Bow and arrow
それからと言うもの、私はアドルフの家の本を読み漁った。
数日が経ち、ある本の3分の2程度を読んだある日。
引きこもっている私に、会わせたい人がいるとアドルフがお客さんを連れてきた。
「ワイアット・イーグル。妖魔族の中でも数少ない幻獣人混合型の一人で、獏という悪夢を喰べる魔種だよぉ!俺の友達」
そう一息でアドルフが紹介したのは、少々外見が特殊な少年。
あどけない顔立ちは可愛いらしい。
マッシュショートの髪は、右半分が黒く、左半分が白い。また、瞳の色は右が白く、左が黒くと、髪の色とは逆になっている。
グレーの明らかに長いマフラーに長袖の白シャツ、黒いネクタイ。
シャツは黒いハーフパンツを覆い隠しそうなほどに丈が長い。やはりサイズが大きいらしく、袖で手の甲も隠れていた。
黒と白のボーダーの靴下、黒いローファーまで揃えている。白い肌のせいもあり、モノクロ写真のような格好だ。
白か黒の背景で写真を撮れば、間違いなく見た人はモノクロ写真と勘違いするだろう。
「初めまして、フェリス。僕はワイアット。アルにはイアって呼ばれてるよ。是非そう呼んでね!」
なんともまあ庇護精神を唆られる少年だろう。
「初めまして、イア。知ってるだろうけど、フェリス・エイミスよ。よくフィーって呼ばれていたわ」
初耳なんだけど、などとボソボソ言っているアドルフは完全に無視だ。
というかアドルフはアルと呼ばれているのか。
「悪夢を見たら言ってね。食べてあげるから!よろしくね、フィー」
身長的には、私の方が少しだけ上だ。
若干私を見上げながら握手の手を差し出すイアは可愛い。
「ええ、よろしく」
その手を柔らかく握った。
「ちなみにぃ、ソイツ、たしか150歳だよ?」
「妖魔族は成長が遅いから、それに割る10をしたぐらいが君達でいう年齢だよっ。まだ子供だもんね!」
年齢の話題にはあまり触れてほしくないらしい。
「嘘つけ、寿命不明の癖に」
「う、うるさい!」
なんかアドルフが不機嫌…?
そこで私はダメ元である作戦を試す。
「アル」
「っ!?」
「アル、あんまりいじめちゃダメよ?」
目を丸くしてから少し頬を赤らめ、口をパクつかせる。
なんだか見てて面白い、と思ったのは内緒。
「…わかった」
最終的には目を逸らしてそう言った。
「ふぃ、フィーって呼んでいい?」
視線はずらしたままで、私にそう問いかけてくる。
イアの時とは違い、ちょっとドキリとしたのは気のせいに決まってる。
「ええ、私もアルって呼ぶわね」
視線の向きからして見ていないだろうが一応微笑んで言う。
「これ、僕はお邪魔なんじゃないのかい?」
「何がよ?」
「フィー、鈍感だね」
鈍感、というのは案外言われた経験がある。
どうやら私は恋愛方面には鈍感らしいのだ。
たけど、何故今そんなことを?
「どうしてイアを紹介してくれたの?」
ふと疑問に思ったことを口に出す。
「俺はよく出掛けるでしょー?フィーが暇しないように、と思ってさあ」
ちゃんとそんなことも考えてくれていたんだ。
意外に思ったが、微笑むだけにとどめた。
「失礼だな、アル。僕が暇だと言いたいのかい?」
イアは少しむくれていた。
その仕草が年相応の少年らしく、可愛いと思った。
「どうせそうだろー?」
「…まあね」
否定はできないらしい。
アルはそんなイアの対応を笑っている。
馬鹿にするように笑うのではなく、それと微笑ましさが入り混じったような微妙な笑い声。
実際半々なんだろう。
「アルは他種族にも知り合いがいるのね」
「そういや、結構顔が広いよねえ」
私が口にした感想に、イアも同意した。
「まあ、俺怪盗だしー?」
そうだった。
真偽はともかく、こいつは怪盗なのだ。
それらしい素振りが一切ないため、忘れかけていた。
「そういや、僕たちが知り合ったのも、そんなきっかけだったね」
思い出すように呟かれた言葉に、興味を持った。
「知り合ったきっかけ、教えて?」
イアはそんな私を一瞥して、虚空に視線を固定した。
それからアルが、そうだな、と話し始める。
「もう五年も前になるのかな。確か俺は、イアの家に予告状を出したんだ」
その後を、イアがまた話す。
「うちには、“弦のない弓”と呼ばれる、世界にただ一つの秘宝があったんだ。聞いたことないかな、もとは人類族の秘宝だよ。確か歴史上、一人の人類族しか扱えなかったという、最早伝説になりつつある代物だよ」
聞いたことがある。
確か大昔に人類族で行方不明になったとかで騒がれていた物だ。
犯人は妖魔族だったか。
その扱えた一人の人類族は私の先祖だ。
名前はミーシャ・エイミスだったはず。
しかし紛失した当時を知る人もいないため、伝説と化していた。
「そうそう。それを盗みますって予告状。で、イアは捨て子だったのを、そこの家の人に拾われたんだよね。だから、他の兄妹や育ての親は獏じゃなかった。それどころか、幻獣人混合型ですらなく、完全人型だったんだ。そのため、虐められていたんだよ」
「予告状から数日後、僕の家に怪盗が来た。地下に閉じ込められていた僕を、アルは偶然見つけたんだよ」
「で、怪盗らしくちゃーんとお目当の物も盗った後に、イアもついでに盗んだんだー。家とか、金とか、身の回りのことも世話してやった訳。仕事も斡旋したよー。今はとある情報屋の弟子だっけー」
アルは案外面倒見がいいのかもしれない。
「そうだったの。ところで、その…“弦のない弓”は今ここにあるの?見てみたいわ」
「出会いの話は無視かい?まあいいけど。あるだろう?出してやればいいじゃないか、アル」
呆れたように小さくため息を吐きながらも、出してくれるらしい。
アルは、何故怪盗なんかをしているのだろうか。
ふと疑問に思ったが、不躾だろうと考え直した。
ちょっと待ってね、とだけ言って棚を漁りだす。
秘宝をそんなにぞんざいに扱っていたのだろうか。
しばらくすると、透明なケースに入った“弦のない弓”が出てきた。
木製のようだ。金の字で、《エイミス》と古代の人類語で書かれている。
「この字、アルは読めるの?」
「うぅん?大体だけどー、多分エイミス…ってフィーの苗字?」
私は黙って頷いた。
「この持ち主は、私の先祖よ」
間違い、ないだろう。




