Festival in the second time
「いらっしゃったぞ!黄龍様だ!!」
誰かの叫び声が聞こえ、周囲がざわめいた。
皆上空を見上げ、何処だ何処だと首を回す。
「あれだよ、フィー」
アルはそっと指をさして教えてくれた。
その先にいるらしいが、遠すぎて点にしか見えない。
しかし、みるみる近付いてくるのは分かる。
形はそのまま、龍だった。
少し眩しいが、見ていられないほどではない。
むしろずっと見ていたくなるような、優しく太陽光を反射する鱗。
純粋に、美しいと思った。
気付けば、祭りの中央に四神が集まっていた。
東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。
そしてそれらの真ん中に君臨する、黄龍。
全てがきらきらと輝いて見えた。
さっきまで話していた青龍が、この前訪ねてきた白虎が、全くの別人に見えた。
手の届かない存在のように思えた。
四“神”、神なのだと改めて感じる。
いわばパズルのピースなのだ。
一つでも欠けてしまえば、それはもう神ではない。
四神、その一つ一つが神の欠片で、五つ全てが揃って漸く神として完成する。
こういう形もあるんだ、なんて初めて見るその姿に感動する。
気付けば祭りのざわめきが消えていて、静寂の中、ただただ皆空を見上げていた。
役者は揃った。
黄龍は、一瞬の光に包まれると、鱗と同じ美しい金色の髪を持つ、男とも女ともとれる人へと変化した。
「=この度は、立派な祭典を開いて頂き感謝します。悠久の時に渡り、我が故郷を守護する獣人族よ、種族としての誇りを忘れず、よくぞ今日まで戦ってくれました=」
凛とした声が、大地を駆け、空気を震わせ、木々を巡り、心に染み込む。
すんなりと耳に入ってくる、子守唄のように心地よい言葉を、一字一句記憶するような勢いで聞き取る。
目を閉じて、精神に浸透するそれに耳を傾ける。
声に、言葉に、満たされていくのを感じた。
「=我ら四神は、数年ぶりの帰還を果たしました。その間、様々な苦労もあったことでしょう。この変わりなく平和な故郷を見られるのは、偏に皆々様のご尽力のおかげです。四神を代表し、ここに御礼申し上げます=」
黄龍は深々と頭を下げた。
立場は上のはずなのに、決して威張らず謙遜するその態度には、とても好感が持てる。
「=堅苦しいのはここまでにしましょう。皆様、どうぞ無礼講で、大いに楽しんでください=」
微笑んだ顔はとても綺麗で見惚れてしまいそうになった。
しばらくすると、また四神が集まる前のような賑やかさが戻っていた。
「今日の仕事は祭典の警備だからねー。一応、四神に挨拶しにいこ?」
優しく笑いかけるアルにちょっときゅんとしたのは秘密。
私は笑顔を返して、
「ええ、そうね。でも、いいの?私は他種族なのに」
質問してみた。
四神ともなれば、こう、なんというか直感とか匂いとかで種族ぐらい見分けられそうだ。
そのことも言うと、真剣なのに笑われた。
ひとしきり笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭って私の目を真っ直ぐ見る。
「直感とか匂い、ねえ。種族の見分けは簡単じゃあないんだよ、フィー。大まかになら体中の霊力の流れで判断できるけどー、匂いなんかじゃ無理かなー?」
霊力は、血液とともに体を巡る生命力のようなものである。
一部の種族はこれを操ることができる。
霊力を抜かれても、逆に入れられても死んでしまう。
基本的に血縁者であろうと、全く同じ霊力を持つ者はいない。
違う霊力を入れられると、その違和感に身体が拒否反応を起こすのだ。
その流れは、種族によって微妙に違うらしい。
霊力を感じ取れるのは、操れる一部の種族とほんの一握りの特殊な人々のみである。
流れを変えることによって、種族が変わることはないらしい。
それぞれの種族には絶対の壁があり、云々。
正直なところ、私も詳しくは知らないのだ。
「ふうん。四神は、霊力の流れを感じ取れるの?」
「ああ、そうだよ。でも種族で差別するようなことはないから、バレたって問題ないし、安心していい。獣人族の一部の過激派は、他種族を極端に嫌うけどね」
最後の一文で安心できなくなった。
過激派ってなんだ過激派って。
とても怖そうな響きじゃないか。
そんな不安を和らげるように、アルは私の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「大丈ー夫!俺が守るから、ね?」
不覚。かっこいいと思ってしまうとは。
普通の女の子なら誰だってこの言葉にはときめいてしまうというものだ。
不可抗力というやつだ。
決して言ったのがアルだから、とかそういうのではない。
行くよ、と手を引かれてやってきた黄龍の目の前。
うーん、やっぱり綺麗な人。
なんだけど…四神が揃っていたときのような神々しさは何故か霧散している。
揃っていないからだろうか。
玄武はたこ焼きを睨んでるのをここに来る途中に見かけたし、白虎もいないようだ。
やっぱり揃ってこその四神なのだろう。
「えっと、初めまして」
綺麗なのに変わりはないので緊張する。
隣でずっとアルがニヤついているのは気にしない。
「フェリス・エイミスです」
こんな感じでいいのだろうか。
黄龍は、私に微笑んでくれた。
「=初めまして。ところでアドルフとはどういった関係なんだ?=」
ちらりと黄龍がアルに視線を向ける。
「拾ったんだよねー」
私はペットか。
ツッコミをぐっと堪えてアルを睨むだけにとどめる。
「一応居候みたいなものです」
拾った、と言う部分は訂正しようもないので、マシな感じに言い換える。
「=ふふ、そうか。わざわざ挨拶に来てもらい、感謝する。仕事の方はよろしく頼んだ=」
「もちろんですとも」
そう答えたのはアルだった。
挨拶を軽く済ませたので、他の店をみることにする。
いまだ残っている幽霊りんごのりんご飴をがりがりと噛んで食べる。
なかなかに美味しい。
なんとなくアルを盗み見る。
「…っ!」
思わず息を飲んだ。
いつもの軽薄な笑みは消えていて、真剣な眼差しである一点を睨んでいる。
「ちょっとここで待ってて」
それだけ言うと、走って行ってしまった。
「あ…」
取り残された私は、祭典の会場の外れで、幽霊りんごの木に寄りかかった。
枝から浮いた不思議な実をぼんやりと眺める。
「どうしたんですかと尋ねてみます」
りんご飴を買った時に見た少女だった。
私は驚いてりんご飴を落としてしまう。
まだ食べかけだったのに。
ローブのフードから覗く無機質な目がこちらをじっと捉えている。
氷のように薄い青色の瞳は機械的で、生気を感じさせない。
ふわりと溢れでた髪は、紺色だった。
「知り合いに置いてかれちゃったの」
私は苦笑した。
「猫のお兄さんのことですかと問いかけます。確かここの警備をしているんでしたっけと思い出します」
不思議な口調の少女は、無感情な声で話す。
「ええ、そうよ。ところで貴女、名前は?」
友達が増えるかもしれないという喜びに、少し声が上ずった。
「セクターですと名乗ります」
「私はフェリス・エイミス。フィー、って呼んで」
私は右手を差し出した。
いつまでたっても動かないセクターに、私は首を傾げた。
そして一つの結論に達する。
「握手、知らない?」
「あくしゅ、ですかと戸惑います」
予想通りだったらしい。
「そう、友達の印よ。右手を出して」
セクターは、ぎこちなく右手を差し出した。
石膏人形のように白い手が、私の前に躊躇いながらも出てきた。
「はい、握手」
その手を同じ右手で握る。
恐ろしいほど冷たくて、人間的でないほどにすべすべとした手。
そんなことはどうでもいいとばかりに、フィーは笑った。
「ともだち」
離した手をまじまじと見つめるセクター。
「ともだち、嬉しいですと喜びます」
その頬は僅かに朱に染まっている。
見ているこちらまで嬉しくなった。
「セクター、ともだち助けますと決意表明します」
するといきなり、セクターは私の手を引いた。
「どうしたの?」
慌てて私は立ち上がる。
「こちらですと案内します」
森の方へと入っていく。
手を引かれるままに、私は木々の間を進んでいく。
どんどん祭りの喧騒が遠ざかる。
ドガーーーーンッ
爆発音が、はっきりと聞こえた。
祭典の方から、煙が立ち上っている。
アルは大丈夫だろうか。
「早く、と急かします!」
セクターは急に走り出した。
手を握られた私も走らざるを得なくなる。
風により、セクターのフードが取れた。
その頭には、円盤型の機械が大小一つずつ乗っていて、そこから無数の接続線が伸びていた。




