girl meets boy
「はぁっ、はぁっ…」
めまぐるしく変わっていく、景色。
鬱蒼とした木にぶつからないよう、注意しながら走って行く。
「あっ…」
木の根につまづき、転んでしまう。
怖い。怖い。
暗い森の中で、一人きり。
人類族の生き残りは、私一人。
たった今、他種族の喧嘩に巻き込まれた。それにより、私たちが住んでいた村は、焼きつくされた。
おそらくは、龍精族と妖魔族との喧嘩だろう。
私が助かったのは運が良かっただけ。
でも、直ぐに私は死ぬだろう。
食べるものも無いし、他種族に遭遇すれば殺される。
「んーん?君、見ない顔だね」
私の正面に現れた男に、ぶつかりそうになる。
淡いブラウンの髪。髪と同色の猫耳。
獣人族だ。
殺される。そう思い込んだ。
「あっ、もしかして人類族?こんなとこに来るなんて珍しいね」
ニヤニヤニヤニヤ。
不快な笑みを浮かべながら、私を見抜く。
「いやぁ、にしても美人さんだ」
……は?
「もしかしなくても、迷ってる?親切なおにーさんが道案内したげよっか?」
私は呆気にとられた。
だってこんな、軟派なセリフ、言われると思ってなかった。
「あれ、その反応、俺が美人さんを殺すと思った?」
ニヤニヤニヤニヤ。
彼は笑みを崩さない。
「え、と、貴方は…獣人族よね?」
「そうそう。俺ー、アドルフ。君は?」
正直、答えるべきか迷った。
警戒心がまだ、残っていたから。
「フェリス…」
少し俯きがちに答える。
この人が悪い人だったとしても、構わない。
どうせ一人だ、殺されてもいい。
「んー、美人さん、家は?」
この人は知らないのか。
「たった今、龍精族と妖魔族との喧嘩に巻き込まれて焼かれたわ」
声音が、自然と低くなる。
涙が溢れそうになった。
顔を見られないよう、下を向く。
ぽたり、と。
涙が落ちた。
頭に何かが乗った。暖かい、何か。
吃驚して、上を向く。
アドルフが、私の頭に手を置いていた。
その顔は、相変わらずのチェシャ猫の笑み。
慰めてくれてる?
「んー、彼奴らね。ったく、他種族は巻き込むなって注意した筈だけどな」
彼は、少し不機嫌な顔になってから、またニヤニヤと笑いだす。
そう、同情なんていらない。
その方が、いい。
「私を殺す?」
気を取り直し、そうたずねる。
「いーや、無益な殺傷はしない主義。それに君、美人さんだし」
「その美人さんって言うの、止めて」
名前を教えたんだから、と私。
「じゃあ、フェリス」
それでいい。私は美人じゃない。
彼の顔の方が、整っていて綺麗だ。
私は頷いた。
「美じ…じゃなくてフェリス、俺の家くる?」
え?
キョトンとした私が可笑しかったのか、彼は吹き出した。
「にゃひゃひゃっ!うひゃ、うはははっ!」
ニヤニヤ笑いじゃない、本当の笑顔。
「安心しなよ、何にもしないからさ」
「そうじゃなくて…いいの?」
訝しげに、問う。
「もちろん。俺ってば一人暮らしだし」
何を考えているのか分からない。
不気味といえば不気味な男だ。
本来なら一蹴するところだが、私はその話に乗った。
どうせ死ぬなら、一縷の望みに賭ける。
「んーじゃ、行こっか」
視界がぐるりと回った。
気付けば目の前にはアドルフの端整な顔。
そう、私は。
俗にいう、お姫様抱っことやらをされていた。
「きゃむぐっ!」
叫ぼうとすれば口を塞がれた。
その手は、驚く程冷たい。
「叫んだらほかの奴に捕まるよ?お・し・ず・か・に」
私の口から手が離れた。
アドルフは、クスリと笑った。
「顔、真っ赤」
私はハッとして自分の頰を抑えた。
「んじゃ、行くよっ!」
その言葉を合図に、アドルフは駆け出す。
稲妻の如く、走る。
とても速くて、私は絶句した。
木々の隙間を駆け抜ける、この快感。
嗚呼、素敵。
風は、私の銀灰色の髪を攫っていく。
あっという間に鬱蒼とした森を抜け、街に出る。
そこから少し外れた、こじんまりしたログハウス。
アドルフは、私を抱えたまま中へ。
「ねぇ」
ニヤニヤニヤニヤ。
悪戯げな笑み。
「いつまでお姫様抱っこしてればいい?」
…あ。
「降ろせ降ろせおーろーせー!」
取り敢えず暴れた。
「酷いなぁ、分かったよ」
彼は私をそっと降ろした。
「んー、カミツレ茶、飲む?」
それがどういうものか、分からなかったが、取り敢えず頷く。
アドルフは、待ってて、とだけ言ってキッチンへ。
暫くすると、ティーカップへカミツレ茶というらしいお茶を注いで、持ってきた。
「あ、そこのソファに座ってていいよー」
指差された薄い緑色のソファに腰掛ける。
差し出されたカップに口を付けた。
「おいしい…」
今迄飲んだことのない味わいが、口に広がる。
向かいに座ってニヤニヤしているアドルフに、疑問をぶつけた。
「貴方、何処かの貴族とか?」
「ん?なんで?」
面白そうに聞き返してくる。
私は余裕ぶった微笑みを、顔に貼り付けた。
「このソファ。ユニコーンの毛でしょう?高級品、よね?」
ユニコーンはこの世界では希少種で、その毛はこのようなソファや、毛布などに使われる。
ちょっとした家が買えるくらいの値段だったはず。
「ただの模造品だよ」
ニヤニヤ笑いが若干引きつっている。
至極分かりやすい。
「嘘」
笑顔を崩さないままに、短く言った。
さて、どう反応する?
「な、なんで、そう思うのかなぁ?ん?」
あ、この人凄く焦ってる。
表情がぎこちない。
ああ、きっと、この人は。嘘を吐くのが苦手なんだな。
そう思うと、反応が可愛く見えて、私はクスリと笑った。
「誰が見ても嘘だってわかるわよ。……で?本当はどうなの?」
アドルフは、少し考えてから口を開いた。
「と・う・ひ・ん」
盗品!?
「え!?嘘!?」
嘘じゃない。
だって彼は今、普通のニヤニヤ笑いをしている。
「俺、怪盗だから☆」
いやいや、それは幾ら何でも。
なんて思うけど、事実は変わらない。
「……怪盗と泥棒ってどう違うの?」
私が思いついた質問は、それだった。
失礼にもアドルフは、ゲラゲラと笑い出した。
「うひゃひゃっ!にゃは、ははははは!何それ?にゃは、うひゃははははっ!」
瞳には、うっすらと涙さえ浮かべている。
「そんなに笑うことないでしょ…」
ちょっと不機嫌になった私は、そっぽを向いた。
「泥棒は、他人の物を盗む人。怪盗は、正体不明で手口が巧みな盗賊!」
やはり違いがあるとは思えない。
私が微妙な顔をしていると、またアドルフは笑いそうだった。
「と、兎に角!」
私は声を張り上げる。
「男の家に女一人で上がりこむのはちょっと抵抗があるんだけど」
だって、ねえ。
「大丈夫だって!俺は恋するなら同族とがいいから!」
猫耳をピクピクと動かして、断言。
まあ、私も同意見だ。
その同族は、もう私一人しかいないけど…
急に私の表情が曇ったのを、アドルフは見ていた。
「わわ、ごめんごめん!そうだよねぇ、もう人類族は…」
でも、とやけに強調する。
「だ、大丈夫だよ!ほら、俺たち獣人族や妖魔族や死仕族だって形は同じなんだしさぁ!」
必死の弁解が面白くて吹き出しそうになった。
「今、笑った?」
慌てて冷静を繕うが、もう遅い。
「ふふ、ふふふっ!ははははっ!あははは、ひゃ、ははは!…ひぃ、お腹痛い」
「酷いなあ、全く。まあ人のこと言えないけどさ」
変わらないと思ったニヤニヤ笑いは、少し優しい気がした。




