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涙腺コックピット ~矛盾の中で夢見るパイロット~

『かきなげ短編賞』で佳作を頂いた作品です。こちらは少ししっとりとしてるお話。

僕は、ヘッドギアのようなものに革製の焦げ茶色をした飛行服を着込む。首元についているファーが顎に当たってくすぐったく感じた。飛行服と全く同じ色のブーツは重たく、僕は一つ息をつき仲間達がいる方向へ向き直った。


 皆、唇をしっかりと噛み締めて、僕を見つめている。そして敬礼の姿勢のまま動かないままでいた。そこには様々な感情が渦巻いているような気がした。そう思っている時に、一人のお偉いさんが一歩前に出た。


「ボロ一等兵、準備はいいか」


「はっ! プラシコ准尉。自分はこの隊にいることに誇りを持って、“龍の稲妻”として責務を果たします」


 視線、視線。今この場にいる全ての人間が僕に注目している。それも今まで通りの見下すようなものではない。一介の龍<イツァナム>の民として皆が僕を見つめている。右腕についている勲章を誇らしげに持ち上げる形で、敬礼をした。そこには今までの僕に対する差別の目はなかった。


 何故かといえば、今の僕は飛べないただのペンギンではなく、人<イシュルタ>の技術を駆使し、空を飛べるようになったペンギンだからである。




*****



 ……僕のような飛べない鳥が、飛べるようになったのには、少々この国の歴史について触れておく必要があるだろう。



 僕らの住んでいる“龍の島”と、“人の島”は、二つ合わさって“アザトホール”と呼ばれている。広大な海に二つの島。そこには異なる宗教が存在していた。それにより誤解が誤解を生み、気が遠くなるほどの過去から戦争を繰り返している。その宗教での最大の論点は、このアザトホール含め全ての世界を統べる最高神の“容姿”についてだった。


 動物の姿である龍<イツァナム>の姿であるのか、人間の姿である人<イシュルタ>の姿であるのか。お互い自分達の姿こそが神の末裔だと主張するのだ。主張することをやめた方が、下位民族として己の存在を認めなければならないからである。


 かくして戦争は繰り返されている。海を挟んで存在している二つの島は、主に海戦と空戦で争い続けていた。お互いが島にいる民衆を巻き込まないために編み出した方法だ。兵は国の正義を信じて進む。進み続ける。相手を敵と信じ続けて、傷つけ続けるのだ。



 そんな血で血を洗うご時世の中、僕は産まれたのだった。


 龍の民として産まれた僕は、自分でいうのも難だが、とても幸せな日常を送っていたように思う。母親がいて、父親がいて、兄妹がいて。家族で集まり、くだらない話で盛り上がったりしていた。あたりまえのこの生活が僕には愛しくて仕方がなかった。


しかし幼心ながら、僕の家系は蔑まれる対象だということを知ることとなる。漆黒の身体を持つカラス族、たくましい身体を持つたか族、小さいながらにも俊敏性を持つすずめ族、様々な鳥の中でも共通していることがある。それは鳥の存在意義とも言えるだろう。彼らには“翼”があるのだ。自由に空を飛び回ることができるのだった。


 だが、僕らペンギン族は飛ぶための翼を持っていない。水中を泳ぐことはできるが、そんなことは鳥というものの付加価値にしかならなかった。飛ぶことができない僕らは散々馬鹿にされてきた。仲間外れにされてきたのである。



 僕は空を飛んでみたかった。



 これを家族に告げたときは「周りの評価なんて気にしなくていいんだよ」と優しく諭してくれたが、僕はそんなつもりで言ったわけではなかった。別に僕は皆にどう思われてようが、どうでもよかった。現に皆が見ていないような水中の美しさを知っている。僕が泳ぐ度に泡が陽を浴びて輝き、色とりどりの魚が群れをなして水の中に“風”を作る。これは泳いでみなければ決してわからない感覚だ。


 同じように、僕は空の美しさを肌で感じてみたかったのだ。翼を手に入れて空の中を自在に泳いでみたい。太陽や雲に近づいたら、もっと違うように見えるのだろうか。陸とも海とも違う“風”があるのだろうか。そんな疑問ばかりが募っていき、僕は空を見ては溜息をつくようになった。まるで恋をしてしまったようだった。


 ――そんなとき、僕の耳にこんな情報が届いたのだ。


 それは人の民と戦うためには、龍の民は自分達の力だけではもう太刀打ちができないという内容だった。人の民は手先が器用であり、飛行機や船などの兵器を作り僕らを脅かし続けていた。最近は更に兵器の機能性も増してきていて、このままの戦闘方法では殲滅せんめつされてしまう。


 だからこそ、龍の国はその技術を自国に持ち込み、僕らにも使えるように改良することにしたのだ。そうしてできたのが“特別操作技術軍”という部隊だった。


 これなら翼のない僕でも空を飛ぶことができる。それは非常に魅力的なものだった。不可能に思われた夢が実現できるのだ。しかし、家族は僕の意志と反して、猛抗議をしてきた。


「軍隊に入るということは、どういうことかわかっているのか!?」


「死んでしまうのかもしれないんだぞ!?」


 両親はそう言って、僕の軍隊入りを拒んだ。別に僕が空を飛びたいということを否定しているわけではなかった。軍隊に入ることを心配してくれているのだった。それが僕に対しての愛情だということもわかっていた。僕の、のんびりとした戦争とは全く無縁な性格も把握した上で止めてくれているのもわかっている。それでも、僕は唯一僕を突き動かしているこの“憧れ”の感情を抑えることができなかった。結局、僕は反対を押し切り単体で“特別操作技術軍”の門を叩いた。


 新しい部隊ということもあり、どのような試験があるのかさえ知らなかった。僕は苦手な勉強もこの部隊に入るためなら仕方ないと考えていた。むしろあまり龍の国に貢献できていないペンギン族という時点でお払い箱かもしれない。なにはともあれ、何を勉強すれば良いか聞くくらいの気持ちで訪ねたのだった。


 すると、隆々とした筋肉にがっしりとした肩幅を持つ、ゴリラ族の偉そうな兵隊さん――後に僕の直属になるプラシコ准尉――は僕にこれだけ聞いてきたのだ。


「龍<イツァナム>様のために死ねる覚悟はあるか?」と。


 僕はその問いに、頷いた。予想外の手応えに驚いたと同時に、このチャンスを逃すわけにはいかないと僕は、迷う合間を作らずその兵隊さんに答えてみせたのだ。相手は僕とは違って驚くようなことはしなかった。そして場数を踏んでいそうなその瞳に、一縷の悲しい色を見せた――――気がした。


「そうか、それならば“特別操作技術軍ここ”で貢献することだな」


 この答えに僕は歓喜した。空へ行くことが約束されたも同じだった。“夢”への道がほぼ確保できたという事実に小躍りしながら、僕は深々と兵隊さんにお辞儀をしたのだ。この時、ゴリラ族の兵隊さん、プラシコ准尉の瞳の真意を知ることはできなかった。



 それから過酷な僕の挑戦が始まった。まず覚えなかればならなかったのは、飛行機の扱い方ではなく、この国の歴史や、戦術の理解についてだった。どの授業でも毎日言われたことは“国があってこその自分だ”ということである。僕はそんなことは正直どうでもよかった。しかし、週に一回あるテストの点数が良くなければ、実戦演習にも参加ができない。身体能力が劣った僕が稼げる項目はこれしかなかったのだった。


 大事な用語にラインマーカーを引いて、何回も読み書きする。身体が“眠たい、休みたい”と嘆いていても、僕の心はそれを許さなかった。暗記するため単語を書いた紙切れは、僕の机に散乱している。僕はただただ飛行機に乗りたかった。この厳しい環境を耐え抜くには、僕のこの意志の力しかなかったのだ。


「ボロさん、何故そんなに笑っていられるのですか?」


 あるとき、僕は名を呼ばれ一人の女の子にこんなことを尋ねられた。彼女は頬にあるうろこを濡らして、僕を訴えるような目で見た。彼女は人と鮭族の間に産まれた、雑種ミックスなのだ。容姿はさながら人のようだが、頬を中心とした鱗と、耳の後ろについているエラが魚の血が混じっていることを示している。僕のような国に貢献できていない種族も差別の目で見られるが、それよりも遥かに下位と認識されてしまうのがこの雑種なのだ。


「こんな生きていることさえ、軽んじられるこの場所で……何故笑っていられるのですか?」


 僕は彼女の問いに答えることはしなかった。できなかったのか、敢えてしなかったのかは僕自身、わからなかった。多分、僕の空に対する愛情を語ったところで、彼女の耳には届かないだろうと思ったからだ。黙っている僕を一瞥して、スっと泳ぐように僕の横を通り過ぎていった。その悲しげで、それでいて儚い表情に僕はしばらく目を奪われていた。



 点数稼ぎに明け暮れる日々。僕にとってルーティーン化してきていた日常は、龍の国にとっては決してそうではなかった。人の国は日進月歩で技術を革新し続けていて、日を追うに連れて形勢は苦しいほうへ傾いていった。僕の仲間達も次々と実動員として戦地へ送り出される。応答を待ち続けたけれども、いくら待ってもトランスシーバーは雑音を拾うばかり。飛行機も帰っては来なかった。いつの間にかあの透き通るような気配を持つあの女の子の姿も見えなくなった。



 その時だ。ついに僕へ“出撃要請”が出たのは。 




***** 




 皆の肌を刺すような視線の中、僕は背筋をピンと張って戦闘機に乗り込んだ。その視線には期待と不安と――色々な感情が介在しているようだった。僕の相棒となる戦闘機<E-5643>の内部は、少し埃っぽい。見かけよりも固い座席に座る。目の前にはコックピットがある。座学で学んだ通り、細かなスイッチやレバーがたくさんあった。ペンギンである僕でも操縦できるようにスイッチはオンとオフしか基本的にはない。


 羽部分にスイッチが押しやすいように、グローブのような装着具をつけているのだが、緊張で汗ばみ気持ち悪さを感じた。あれだけイメージトレーニングをしていたのに、こんなに手元も震えてしまう。実は僕が飛行機に乗るのは初めてだった。それはかなりの異例なことである。プラシコ准尉を始めとして、僕の“空に対する愛着”が凄まじいということは皆知っていた。だからこそ、試運転でもさせたものなら帰ってこないとでも思ったのではないだろうか。そんな僕だから、成績は良くても出撃要請が出たのがこんなに遅かったのだろう。


 ゴーグル越しに滑走路を見つめ、僕は生唾をのんでからエンジンをつける。戦闘機が目を覚まし、僕へ振動を伝える。まるで準備完了とでも言いたげなものだった。そして僕は追い風を願いつつ、レバーを奥へ押し、“発進”の指令を相棒に送る。ゆっくりと戦闘機は前へと進んでいく。周りの仲間達、教官達が敬礼をしているのが見える。僕は敬礼をしつつも、まだ気を抜くことができなかったので、周辺視野で彼らを捉えることにした。


 みるみるうちに戦闘機の速度は上がっていく。そして過ぎ去っていく滑走路に記されている白線は、“飛行”を僕に促す。僕は右側にあるレバーを今度は手前に引いた。すると身体は後ろへ傾いていく。当然だ、機体自身が傾いていくからである。鳥の群れがいないか確認しながら、飛翔を続ける。今まで閉じ込められていた宿舎は、まるで屑かのように小さくなっていった。


「あぁ…………」


 僕は思わず、声を漏らした。そこには“空”という名の“海”が広がっていた。雲という概念は存在しないということを知った。近づいてしまえば、それはただのガスだった。ゴォ、と耳は風を切る音を感じ取っている。周りには鳥さえもいなかった。僕以外に誰もここにはいない。ただあるのはガスと、焦がすような眩しい太陽。僕はゴーグルをとってその景色を焼き付けようとした。



 これが“空”なんだ。ずっと探し求めていた景色なのだ。



 恋焦がれたこの空間は、僕を包む。耳を犯す音さえ気にならなくなった。青とは表現しきれない地平線。下にふと視線を落とすと丸みを帯びた大地と海がそこに広がっていた。


「龍の国も、人の国も、一緒の場所にあったんだね」


 僕は孤独の中、そんなことを呟いた。今まで僕が字面だけで把握していた世界<アザトホール>は、もっと国一つ一つが隔離されているものだった。“空”は僕に新しい価値観を授けてくれたのだ。まるで、それは万能の神様のように思えた。    



 だが、そんな神様は僕を殺す。



 ピピーと、相棒は僕に孤独からの解放を知らせる。僕は静かにゴーグルをつけ直した。姿はまだ見えないがレーダーに反応があったのだ。しかし歩み寄ったものは僕の友達でもなんでもなく、僕の相棒よりも何十倍大きい空母だった。あれは人<イシュルタ>の軍が乗っているものだ。別に僕はそれに対して驚くことはなかった。



 これは予定調和のことだったからだ。



「『龍<イツァナム>様のために死ねる覚悟はあるか』か……」


 僕は随分前にプラシコ准尉に言われた言葉を、口から外に出してみた。汗で濡れた羽をレバーにそえる。僕が“特別操作技術軍”へ行こうとしたときに引き止めた家族の表情、門を叩いたときに見せたプラシコ准尉の表情、そして「何故笑っていられるのですか?」と呟いた憂いの帯びた、少女の瞳。全てが僕の脳内を駆け巡った。それと共に、相棒<E-5643>は加速を始める。


 空母は僕の存在に気づいてはいない。そのように造られた戦闘機に乗っているのだから当然だろう。加えていうのならば――――僕の戦闘機には行きの燃料しか積まれていない。



 その代わりにありったけ積んだ爆薬と共に、僕は“空”を滑走する。


「僕は……幸せだ」


 速度を増していくに比例して相棒の風を裂く音は、また僕の意識に刷り込まれていく。相棒の起動音さえ気にならなくなっていった。しかしくちばしは振動でガタガタと震えていた。気が狂いそうな速さに身体がちぎれてしまいそうな感覚をおこす。


「こんな美しい“空”の中で、死ねるのだから……」


 僕はこれだけのために生きてきたのだ。このまるで神様のような、神秘的で輝かしいこの景色に僕の骨を残すんだ。それが“夢”だったんだ。後悔なんて――――。


「嫌だ……なんでだよ」


 ゴーグルをしているのにも関わらず、視界が曇っていく。僕はこみあげてくる喉の痛みと息苦しさに、激しい怒りを覚えた。それは誰に対してでもなく……僕自身に対しての怒りだった。崩れてしまいそうな自分に対する、必死の叱責。



 その時、僕はなぜ“海”に美しさを見出したのか、その理由を知ってしまった。海には仲間がいた。優しいそよ風があった。心に染み入るような笑顔があったんだ――――。だから本当は、どこにいたって美しいものは美しかったんだ。



 なんで、今更。



 空母はみるみるうちに近づいていく。それはモザイクがかかったかのようにぼんやりとしか見えない。そして瞳に溜まった雫はコントロールできずに、頬を伝った。それと共に感情が溢れ出す。それがなんという名前の感情かさえ分別できないまま――――空母は僕の視界全てを、覆った。


「――――――――――!!」


 激しい爆音を聞いた記憶は、既にない。噴き出す液体に壊れていく僕という存在。相棒と共に灼熱に包まれる。トランシーバー、ゴーグルに戦闘機のレバー。僕だった破片。ゆっくり、ゆっくりと落下をしていく。 割れたコックピット。全てが無となり“海”へと還っていく――――。




*****




 とあるペンギンの家庭に、息子の戦死を知らせる封筒が届いた。悲しみにうちひしがれている中、戦争は続いていく。しかし時代が移り変わる。“龍の島”と、“人の島”を指す“アザトホール”は、“自然”を神の化身とする宗教を信仰する“マール”に吸収されることになる。その後、平和となった世でペンギン族が旅行会社を立ち上げ、たくさんの笑顔を共有し始めるのは、もう少し後の話。

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