80.ハロウィーン当日(中編)
ハロウィーン当日、俺は助っ人の友人Bとともにバイト先の飾りつけをした。そして無事完成したところで、俺はBの勧めに従って「執事」の仮装をしたのだった。
「ハロウィーンに、ただの執事コスでは足りないな。百均で牙でも買ってきて「ドラキュラ」にする? それともゾンビのメイクするか?」
Bの言葉に俺は首を振った。
「この店さ、通学路にあるだろ? 小学校のPTAから「子どもがPTSDになるから過度に怯えさせるな」ってお達しが出てるんだ。だから血とか内臓はNG」
店長からこれを聞かされたとき、俺は「なんじゃそりゃ」と思った。これだけ普段から映画やゲームでホラーだスプラッタだとやってるのに、こと行事となると締め付けが厳しくなるから不思議だ。
俺と同じように思ったのだろう、話を聞いたBも肩をすくめた。
「ふ〜ん。外国じゃガンガンやってるのにな」
「あれじゃね? クリスマスもバレンタインデーもオリジナルと日本でやりかたが違ってきてるだろ。ハロウィーンもきっとそうなんだよ」
Bの眉がぴくりと動いた。
「なるほど〜。日本のやりかた、ねぇ」
そう言うと、ショッピングバッグの中に手を入れた。
「こんなこともあろうかと」
開いたBの手には茶色の猫耳が付いたカチューシャが乗っていた。
「何でも猫耳付ければすべて解決。これぞクールジャパンの真髄」
俺は身をのけぞらせてBのカチューシャ攻撃から逃れた。
「お前なぁ、ただ猫耳付けたいっていうのがバレバレだ」
Bも諦めてはいない。俺にバックチョークをかけてきた。
「いいだろ、Being CUTE is as ABSOLUTE as JUSTICEだ!」
「イヤだっ!」
俺たちがカチューシャを握ってもみ合っているときにいきなりドアが開き、俺が振り返った一瞬の隙を突いてBは俺の頭にカチューシャを装着した。
「うわっ、なんという不覚っ!!」
俺はすかさずBを突き飛ばして立ち上がったが、ドアの向こうを見て凍りついた。
「ひ、ひなこさんっ」
ひなこちゃんは口をあんぐりと開けて俺を見上げている。
「お兄ちゃん、どうしてここに!?」
「え?」
「は?」
これは床に尻もちをついてるB。
俺とひなこちゃんはきっかり10秒見つめ合った。
One thousand, two thousand, three thousand, four thousand, five thousand, six thousand, seven thousand, eight thousand, nine thousand, ten thousand.
1秒という時間は実は結構長い。だから、英語では数字の後に「千(thousand)」を付けるとちょうどぴったり1秒分の長さになるとされている。だから、この英語の部分を普通のスピードで音読すると実際に10秒経過するはずだ。
そして10秒後、ひなこちゃんは目を見開いて両手で口をおおった。
「あ、やだっ、私「俺」さんのこと、てっきり兄かと」
俺は頭に手をやった。
指先に猫耳のふわっとした毛を感じる。
「ひなこさんのお兄さんって…もしかして、ネコ…?」
「いえ。兄はいつもそういった服装をしているので」
「じゃ、ひなこさんのお兄さんのご職業は執事さん?」
ひなこちゃんは首を振った。
「兄はいつもスーツを着ているんです。家でもボタンのついたシャツしか着なくて」
あ、そういうことか。
ひなこちゃんは俺をしげしげと見つめた。
「…まさか「俺」さんが眼鏡をかけて髪形変えただけで、こんなに兄に似てるなんて…」
え、そんなに似てるのっ!?
俺は慌ててスマホを取り出し、さっき自分撮りした写真を見直した。
やっぱり俺にとっては「父ちゃんそっくり」なんだが。
…ってことは。
「ひなこさんのお兄さんは、その、やっぱり、傲慢で、冷酷で、数字と効率で物事を判断して……人に見えないものも視えちゃったり、とかするんですか?」
「え? ゴーマン、レーコク? え、ええ?」
ひなこちゃんが目を白黒させた。
だよな。
父ちゃんみたいにぶっ飛んだ人間がそう簡単にいるわけない。
俺はちょっと安心した。
「何やってんのよぉ「俺」、ナルシスしてないで、ひなこさんのコスチュームにコメントしてあげなきゃあ」
再びファッションモードに戻ったBに小突かれ、俺は我に返った。
「ひなこさんの今日の格好、とてもいいと思います。うごっ!」
後ろからBの裏拳が俺のわき腹、正確には外腹斜筋に入った。
「ハロウィーンに着物、なんて意表をついてますね。ぐぎっ!」
今度は正拳が俺の背中、広背筋の下のほうにめり込み、俺はのけぞった。
「そんなんじゃダメ」
Bが俺の耳許でささやいた。
「なによ「とてもいいと思います」って。全然具体的にほめてない。こんな風に言うの、見てなさい」
俺をカウンターに押しやると、Bはひなこちゃんの着物を指さし歓声を上げた。
「ひなこさん、その朱色の留め袖、縮緬でしょ? 分かるぅ。帯は、黒地の錦織を…ちょっと見せて…ああ、二重太鼓結びにしてるんだ。お太鼓って渋いけど、若い子がしてると逆に新鮮で引き立って見えるのよねぇ。帯留めは、それ、瑪瑙、瑪瑙ねっ? 着物の色に合ってていいわ。どれもみーんな素敵、似合ってるぅ」
「あ、どうもありがとうございます」
ひなこちゃんが頭を下げると垂らしたままの髪が着物の上を滑り、さぁーっと音を立てた。
Bは俺に向き直った。
「あのね、女の子が着物着て来たら、ぱっと見てこれぐらい言えなきゃダメなの」
「マジでかっ!?」
俺「ひなこちゃん、今日着物だ」としか思わんかったは。
それにしても、Bのファッション知識が着物にまで及んでるとは、今の今まで知らなかったぜっ。
「ひ、ひなこさん」
俺もBに倣って恐る恐るコメントしてみた。
「着物のその柄、ス、ススキ、だよね?」
ひなこちゃんは笑顔でうなずいた。
「ええ。着物の色を夕陽に見立てて、ススキが秋の日暮れどきにそよいでいる様子だそうです。そして…」
ひなこちゃんはくるりと後ろを向いて俺に背中を見せた。
「帯は夜空で、ここには満月とススキが刺繍してあるんですよ」
「わぁ、なんか、浮き上がって見える」
思わず声が出た。
俺は着物のことは全然分からないが、黒い帯にきらきら光る金糸と銀糸で描かれた月とススキは本当に綺麗だった。
そして、俺の褒め言葉ともつかぬ怪しげなコメントに笑顔を見せるひなこちゃんも。
「実は、これ、兄が選んでくれたんです。今日はハロウィーンだから特別な衣装を着て行きたいと言ったら「悪霊祓いなら、これを着て行きなさい」って。魔除けになるからと、先祖代々伝わるこの帯締めと帯留めも出してくれて」
「…そうなんだ…」
ハロウィーンの起源はケルト民族の収穫祭と悪霊を追い出す儀式というから、解釈としては間違ってないのかもしれないが、さすが間接的に父ちゃんに似てるだけあって、ひなこちゃんのお兄さんもどこか一般からズレたセンスの持ち主らしい。




