83.ハロウィーン当日(後編・パート2)
(*携帯だと「まえがき」が読めないことを発見したので、本文に書いとくは)
ハロウィーン当日。友人Bの助けを借りてバイト先の飾りつけを済ませた俺は猫耳執事を、そしてひなこちゃんは猫耳着物娘のコスプレで客を迎えることになった。
「とりっく・おあ・とりいと」
「はい、よく言えました」
ひなこちゃんはカゴから棒つきキャンディを取り出すと、子どもに握らせた。
何も分からず、母親から耳打ちされたとおりの言葉を言った子どもはきょとんとした顔をしたが、次の瞬間、包み紙をはぎ取りキャンディにかぶりついた。
『魔法の言葉を言ったら、何かが起こるよ』
レジの前にはポップ文字で意味ありげにこんなメッセージが貼ってある。
ま、会計のときにレジで「トリック・オア・トリート」と言ったらキャンディがもらえるだけなんだが、ハロウィーンらしさが受け、なかなか好評である。
ちなみに、このポップ文字のメッセージを書いたのもBだ。来店してこのメッセージを見た人おそらく全員がこれがひなこちゃんの手書きだと信じてると思うけどな。
「トリック・オア・トリート」
「はい、どうぞ」
英会話教室に通う小学生がレッスンの前に来た。どうやら、ひなこちゃんに自分たちのハロウィーン・コスを見せたかったようだ。
「あのう、一緒に写真を撮ってもいいですか」
一人が言い出したのをきっかけに店内で大撮影会が始まった。
撮影者は、おしなべて俺。
撮ろうとすると、ガキのくせにみなしっかりひなこちゃんをフロントにする。たまに空気読めない女子が真ん中に写り込もうとするが、男子が結託してさりげなく隅に追いやってる。それでも分からないヤツにはオバケ・コスのシーツの下から蹴りを入れてるっぽい。こえーな、今どきの消防はっ。
そして、幼児・児童の時間帯が終わると、恐れていた厨房・工房・その他魑魅魍魎アワーに突入した。
数日前から飾りつけに備えてじわじわ店内の商品を移動させてたから感づいたんだろうな、告知しなかったのにあり得ないほどごった返してる。
「ひなこさん、こっち向いて!」
「猫耳してるんっスね、かわええ~」
「ももも萌え〜っ!」
しかも、普段おとなしくしてた連中までこの混沌に乗じて大胆になりやがる。
どさくさ本人に許可無く写真を撮りまくり、ひなこちゃんの猫耳に触ろうと手を伸ばす輩までいるので、俺はカメラを遮り、ホウキとハタキで狼藉者の手を叩いて防戦するが、多勢に無勢、ひなこちゃんを守るのが精一杯だ。
さすがハロウィーン、魔法使いの「見習い」やら新製魔法使いの暴れっぷりがパネェぜ。
ヤツら、入店早々『魔法の言葉』ポップ文字のメッセージに目ぇつけるし。
「魔法の言葉、言ったら、ひなこさんに飴、もらえるのかっ!」
「『魔法の言葉を言ったら、何かが起こるよ』か。オレは「何かが起こる」より、ひなこちゃんに怒られたいっ」
アホウな言葉を言ったら、俺が怒るよっ!
イヤな予感がしたので、メッセージの下に貼っておいた答え(トリック・オア・トリート)は事前にはがしておき、コイツらにはノーヒントで言わせることにした。
が。
さすが、イベント慣れしてない道程(俺も含むが)集団、答えを知っていそうで知らない。ひなこちゃん手ずから渡されるキャンディ目当てに商品を持ってレジに押しかけるものの、言葉を間違えことごとく玉砕していく。
「魔法の言葉って、アレ? 「ビビデ・バビデ・ブォー」とかいうの?」
いや、そっちじゃない。それにネズミーの版権とか怖いから、深く関わりたくない。
「違うよ「トレック・オア・SW」だ」
お前らまとめてエンタ◯プライズ号で銀河系の彼方へ逝ってよし。
「トニック・オア・ジン?」
酒飲みだな、コイツ。正しくは「ジン・アンド・トニック」だ。
「トピック・オア・フォト」
ジャーナリスト乙。ピュ◯リッツァ◯賞はお前にやるは。
「トラック・オア・マラソン」
東京五輪に向けてせいぜいがんばってくらさい。
その一方で魔法の言葉にまったくかすりもしないヤツもいる。
「雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ…」
宮澤賢治は確かに歴史上有名な「魔法使い」ではあるが、さすがにこれは魔法の言葉ではなかろう。
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ…」
ヤ○ダくん、いいから座布団全部、持ってって。
「もぅマヂ無理。彼氏とゎかれた(中略)ぃま手首灼ぃた。身が焦げ、燻ってぃる。◯死◯て◯悪を◯す。それこそが◯廷◯三◯の意気と知れ。破◯の◯十◯(後略)」
誰だよ詠唱やってるヤツは。俺を版権問題で殺す気か。唱え終わる前にぬっころしてやる。
……。
ハロウィーンってこんなに壮絶なイベントとは知らなかったは。
どうにか魑魅魍魎をやりすごし、気がついたら、閉店間際になっていた。
最後に残った会社員風の男一人がレジの前に立った。
コイツが最後の挑戦者、もとい、客か。
「ひなこさん」
男は直立不動で言った。
「第一印象から決めてました。…お願いしますっ!」
頭を下げ、手を真っすぐひなこちゃんに差し出した。
この動き(ムーブ)はっ。
俺は戦慄した。
知ってるぞ、ようつべでこの動画、見たことある。
古の魅了魔術「ねる豚」のスペルだっ!
「え?」
意味が分からず目をぱちくりさせているひなこちゃんに向かって、男はなおも手を出し続け、あまつさえその指をワキワキさせてすらいる。
「握手、ですか?」
ひなこちゃんは首をかしげながら男に向かって自分の手を伸ばした。
ダメだ、その手を取っちゃ。
俺は心の中で絶叫した。
「ねる豚」では、差し出した手を取ったら
「交渉成立」で
「アナタと交際します」を意味しちゃうんだよ!
ひなこちゃんの手は刻一刻と男のワキワキしてる手に近づいていく。
俺は必死で考えた。
こういうときは、どうするんだっけ?「ねる豚」では。
このスペルは強力だが、成立しないカップルもいたはずだ。
思いだせ、思い出せ。
俺は必死にようつべの動画をいくつも脳裏に浮かべた。
すると。
一つのシーンがぱっと記憶の表面に浮かび上がった。
これだ。
「ちょーっと待ったぁっ!」
ひなこちゃんの手があと数ミリで男の手に触れるところで、俺は二人の間に割り込み、男と向かい合った。
「ごめんなさい!」
そう叫ぶと、俺は盛大に柏手を打った。
店内に手を打ち合せたぱーんという音が広がり、天井に当たって、ぶゅんと共鳴した。
フラッター・エコー、またの名を鳴竜という。
そして共鳴音が降り注ぐ中、男が顔を上げて何か言う前に俺は深々とおじぎをした。
そう。
これが「ねる豚」のスペルを破る唯一の奥義
「スペル返し + MAX柏手から入る合掌 + ディープお辞儀」のコンボ技、
「エクストリームお詫び」だ!!
本当はひなこちゃんがするべきだが、このシチュではしかたないので、俺が代わりにやった。
男は顔を上げた。
俺を見て怪訝な顔をしたが、俺は敢えて無言を貫いた。
弱気になったり、笑ってごまかそうとしてはいけない。
「ねる豚」なら「ねる豚」らしく、様式美に徹した者がこの場を制す!
一呼吸は見つめ合ったと思う。
男は眉を下げ、歯をむき出して気弱な笑みを浮かべた。
「あばよっ!」
俺たちからくるりと背を向けると、ドアから店の外へ駈け出していった。
「あの、キャンディ…」
俺はカゴからキャンディをつかみ出すと男を追った。
「お客さん!」
俺は店から10メートルほど先で男に追いついた。
「キャンディです。魔法の言葉、間違ってましたけど、どうぞ」
男は俺から棒付きキャンディを受け取ると、俺の肩に手を回しマイクのようにして俺に突きつけた。
「ね、どこがダメだった?」
コイツ「ねる豚」の達人だ。
一人で「参加者」と「司会者」の二役やってやがる。
しかたないので、俺は様式美に則り質問に答えてやった。
「あ、えっとぉ、家が遠かったから…じゃなくて、「ねる豚」ネタを疑いもせず出すあたり、どう若く見積もっても30代ですよね? 下手すりゃ、ひなこちゃんの親ぐらいの歳ですよ。ダメに決まってるじゃないですか!」
男は「えー?」と首をかしげた。
「ダメかなぁ。でもさ、直接本人から「ごめんなさい」って言われてないから、まだ可能性、残ってない?」
「ないですっ。飴、持って帰っちゃってください」
「そんなー、つれないなー」
店に戻ろうとしたら、男も俺の後を着いてくる。
コイツ、めげないヤツだ。
振り向いて、俺は再び男と向かい合った。
「ごめんなさい!」
俺は夜空に響き渡るほど大きな柏手を打ち、頭を下げた。
「もう閉店時間ですっ!」
そして勢いよくドアを閉めた。
こうして、俺の店のハロウィーンは終わった。
「私、こういうの一度もやったことなかったんです。ハロウィーンも。飾りつけも。だから、とても楽しかったです」
閉店後に現れた店長に向かって、ひなこちゃんは頬を上気させうれしそうに今日の報告をし、修羅場を見なかった店長はひなこちゃんとレジの売り上げを見比べ「よかったよかった」と、これまた顔をほころばせてる。
俺はその様子を少し離れたところから見てた。
朝、いつもより早くから開店準備をし、着慣れない執事服で働いたせいか、体じゅうの変なところの筋肉が引きつれ、軋んでる。
明日からは今度は学祭の準備に入るんだが、果たしてこんなんで使い物になるんだか怪しい。
だが、今日、ひなこちゃんのあの笑顔が見られただけで、俺は全ての苦労が報われた気がした。こんなに喜んでもらえるなら、1年365日ハロウィーンでも一向に構わないとさえ思う!
あ、それから。
店長に頼んで俺とひなこちゃんのツーショットも撮ってもらったぜ。
Bとの約束を果たさなきゃいけないからな。
リクエストは「ツーショットで」じゃなかったかもしれんが、ひなこちゃんが写ってるんだからいいよな?
「ありがとう「俺」さん。それからBさんにもよろしくお伝えくださいね。じゃあ、また明日」
「いや、僕、連休明けまで店、来れないんだ。それで、」
あいさつをしてバックヤードを抜けて帰ろうとするひなこちゃんの背に、俺は思い切って声をかけた。
「じゃあ、火曜日に。失礼しまーす」
「…よかったら学祭に…」
俺の残りの言葉は裏口から駆け去るひなこちゃんのぱたぱたという草履の音にかき消された。
(*携帯だと「あとがき」が読めないことを発見したので、本文に書いとくは)
「悪いね「俺」くん。今晩、奥さんの店で「ハロウィーン・パーティ」やることになっててね。予約が一杯で忙しいから、ぼくも厨房を手伝わなきゃいけなくて」
ひなこちゃんが帰り、店長も去って、俺は一人で後片付けをした。
暗幕を取り、小道具をまとめてバックヤードに運び、出来るかぎり店をハロウィーン前の状態に戻しておく。
気がついたら拾っていたつもりだが、こうして閉店作業をしていると、そこらじゅうから飴の包み紙が出てくる。
ハロウィーンの残滓だ。
通路の隅には、膨大な量の使用済みティッシュも落ちてたりする。それに関しては、もう俺は詳細に描写しない。
…臭いを含めて。
全ての余計な感覚をシャットアウトして俺は黙々と掃除をした。
俺がしっかり片付けておかないと、明日ひなこちゃんがこれを見ることになる。
これらのゴミでせっかくの彼女の楽しい思い出を汚したくなかった。
床から紙くずを拾い上げようとしたとき、指先がズキッとした。
「イテぇ…」
ペーパーカットや鋭いものが刺さったりしたときの痛みだ。
誰か鏡でも落として割ったのか?
全く危ないじゃないかっ。
もし、ひなこちゃんがケガでもしたらどうするんだっ。
俺は手を顔に近づけ、人差し指に深々と刺さったものを見て息を呑んだ。
それは、ものすごく長く、黒くしなやかで、つやつやと光る…
一本の髪の毛だった。




