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女をナメてはいけません

女をナメてはいけません

作者: 藤乃ごま

考えていたものと、まるで違う結末になってしまいました。サックリ、アッサリ読んで頂けると幸いです。

 会社帰りの午後八時。

 少しばかりの残業を終えて、自宅への帰路に着く。自宅近くの公園に差し掛かったとき『ふにゃ~』という人間の赤ん坊のような猫のような声が聴こえてきた。


「……あ、赤ちゃん? 猫?」


 猫であった場合はさして問題ない。しかし、人間の赤ん坊だった場合、倫理的にも法律的にも大問題である。


「……ご、ごくり」


 少しの緊張を覚えながら、公園の中へと歩みを進める。心のどこかでは、猫に決まってるよね! という確信もあったが、もしもという事もある。知らず知らずのうちにそろりとした爪先歩きのような格好で歩いていた。自分が悪い事をしたわけでも無いのに、心臓がバクバクと煩い。進む方向の茂みからはやはり『ふにゃ~ふにゃ~』と言う声が叫ばれ続けている。


「と、とんだホラーだよ……」


 口に出して、恐怖を振り切ろうとしてみるが、まるで効果が無かった。そして、勇気をだし、手のひらに浮かんだ手汗を握りしめて茂みの向こうを覗きこんだ。最早、耳に心臓があるかのような精神状態である。ドクドクドク。


「………………な、なんだよぉ………………」


 猫であった。

 やはり、というか人騒がせな! というか。まぁ勝手に騒いで怖がっていたのはこちらなので、何も言えはしまいが。


「……猫ちゃん、騒いでごめんね?」


 真っ白で比較的美形に見える大きな猫。

 突然現れた私に驚いたのか、目を大きく見開いて(勝手な予想)こちらを見返している。


「うーん、事件性も無さそうだし、帰るか……」


 格好良く言ってはみたものの、自分のやっている事が馬鹿らしくなって、一人で赤面する。


「じゃ、じゃね! 猫ちゃん」


 餌でもあげようかなぁ。とは、思ったが自分の猫でも無いし、愛好家って訳でもない。こんな夜遅くに女一人で公園の野良猫に餌をやるって。なかなかシュールな状況になってしまう。私には、そんな勇気も義理も無いので、今度こそ足早に公園を後にした。




     ※※※※※※※※※※※※※     




「ありがとうございましたー!」


「どもー」


 近所のコンビニで夕飯を購入する。

 ここのコンビニから徒歩五分の場所に私の住んでいるアパートがある。一人暮らしを始めて早五年。最早、店員さんとは顔見知りになり、何も言わずともそっと箸を一膳入れてくれる。『一膳で良いです』って言うのは地味に恥ずかしいし、こちらの状況を察してくれて大変助かるのだが、その決め付けが少し悲しい。

 カチャリ。と鍵を開けて、部屋の中に入る。


「……はあー」


 一人なのだから『ただいま』なんて言わない。言ったら逆に虚しくなることを悟ったのはいつの事だったか。今はただ自分のテリトリーに帰って来れた事に安堵する。


「風呂にすべきか、飯にすべきか……」


 定番なのは、風呂なのだろうが、残業後、寄り道するのが億劫で直帰してしまった為、お腹の虫がグーグーを通り越して、ギュルルと唸り始めている。


「でも、やっぱ風呂かなぁー。シャワーだけで良っか」


 さっぱりしてから、夕食&晩酌をしよう。そんな楽しみに心を踊らせながら、着替えを持ってバスルームへと向かう。ワンルームにありがちなユニットバスで、少し窮屈だが、部屋の間取りの割には家賃が安いので、存外気に入っている。


「今日のご飯は牛タン弁当~へへへへへ」


 女の独り言としてどうなのか。という疑問を素の自分が訴えかけてくるが、実際にはどこの女もこんな物だろう。可愛らしく『キャッ』だの『や~だ~』だの言いながら、クネクネする女程、家に帰れば缶ビール片手に競馬新聞を読んでいたりするものだ。……いや、これは私の思い込みと僻み根性か。


「はぁ。やっぱり男は若くて、多少計算高くても、可愛い子の方が、好きなのかしら……」


 そんな事を考えていたら、すっかりテンションが下がってしまった。気が付くと、先週フラれてしまった元彼、祐一の事を思い返していた。


「いけない、いけない! 私だってまだまだこれからっっ!! 負けてないもんね~」


 熱いシャワーでも浴びて忘れよう。私はお湯の蛇口を勢い良く捻った。




     ※※※※※※※※※※※※※         



「ごめん! お前には悪いと思ってる。だけど、俺本気なんだ。本気であいつと付き合いたいって思ってるんだ!」


 会社を定時で切り上げた日の夜。

 話があると呼び出されたファミレスで突然こんな事を言われた。


「…………」


 ファミレス。定時で終わったから今はまだ七時にもなっていない。家族連れや友人同士など、最も混雑する時間帯である。そんな中で良い歳をした男と女が別れ話。私には、話の内容よりもその状況の方がショッキングである。


「お、おい、美和子?」


 黙り続ける私を見て、何を勘違いしたのか祐一はさらに頭を深く下げる。


「ほんっとーにごめん! お前と仲良い後輩だって知ってたのに……!」


「……」


 そう。祐一が新しく付き合って――というか、付き合おうとしているのは私の四つ下の後輩。あぁ、後輩といっても卒業校が一緒だった訳ではない。ただ、去年入社して来たときに指導係をしていたというだけ。祐一は勘違いしているようだが、別に仲も良くはない。非常にありがちな話ではあるが、その後輩――菜々美は人の男が良く見えてしまう習性を持っているらしく、入社して来たときから、女性陣の評判がことごとく悪かった。女は『女の本質』に非常に敏感である。通常業務や飲み会等で発揮されるその本領に私はただタジタジとしていた。わざわざ恋人の居る男を狙い、壊しまくる姿はまさにカップルクラッシャーそのもの。いつか、その日が来るかもしれないとは思っていたが、既に私達にもその魔の手が忍び寄っていたとは。なんという早業。


「……彼女にはその事、貴方の気持ちを伝えたの?」


 祐一が片想いして、勝手に暴走しているだけなのか。それとも、もう既に菜々美と何らかの付き合いがあるのか。それによって、私の立場は全く違った物になる。他に好きな女が出来たから別れるというのなら、まだ許せる。確かに非常に悲しい事だが、何か事があってからよりは、余程マシだ。相手にも少しは思い遣りが残っていた事にもなる。しかし、既に付き合ってる事実があった場合は最悪だ。二股を掛けられたばかりか、その天秤で負けた事になるからだ。


「そ、それは……!」


 なぜか祐一が少し黙りこくる。私は大方の予想はついていたので、もう一度冷静に問い掛けた。


「もしかして、もう付き合ってるんじゃないの?」


「い、いや、そこまで具体的には……」


 具体的、ねぇ……。つまり具体的に言葉にはしていないが何らかの関わりはあるんだな。私は溜め息を一つ吐き出した。祐一は本質的に分かりやすい性格である。しかし、この状況ではその分かりやすさが哀しかったし恨めしい。隠し通すというのも一つの思い遣りである。私はもう、この男の前に座っているのが馬鹿らしくなってきた。未練がましくすがる位なら、堂々と去っていく。私は話の核心をついて終わらせる事にした。


「じゃあ、聞き方を変えるわね。……彼女と、寝た?」


「うっ!!」


「答えなさい」


「……」


 私の刑事のような尋問が恐ろしかったのか、案外すんなりと首を縦にふる祐一。


「そう。……やっぱりね」


 うっすらと微笑んだ私の笑みを見て、祐一が食って掛かってきた。


「な、菜々美ちゃんが悪いんじゃないんだ! 俺が、俺が誘ったんだ! ……菜々美ちゃんは、菜々美ちゃんはみんなが思っているような悪い女じゃない!!」


 だったら、どうしたよ。私は心底腹が立った。祐一を取られたからでは決してない。こんな残念男と付き合い、しかも自分が天秤に掛けられて捨てられるという状況に(はらわた)が煮えくり返りそうなのである。しかも、菜々美ちゃん、菜々美ちゃんって……。祐一は菜々美の事を庇っているつもりなのだろうが、私に対しては逆効果である。この男はこんなにも馬鹿だったのだろうか?


「菜々美ちゃんは、みんなから誤解されてるんだ。あの子は男タラシなんかじゃない。寂しい……そう、ただ寂しいだけなんだ」


 なぜ、しんみりした空気になっているのだろうか。きっと、目の前の男は自分の庇護欲を掻き立てられて、心酔しているのだろう。


「あー馬鹿らしい」


「えっ?」


「……あら」


 しまった、心の声が漏れてしまっていた。……まあ、良いか。別に本当の事だし。私は鞄と伝票を手に持つと席を立つために腰をあげた。


「……じゃあ、私達これでおしまいね。さよーなら」


「み、美和子!!」


 突然の私の行動に驚く祐一。ああ、しまった。せっかく格好良く立ち上がったのに、肝心な事を言い忘れていた。私はしぶしぶながら再び席に着くと、用件だけをあっさりと口にする事にした。


「美和子……」


「えっ? ああ、未練とか恨み言とか言う訳じゃないから安心してね? ただ、あなたに言い忘れた事があったのよ」


「言い忘れた、事……?」


「そうそ。あのね、私、近々今のアパート引っ越すの。だから丁度良かったわ。合鍵、返してもらえる?」


「……はっ?」


「だから、引っ越すから、合鍵返して」


「えっ、そ、そんな……。でも、どこに?」


「それは、貴方に関係ないでしょうよ」


「ま、まぁ……」


「あ、でも、失恋したから当てつけに。とかでは無いわよ? もう既に決定していた事だから」


「決定していた?」


「うん。本当は貴方にも伝えたかったんだけど。……貴方、最近お忙しそうだったし? 連絡も返してくれないから、放っておいたの。……黙っていた事、謝らなければいけないのかしら?」


「い、いや……」


「そう? ふふっ、そうよねぇ? 貴方にそんな権利無いものね。ああ、(ちな)みに会社も退職するから」


「……は?」


「だから、退職」


「え、ええええ?!」


「あ、別にこれも当てつけとかじゃないの。気にしないで頂戴ね」


「いやいや、気にするよ!! た、退職って……」


「だから、別に貴方のせいじゃないんだってば。……これも前から決まっていた事なの」


「……前、から? だって、そしたら仕事はどうするんだ? て、転職するのか?」


「うん? うーん、どうしよっかなぁ……。教えよっかなぁ……」


「な、何だよ? 決まってるなら、この際教えろよ!」


「うーん、何がこの際なのか分かんないけど。ま、良いわ。貴方も全く無関係って訳じゃないし」


「は?」


「私ね、今私達が働いてる会社の母体である親会社に転職するの」


「……は?」


「だから、親会社」


「いやいやいや! ちょ、何言ってんだよ。嘘つくなって! そりゃあ、俺はお前に酷い事したかもしれないけど……。こ、これでも心配してだなぁ……!」


「え? 嘘じゃないわよ?」


「嘘に決まってるだろ! 何だってお前みたいな普通のOLがうちの親会社に入れるんだよ?! うちの親会社は世界的な電子機器メーカーだぞっっ?! うちみたいな子会社に入るのも大変だってのに……。お前みたいな奴が入れる訳無いだろう?!」


「だって、私、その親会社社長の一人娘だもの」


「…………………………は?」


「社長の一人娘。あ、でも、だからってコネで入社!! とかでは無いから安心してね? これでも実績はあるから」


「じ、実、績だと……? お前が……?」


「うん。実はね、知り合いとお遊びでやっていた新しい電子機器の開発が成功しちゃってね? 世界中から問い合わせや予約があって大変なの。本当はもっと今の会社でお忍びOLやっていたかったんだけど……。まぁ、社会勉強もそれなりに済んだし、もう潮時かなぁって思って。だから、今度は親会社で開発担当部長として一からのスタートよ」


「……か、開発、担当部長……」


「うん。あ、祐一はこんど今勤めてる子会社の営業係長に昇進するのよね? 凄いわねぇ! あら? そしたら、開発した新製品の説明を受けに親会社に来るのかしら? そっかあ、やっぱり私達の交流は続きそうね。まぁ、こうして色々あったけれど、その時は遠慮なく質問して頂戴ね! うちの部下達はみんな変わってるから、使えない人にはすごく厳しいのだけれど……。ま、祐一なら、大丈夫よね!」


「……ん……で」


「私は、開発部長だから、もう気軽に話せないとは思うけど。祐一の活躍を祈っているわ!」


「……な、んで……」


「え?」


「なんで、黙ってたんだよ! そんな大事な事!! お、俺はお前が、お前が親会社の社長の娘だなんて聞いてないぞっっ!」


「あら、だって言う必要ないじゃない」


「…………くっ」


「あ、そーいえば、祐一って、うちの親会社に就職したかったのに、レベルが高すぎて入れなくて、それでも諦めきれなくて今の子会社に入ったんだっけ? うーん、残念だったわねぇ……。でも、それは私に言っても駄目なのよー。うちの親会社って、そーゆーコネ入社とか口利きにはとっても厳しいの。しっかりとした実績と能力、適性がないと入れなくって……。あらやだ、べっ別に貴方にそれが無いとか言っているわけじゃないから、ガッカリしないでね?」


「…………」


「あ、あー!! も、もしかして、菜々美ちゃんと付き合ったのも口利きを期待してたの? そういえば、あの子って、今の子会社の専務の娘だものねぇ……」


「………………」


「……でもねぇ、いっくら専務の娘でも子会社じゃねぇ。うーん、残念だけど、親会社に入るのは厳しいと思うわぁ。それに……」


「……それに?」


「う、うん……。あの、気を悪くしないでね?」


「何だよ、もう何を聞いても驚かねーよ。言えよ」


「そ、そう? あのね、あの子のお父様……つまり専務は今度退職されるのよ」


「はああ?! だって、菜々美ちゃんのお父さんはまだ五十代とかだろう?!」


「う、うん……。でも、いくら子会社とはいえ、うちの会社の上層部を任せるにしては小者でねぇ……。あ、失礼、ごめんなさいね。うーん、つまりね、うちの会社では使えない存在だったから自主退職をお願いしたって事。色々と女性問題や金銭問題も抱えていたみたいだから、こちらとしてはスッキリして良かったわ」


「そ、そんな……!」


(ちな)みに、菜々美ちゃんも退職の事は知っているはずよ。だから、その前に結婚退職したいのかもね」


「……え?」


「だから、結婚退職! あの子、お父様のゴリゴリのコネで入ったから、居づらくなるもの。当然でしょ?」


「……」


「あっ、貴方にとっては朗報かもね? これで寂しがり屋の菜々美ちゃんと死ぬまで一緒に居られるもの!」


「………………」


「じゃあ、私、部下から新製品に関する問い合わせが来るから、お先に失礼するわね。急いでてごめんなさいね、最近は自宅にまでメールが来るものだから。あ、鍵は郵送ででも送って頂戴」


「ま、待っ……」


「あー、忙しい忙しい! それじゃ、残念だけれど、さようなら! 菜々美ちゃんとお幸せにー!」


「………………」




     ※※※※※※※※※※※※※       




 キュキュキュ。年代物の風呂場の蛇口を緩く締める。風呂から上がった私は早速、晩酌の用意もする。


「ふー、すっきりしたぁ。今日の晩酌は干しイカにマヨネーズをつけてー、七味をまぶしてーっと! ……ぃよし、イカマヨ完成ー!! 牛タン弁当と一緒にゴーゴー!!」


 大好物のビールを前にテンションはMAXだ。しかし、弁当を口にしようとした瞬間に国際電話専用の着信音が鳴り響く。


「んもー!! またアレックスね?! 一体、何度電話したら気が済むのかしらっっ?!」



 こうして、とある二十七歳独身OLの日常は過ぎていく。


続編も投稿しました。

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