93.ため息が止まらない
ここ数日ネットからちょっと離れ気味だった俺がとおりますよ。
しょうがないじゃん、JFK(ケネディ米大統領な、JK)が暗殺されて今年で50年とか知ると、いろいろ調べたくなるのが人情ってもんで。
で、俺の発見。
あの瞬間って、カラーフィルムでも撮影されてたんだな。知らなかったは。
一方、リアルな俺の生活では。
『A、何か変じゃない?』
最初にそう言い出したのは友人Bだ。学校で会ったAはどうも冴えない感じだったと。
まあ、それで一番の親友である(?)俺がAと話してみることになった。俺は内心「Bが気づいてんだから、Bが聞けばいいんじゃね?」と思ったが、Bは人間関係の動きに敏感だが、変化は見つけられてもそれをどうにかするのは苦手なのだと。
俺だって、人間の扱いに特に優れてるとは思えないけどな。
ま、父ちゃんや母ちゃんみたいに普通の人間枠から外れてる人間の扱いには慣れてるような気はするが。
そんなわけで、俺は午後の授業の後、Aを学食に誘った。
全然色気のない場所だが、相手はヤローだし、学外で喫茶店に行くより安いってことで。
「どした。アノ日か?」
「いや」
あれ、確かにいつもと反応が違う。
いつもだったら、Aはそこですかさず
『え、分かったぁ? でも、高分子ポリマー配合だから、多い日でも安心♪』
とか何とか言って、その辺の紙にサラサラと化学式を書き「ポリマーとは何か」から始まる化学の講義に突入して、それが小一時間ほど続くのだが。
あー、ちなみにAの専門は化学ではない。
「EDか?」
「んー、そっちは元気だ」
またもや会話が途切れる。
おかしい。Aが下ネタにまったく食いついてこないなんて。
「そっか。元気なら、アレ、使ってんのか? 例の◯イソンとテ◯ガの究極コラボ。もう完成したんだろ?」
えーと、俺のこの発言については33話の内容を思い出してほしい。
しかし、Aはうなずく代わりにぼんやり天井を見上げた。
「あれは…止めた」
「え? どして。何かあったん?」
「いや、別に」
Aはそう答えたが、その後も見ていると3分に1度の割でため息をついている。
「何かあったのか。いいからオジサン(俺のこと)に言ってみなさい。聞き流すだけかもしれないけど」
俺の言葉にAは真面目な顔をした。
「おれさ、学校変わるつもりなんだ」
俺はつり革を握る自分の腕に頭を乗せてため息をついた。
スマホを見るとその前にため息をついてから3分経っていない。
ヤバい。
Aのため息が伝染った。
Aが学祭でロボットの対戦コンペに出場したことについてはこの間書いた。残念ながら2回戦の途中で油圧システムが制御できなくなってリタイアしたが、Aの愛機はエントリーしたロボットの中で唯一の「飛翔型」だったため、かなり注目されたらしい。
そしてコンペの後に開かれた打ち上げ(ロケットの、ではなく普通に飲み会)で、Aは他の大学の関係者にアプローチされた。
「将来研究室に行くことを視野に入れた上で☓☓先生のゼミに来ないか」と。
「履修科目が全く同じってワケじゃないから、最初は無理だろうとおもったけど、細かく照らしあわせてみたら大丈夫そうって分かった」
Aはもうすでに☓☓先生と会って研究室を見せてもらい、両方の学校の学生課から転学に必要な書類も取り寄せたそうだ。
あとは書類に記入して提出し、無事に受理されたら、Aは来年の春からその学校の三年生として新生活をスタートすることになる。
「自分がやりたいことが出来そうだと思うとうれしい。でも、ここでの2年間の人間関係とかを置いて、新しい環境で一からやり直さなきゃならないのは正直しんどいな、とも思う」
だから最近どうしてもため息をついてしまうのだ。
俺は学食のこげくさいコーヒーを前にAのモノローグを聞いていた。
俺たちの学校は知名度は高い。ぶっちゃけ、俺たちの学校名を知らない日本人はモグリじゃね? と言えるくらいには名が通っている。
しかし、それだけ知られているわりにはこの学校は個々の専門分野の業績は芳しくない。たぶん学生のほとんどがブランド名を武器に一般企業に行ってしまうから研究者がなかなか育たないのだと思う。
まあ、そう言ってる俺も一般企業志望の学生なんだけどさ。
将来を考えたら他の学校へ移るのがAにとってベストだと俺は思う。もし俺がAだったら、きっと俺も同じ選択をするはずだ。
分かってはいる。でも、単純に一緒に喜べない。
だってさ。
その「他の学校」ってここから離れてるから、Aはこの学期が終わったら向こうの学校に近いところに引っ越しちゃうんだぜ。
「Aと俺たちゎ……ズッ友だょ……!!」
冗談めかしてそう言い、俺はAを笑わせた。
でも。
以前のように学校の帰りにAのアパートに押しかけたり、グラスで隣の物音を盗み聞きしたりといったバカな時間を共有することはもうないのだ。
Aと一緒に笑いながら、俺はそう思った。
学食を出てAと別れてから、中途半端に時間が空いた俺はちょっと駅周辺をぶらつくことにした。つい最近、念願の新型ノートブックを買ったので今の俺は情けないくらい金がなく、買い物したくても本当にウィンドーショッピングしか出来ない。
俺は電気屋でノートブックのアクセサリーを見た。今は買ったときにオマケで付いてきたチャチなキャリングケースを使っているが、今度バイトの金が入ったら、中にパッドが入った頑丈なケースが欲しい。
あ、でも「ひなこちゃんとネズミーランド計画」に向けて軍資金も貯めなきゃいけなかったんだわ、俺。
これからクリスマスまでに間に合うのか?
目と手でキャリングケースのスペックを調べつつ頭ではあーでもないこーでもないと金もうけの方法を考えていたら、何かが視界をかすめた。
俺は顔を上げ、周囲を見回した。しかし何も不審なことはない。
再び二つの作業に戻ると、またさっきと同じ感じがした。
「ん?」
何度か同じ動作を繰り返した末、俺はキャリングケース調べに戻るフリをしていきなりフェイントで顔をガバっと上げた。
向かいの売り場でUSBメモリを手にした男が俺を見ていた。
なんだ、ヤローか。
女の子ならよかったのに。
再びキャリングケースに目を落としかけた俺はフリーズした。
ちょっと待てよ。
なんか見覚えがあるような。目のあたりとか。
でも、あの人には会った記憶がない。
俺は男を注視した。
目が合ってからの男は明らかに挙動不審になった。
持っていたUSBメモリをフックに戻し、他の客をかき分けるようにして横に移動した。
あたかも俺の前から立ち去ろうとするかのように。
その間、彼を、特にその指先の優雅な動きを見ていて、俺はやっと気がついた。
「み、みさとさんっ!?」
俺に声をかけられたことで男は逃げるのを断念したようだった。彼はフックに戻したUSBメモリをもう一度手に取ると、俺のいる売り場までやって来た。
「やあ」
彼は俺に向かって片手を上げた。
「ほんとに美郷さんっ!?」
「君、声が大きい」
美郷さんは唇に指を当て、今度は女の子の声で「しーっ」と言った。




