end of happy time
セクターに連れられて来たのは、小さな木造の小屋だった。
鬱蒼とした森に、全く馴染まない小綺麗なログハウス。
何の躊躇もなく、セクターはログハウスへと近付いていく。
「ここなら安心ですと断言します」
ドアノブを捻って開けるタイプのドア…と思いきや、どうやら違うらしい。
セクターが小さな手のひらをドアに付けると、ドア一面に電子的な数字が現れた。
絶え間なく上から下へと流れていくそれを、セクターはしばらく無言で見つめていた。
私は見慣れない光景に、唖然とする。
「Ελπίδα αποκόπηκε」
セクターが何かを呟いた。
どうやらそれが合言葉だったらしく、ドアは横にスライドして開かれる。
まさかスライド式だったとは。
開いたドアから部屋をを覗く。
中は全然木造などではなく、鋼鉄で出来ていた。
銃や剣、爆弾など、兵器が壁に立てかけてあったり、床に転がっていたりした。
危ないことこの上ない。
「さっきの合言葉みたいなのって、どういう意味なの?」
私は気になったことは聞きたくなるのだ。
「Ελπίδα αποκόπηκε、ですか?と問いかけます」
丁寧にもう一度言ってくれた。
頷くと、やはり無感情な声で説明してくれた。
「希望は絶たれた、ですと解説します」
とてもマイナスな言葉で、正直驚いた。
こういうのって普通、もっとプラス思考な言葉を選ぶべきじゃないだろうか。
そこまで考えて、納得した。
だからこそか。
普通こんなマイナスな言葉を選ぶとは思わないからこそ、敢えてこれにしたのだろう。
私に教えても良かったのか?
まあどうせ意味を聞いたところで、肝心の元の言葉など少しも覚えちゃいないのだが。
「ここにいれは安全ですと説明します」
安全。
自分だけが。
あの時と同じ状況になってしまうのだろうか。
また、私だけが生き残るのだろうか。
そんなのは、嫌だ。
「あそこには、まだ沢山の人がいるわ!!その人たちは…」
セクターは、訳がわからないという風にきょとんと首を傾げた。
「セクターのともだちはあなた一人ですと事実を述べます」
友達だから、助ける。
友達でないならば、助ける必要など無い。
セクターは、そう認識しているのだ。
感情の欠片もない瞳は、私を友達と思っているのかすら疑わせた。
アルが心配だ。
簡単に死ぬことはない。心の中ではわかっているけど、やはり落ち着かない。
四神たちは上手く逃げただろうか。
アルは怪我をしていないだろうか。
一番の心配は、アルだ。
もし何かあったらと思うと、心臓が止まりそうになる。
頼むから、無事でいて。
ふと、疑問がよぎった。
「セクターは、どうしてあの爆発を知っていたの?」
嫌な想像が膨らんでいく。
セクターに、否定してほしい。
「あれは私の仕業だからですと説明します」
淡々と。
他愛ない会話の一部のように。
セクターは、私の想像を肯定した。
「どうして…?」
たっぷり十数秒かけて捻り出した言葉は、そんな在り来たりな言葉だった。
「祭典の爆破及び破壊、それが今回の任務だからですと説明します」
言われたから、そうしただけ。
例えその行為がどれほどの犠牲を生もうが、興味は無いのだろう。
分かってはいるが、私は念の為に確認した。
「貴女は…機械族ね?」
任務を出したのは、おそらく機械族を束ねる支配者だろう。
「そうです、と肯定します」
何らかの理由で祭典を襲った、私の友達であり敵。
それが、セクターだ。
「わあ。ふぇりしゅおねぇちゃんだー」
その声に戦慄し、私は素早く振り向いた。
セクターは、僅かに動いて構えた。
「ブランシュ…!どうして、ここに?」
私が一人で留守番している時に現れた、亡霊種の少女。
その正体は指名手配までされている“魂喰らい”のブランシュ。
「死んじゃったひとの魂をたべにきたの。そしたら、ふぇりしゅおねぇちゃんの気配がしたから」
魂喰らいのブランシュは、そう言って無邪気に笑った。
それが酷く恐ろしく感じた。
「武装パターンC、展開。これより不正侵入者の排除を開始します」
後ろにいたセクターに、少しだけ視線を向けた。
機械的な氷の瞳には、数字と英字が流れていく。
彼女が何を見ているのか、私には分からない。
ガシャンッ
銃器や刃物が全身から飛び出し、そのおおよそ三分の一ほどを残した全てが、また体の内へ仕舞われた。
「思考補助プログラムを実行。ラージエーを地点iから地点qへ移行。ラージビーのLevelを2から5に変換」
キュィィィィィィィン、と音を立てて、頭に着いた二つの円盤がそれぞれ逆方向へと回り出す。
大きい方の円盤が、側頭部から後頭部へと移動した。
「‘忠告’ 攻撃対象以外は安全圏へ避難してください」
止められない。
そう悟り、一歩ずつ退がっていく。
安全圏かは分からないが、取り敢えずできるだけの距離は取った。
「あれ?これは逃げないとだめかも…」
ブランシュに少し大きな銃口が向けられた。
付近から小さな丸い光の玉が現れて、銃口に吸い込まれていく。
「85%、87%、91%……発射準備完了」
薄い色の唇から、事務的な言葉が漏れていく。
音もなく、銃口から球状の光が放出される。
「ぐぅあっ…!?」
ブランシュを通り抜けた光は、壁に当たって消えた。
ブランシュの体にはどこにも異常が見られないが、お腹を押さえてとても苦しんでいる。
「対・亡霊種用簡易砲台の効果を確認しました。支配者へのデータの転送及び次弾の装填を開始します」
見ていられない。
こんなのは、一方的な殺害に過ぎない。
「もうやめて、セクター!それ以上は、殺してしまう…!」
この空間に私はいない。
いないも同然である。
セクターは、その瞳にブランシュしか映さずに、銃口を構え直した。
空間が、凍りつく幻覚を見た。




