ごろでした、と自分を落ち着かせようと大きく深呼吸をしていた。
「家から不振な男が逃げるように出ていくところを見た私は急いで家に入るともう娘は・・・
私の証言から男を探しだし、これで娘の無念が晴らせると思ったのに、裁判は最高裁まで告訴を繰り返し挙句の果てに判決は無罪でした」
湯呑を両手で持つ男の手は細かく震えていた。
「何故健気に生きていた私たちをこんな・・・なんの罪もない娘が殺され、何故その男が裁かれないのか。何故私の娘じゃなければいけなかったか・・・
あまりにも自分が情けなく、この国の法の弱さに私は絶望しました・・・」
「それで」と男の悲しみなど知ったことではないというような口調で朝比奈が割り込んだ。
「法で裁けないのならば・・・とここへ?」
「そうです」
「あの男は判決のあと私を見て悪魔のような笑いを浮かべたんです。もう耐えられなくて・・・
記者も記者でそんな私をそっとしておいてはくれず家を出れば取材の嵐。家からもまともに出ることさえ出来ないでいたところ、深夜に外出した私に誰かがこの店を教えてくれたんです」
中年男の話を聞いてこの店に来店したときの恰好を思い出した。
なるほど、と口の中で呟く。
「つまり望みは復讐、か?」
「はい。死よりも辛い復讐を。生きてることを後悔させるほどの・・・」
今までおどおどしていた男の口調ははっきりと恨みを紡ぎ、目はギラリと輝いた。
朝比奈は懐から煙管を取り出し「いいか?」と確認をとったあと火をつけた。
紫煙を吐き出す沈黙を男は静かに見守る。
「あんたはこの玉を見つけた。それは望みを叶える資格があるということだ。この店はあんたのような憎しみ辛みを抱えている人間の望みを多く叶えてきた。
しかしその誰もが復讐という業を背負い、そして払い、幸せに死んでいったやつはいない。
それでも望みを叶えるか?」
朝比奈の鋭い眼光が男を捉えた。
男はその瞳を真っ向から見返し、瞑目した。
そのまま言った。
「私を取り巻く世界は虚偽が正当化され、簡単に人は人を殺す残酷な世界です。
記者の質問責めに私は鬱になり、娘を殺されたこんな世の中を去ろうと思ったこともありました。
一度は死のうとしたけれど、怒りで死ぬのならば相手にも同じ思いをさせてからと。そのためならば悪魔に魂を売っても構わない」
男の意思をはっきり確かめてから朝比奈は薄ら笑いを浮かべた。
「わかった。俺があんたの望みを叶える橋渡しをしよう」
「本当ですか!」
「ああ、けれどそれは今日じゃない。
またこちらから連絡を差し上げるのでその時にここへ来ていただきたい」
男は「わかりました」と頷くと早々に立ち上がった。
「ああ、そうだ。この店をあんたに教えたのはどんな人だった?」
男は何故そんなことを聞くのかと小首を傾げたあと「綺麗な女性の方でしたよ。暗くてはっきりとした顔は見えませんでしたが」と答えた。
「そうか」
納得したような朝比奈に男は
「では私はここらで」
と深々と頭を下げて踵を返した。
その背に朝比奈は最後に一言つけたした。
人は6度転生し、そして7度心を持つ。
善行悪行多くとも業には嘘をつけますまい。
復讐の業。それをあなたが背負う覚悟はおありですか。




