Decision
「貴方がベッドで寝て!私はソファでいいから!」
「いーや、女の子をソファで寝かして自分はベッドとか男じゃない」
どっちがベッドで寝るかで言い争っていた。
「この家の持ち主は貴方でしょ!?」
「フェリスはお客様でしょー?」
ニヤリ。
チェシャ猫の笑みとは少し違う、いたずら好きの子供のような笑み。
「一緒にベッドで寝るー?」
こ…のォ…
「馬鹿!何が悲しくてお前と寝なきゃなんないんだ!!」
「フェリス…?口調…」
アドルフは若干たじろいでいる。
「あー!貴方といると調子が狂う!」
「褒め言葉?」
「断じて違う!!」
断言する。
コイツが嫌いだ。
「あー!分かったわよ!私がベッドで寝ればいいんでしょ!?」
多少気が引けないでもないが、一緒に寝るよりかはマシだ。
「じゃ、おやすみー」
そうと決まれば即座に寝やがった、この男。
黙っていれば、カッコイイと思うんだけどなぁ…
っていやいや可笑しいぞ私。
いくらカッコよくても性格がすごく残念だ。
いわば残念なイケメン。
「何を考えてるんだろう、私は」
自嘲気味にため息を漏らし、私はベッドに横になった。
暗くなった途端に、家族のことを思い出してしまい、静かに涙した。
アドルフといる間は、忘れていられた。
忘れてはいけないことかもしれないけれど、私はアドルフといる時間が楽しかったんだ。
《笑って暮らせる光の中》
私はそこに突っ立っていた。
心の底から笑っていた。
でも、そこは何か物足りなくて。
《光を喰らい尽くす炎の中》
私はそれを、黙ってみているしかなかった。
唯々、呆然と見ていた。
でも、これでいいと喜ぶ自分がいて。
《ほんの数秒間の闇の中》
私はそこで、走り続けた。
夢中で泣きながら闇を突っ切っていた。
でも、心の中では笑っていて。
《これ以上ない優しい光の中》
私はそして、光を切り裂いた。
ずっとずっと笑い続けた。
でも、涙は流れて。
《果てのない暗闇の中》
私はそこで、誰かの名前を呼んだ。
泣きながら、叫んだ。
でも、狂ったように笑っていて。
「変な、夢────」
じっとりとした汗を拭う。
アドルフは、まだ寝ていた。
そっと寝顔を盗み見る。
ニヤニヤ笑いのないアドルフの顔。
とても穏やかで、綺麗だと思った。
ちゃんと顔が見えるように前髪を退かそうと、手を伸ばす。
「んぅ…?」
ちょっと可愛らしい声を出して、アドルフが起きた。
私は慌てて手を引っ込める。
「お、おはよう」
気まずくなり、目を逸らしつつも挨拶。
「んー、おはよ」
いつものように、またニヤリと笑う。
もっとちゃんとした笑顔を見てみたい。なんて、ワガママかな?
「ふぁ…朝ごはん食べるぅ?」
「作るの?」
作れるのか、と目を向ける。
「あ、酷っ!作れるよ、そのくらい」
疑わしく思うが、使い込まれたかんじのあるキッチンを見て、信じることにした。
「じゃあ、食べる」
正直なところ、お腹が空いて倒れそうだ。
「何がいい?」
キッチンへ向かうアドルフを横目に、私は少し考える。
でも特に食べたいものは無かったので、何でもいい、と答えた。
「アバウトだなぁ、それが一番困るんだけど」
なんて文句を言いながらも冷蔵庫を漁るアドルフは、主夫みたいで少し笑みが溢れた。
「フレンチトーストでいい?」
「ええ」
別段嫌いなものはない。
空腹感がなくなるのであれば、何でもいい。
栄養などは気にしないタイプだ。
いい香りが漂ってくる。
暫くぼーっとしていると、
「出来たよー」
という声。
こちらに運んでくれた。
一口食べてみる。
「…おいしい」
思わず口に出してしまった言葉。
「よかったー」
こんな笑顔にドキリとしてしまうのは、何故?
今アドルフは新聞の朝刊を広げ、コーヒーを飲んでいる。
「あ、やっぱりニュースになってる。『龍精族と妖魔族の争い、多種族を巻き込む』だって。天神族に裁かれてるみたい」
天神族は、この世界を仕切っている。
天神族がいなければこの世界は、至る所で戦争が起こり、あっという間に崩壊するだろう。
そうならないように、圧倒的な力と知恵を持っているのだ。
全ての種族と対等に接している。
「人間族の生き残りは?」
「焼かれたのはフェリスの村だけじゃない。フェリスだけ、だね」
悲しさは、もうこみ上げなかった。
「随分アッサリしてるね、昨日とは別人みたいだ」
「過ぎたことを考えても仕方ないもの。私は今を生きている。それが一番重要よ」
全く辛くない、と言えば嘘になる。だが、何時までも悔いてる場合じゃないんだ。
「後ろは、もう振り向かない」
それが私の決心。
「強くなったねぇ、フェリス」
柔らかく微笑むアドルフは、私を眩しそうに見ていた。




