8.母ちゃんの小説 第3話
二人は背中合わせで敵と向かい合った。
十数人の少年たちが二人に襲いかかる。
鉄パイプ、チェーン、メリケンサックーあらゆる武器が一斉に空を切りうなりを上げた。
彼らの狙いは正確だった。
誰もが、二人が血しぶきを上げて足元に転がるさまを想像した。
しかし。
「ぎゃああ」
悲鳴を上げて倒れたのは二人ではなく、彼らのほうだった。
彼らの一撃は二人に触れることなく味方を打ちのめしていた。
たちまち彼らから噴き出した赤黒い血が地面に広がり、染みこんでいく。
二人の男は獲物が振り下ろされるより一瞬早く、驚異的な跳躍力で少年たちの頭上を飛び越えたのだった。
「ちくしょう」
かろうじて味方の攻撃をかわした頭が立ち上がり、怒声を上げた。
彼は自分の武器—チェーンを振り上げると、身動きすらできず地面に横たわる仲間の体を飛び越え一気に遙に襲いかかった。
チェーンは鈍い音とともに男の右腕に巻きつき、勢いあまった先端が彼のサングラスを弾いた。
サングラスは音もなくくるくると宙を舞い、コンクリートの地面に落ちるとこなごなに砕け散った。
「やったな」
低くうなり顔を上げ、男が少年を真っ直ぐ見据えた。
少年は得体の知れない恐怖に背筋が凍るのを感じた。
男の顔はライトの逆光ではっきりしない。
だが、目と思しきあたりに緑の凶々しく光る炎があった。
少年は息を呑んだ。
「…あのサングラス、特注もんだったんだぜ」
男は白い歯を見せて笑った。獰猛な、凄みのある笑みである。頭は両足が小刻みに震え出すのを感じた。
「てめぇら何なんだよ」
声を振り絞ってやっとそれだけ言った。先ほどまでの怒りは消え失せ、逃れがたい恐怖だけがあった。
男は左手でチェーンを握り、ぐいと引っ張った。
ジャキーン。
鋼鉄のチェーンは男の両腕の間でちぎれ、少年ははずみでカマロの後部ドアに激しく叩きつけられ、声もなく倒れた。
グレイのスーツの青年は二人の闘いを静かに眺めていたが、少年がぴくりとも動かないのを見るとカマロのほうに近づいた。
「遙、コイツはずいぶん若いぞ」
彼は赤毛の少年を抱き起こした。
『ブラディ・ファッカーズ』の頭は全身を強くぶつけたためか、目を閉じ、青年に触られても全く反応しない。
「なあ、雄司。まさか死んでないだろうな」
遙は青年の肩越しに少年をのぞき込んだ。背中を押された雄司は振り返って彼と目が合うと顔をしかめた。
「遙、目、目」
「え」
斑髪の青年は、はっとしてように数回目をしばたいた。
緑の燐光を放つ凶眼はたちまちのうちに薄茶の穏やかな色合いの瞳に変わった。
雄司はあたりを見わたした。
「あとの連中は血だらけだが大したケガでもなさそうだ。…おい、遙。この子どうする」
遙は少年の顔を見つめた。瞳が、一瞬獣の光を帯びたようだった。
「軽い脳震盪だな。ほっといても平気だ……だけど」
彼は少年の体に手をかけると軽々と抱き上げた。
「カマロとサングラスの借りは返してもらわなくちゃね。雄司、悪いけど運転代わってくれないか」
スーツの男—雄司はその言葉にわずかに口の端を歪めた。
「別に構わないけど。……とんでもない奴だな、おまえは」
「お互いさまだよ」
雄司はドアを開け運転席に滑り込んだ。そして遙が少年を抱いたまま後部シートに座るのを確認するとエンジンをスタートさせた。
雄司の運転するカマロは優雅なカーブを描いてUターンし、バイクの横で止まった。
「その金はちょっと少ないけど君たちの治療費だ。それから頭はちょっと預からせてもらう」
言い終えると雄司は車を急発進させた。
俺です。自粛から戻りました。
1万円札のデザインが聖徳太子から福沢諭吉に代わったのはこの小説が書かれた年の2年前(1986年)だそうです。
しばらくは新札と旧札がごちゃ混ぜだったんでしょうかね。
あ、これは「新札」だ。
20代前半の男が新札で50万円をポンっと。
これが、バブルか…。
by「俺」